風水とは仙人を目指す人たちのための不動産選びマニュアル

日本と中国の風水はどうして違うのだろうか。まずは根本的な問題から、日本と中国の風水はどうして違うのだろうか。まずは根本的な問題から、"風水って何?"について、解説する

香港旅行から帰った知人から、こんな疑問が届いた。「日本の風水は西に黄色や掃除の仕方など、インテリアで工夫をするイメージがありますが、香港では建築に風水を取り入れた風水ビルがあるなど、かなり大規模な印象を受けます。どうしてこんなに違うのでしょう?」というものだ。

東洋思想史を専攻してきた関係で、風水に関する質問や執筆依頼がよく舞い込んで来る。これもその一環なのだが、ちょっと面白いテーマなので、興味をそそられた。

なるほど、その話は、風水の歴史的な背景から説明することになるので、少し長くなる。そこで、前後編に分けて解き明かして行こうと思う。

前編は「中国と日本の風水の違い」について、まずは根本的な問題から、"風水って何?"というところから始めよう。もともと風水とは太古の昔から中国人が作り続けてきた、「仙人」を目指す人たちのための不動産選びマニュアルだったのだ。

都市や建物を判じる陽宅風水と、墓の吉凶を占う陰宅風水

中国史にそれほど興味がない人でも、孔子や老子という人の名前くらいは、聞いたことがあるかと思う。

孔子は儒教、老子が道教の祖で、それぞれの思想は約2,500年ほど昔、春秋戦国時代に生まれた。どんな思想かと言えば、儒教は「聖人君子」になることを目指し、道教は「仙人」になることを目指すといったイメージと言えばわかりやすいだろうか。仏教が「解脱」(仏様になること)を目指すのと同じような感じだと思ってもらって差し支えないだろう。そして風水とは、その道教の中の仙人を目指すための手段のひとつとして発祥した。

元々、風水は道教の経典ともいうべき「仙道五術」の中に含まれていて、本名を「風水地理」と言う。この「仙道五術」という経典は、「山・医・命・卜・相」の5つのブロックで構成されており、山で修行するための体術、怪我した時の薬草学と医学、自分の資質を知るための運命学、将来を見通すための易学、修行の場所の選定をするための環境学というものだった。

風水地理とは、この相(修行の場所選定の環境学)の中に含まれ、その本質は仙人になるためにはどの場所で修業をすればいいかということを判じるものだったのである。

この風水地理は、都市・建築物・住居の吉凶を占う「陽宅風水」と、先祖を祀る墓の吉凶を占う「陰宅風水」の2部構成となっている。そしてそれぞれの吉凶を判定する方法として、地形や気候条件などいわゆる地理学によって風の流れや水の流れ、人の流れを読み解く方法と、方位や年回り、運気や邪気などいわゆるスピリチュアルなものによって占う方法の2種類が存在し、判定方法を巡り派に分かれて、互いに距離を置いてきた。

そこから時は流れ、現在では「この地形はパワースポットからの龍脈を取り込むのにいい環境です」と言ったように、双方が微妙な関係を保ちつつ融合し、またいい感じに神秘性を醸して、中国人の心のヒダに溶け込んでいると言える状況まで醸成が進んだと感じる。

中国ではお墓の良し悪しに気を使う人が多い

日本ではあまり意識されない墓相だが、中国ではお墓にも気を使う人が多い日本ではあまり意識されない墓相だが、中国ではお墓にも気を使う人が多い

さてこの「陽宅風水」は、暮らす街並みや住居の良し悪しを判じるというものであるから、日本人でもわかりやすい話なのだが、「陰宅風水」は墓相という概念で、ちょっと馴染みが薄い話かもしれない。

日本では家相は話題にのぼることはあっても、墓相にこだわる人はそれほど多くはないだろう。これは日本と中国の文化の違いで、中国人は日本人には想像できないほど、一族意識と言うか、血族主義という感覚を強く持っている。今の自分がいるのはご先祖様のおかげという気持ちがとても強く、敬う気持ちが強い分だけ、お墓にも気を使い、お墓の良し悪しが自分の運勢に強く影響していると感じている。だから、中国では建物だけでなく、お墓の風水も重要となる。

平安時代に日本に輸入された風水は陰陽道へと変化

さて、日本の今の風水と言えばインテリアが中心で、中国の風水とはだいぶ趣が異なる。その理由は?と言えば、風水が中国から日本に入ってきたタイミングにあるだろう。現代の日本で取り上げられている風水の多くは、近年の中国ブームの時に輸入された、比較的新しい物なのである。バレンタインデーより新しくハロウインよりちょっと古いといった感じだろうか。

しかしこれはあくまでも、今の風水の話である。実ははるか昔、日本には平安時代にも風水が存在していた。例えば、安倍晴明は風水の大家としても有名で、映画化もされたのでご存知の方も多いことだろう。

中国から日本へ、体系化された風水が初めて紹介されたのは735年、遣唐留学生の吉備真備が持ち帰った「金烏玉兎集(きんうぎょくとしゅう)」だと言われている。それ以前にも6世紀の仏教伝来とともに、古代風水の呪術的な側面が部分的に伝来した形跡が残されているが、亀卜の解釈に片鱗が伺えるにとどまる。

その後、中国で風水が現在の形に完成した年代は1300年代の初期だとされているので、吉備真備から500年後のこととなる。この500年の間、日本では、完成前の古代風水の理論をもとにして、中国風水とは「似て非なる物」の呪術的要素の強い「陰陽道」へと進化していくことになる。

朝廷はこの陰陽道の中で、民心を安定させるのに都合のいい部分だけを各地の神社へと広め、それ以外の重要な部分は国家的秘術として朝廷内の陰陽寮内で秘匿したと推察できる。しかも、中国の風水の目的が仙人になることだったのに対し、日本の風水の目的は怨霊から身を守ることへと変質していった。

京都市上京区の晴明神社。安倍晴明は風水の大家としても有名である京都市上京区の晴明神社。安倍晴明は風水の大家としても有名である

今の日本の風水は新しく再輸入されたもの

このようにはるか昔に日本に輸入された風水は別の形へと進化したので、今の日本の風水とはまた違う流れのものとなっている。現代の日本の風水は、中国で発展した風水の中で、主に香港や台湾などの行事やイベントとしての部分を切り取って、最近になって再輸入したものであるため、日本人にも受け入れやすく、また現代でも手軽に取り入れやすいインテリア小物などが中心になったのであろう。

一方中国の風水は、はるか昔からの信仰に根ざした感情に由来した存在だ。日本人で言えば、神社やお寺さんにお参りにいく気持ちと似ているのかもしれない。

というわけで今回は、中国と日本の風水の違いについて話を進めてきた。次回は、香港の建築に見る風水を実例写真とともにご紹介しよう。

2016年 11月22日 11時06分