外国人観光客が8年間で10倍

津軽地方の中心都市として存在する青森県・弘前市。この地域が歴史の表舞台に出るのは、古くは斉明天皇元年(655年)、「津苅蝦夷6人に冠位を授けた」と正史に登場するのが始まりだ。その後、江戸時代には弘前藩として弘前城の周りに町割りが敷かれ、城下町が形成された。

弘前市では、いまなお武家屋敷や町家、古社寺が残り、明治の頃からこぞって建設された洋館も存在感を放つ。歴史的趣を感じられる町並の魅力もさることながら、夏の1週間を山車が市内を練り歩く「ねぷたまつり」や寺社の祭礼「宵宮」などの伝統的な行事も数多く残る。

歴史的資源の多い弘前市では、そのメリットを生かし観光客の誘致にも力を入れてきた。特に外国人観光客の伸び率は大きく、平成22年には延べ宿泊者数約3,600人であったところ、平成29年には約3万8,000人と8年間で10倍にまで増加している。

とはいえ、歴史的資源というのは、昨今の少子高齢化を考えれば、自然に任せるだけでは衰えていくもの。魅力的なまち、そして歴史的資源を維持するには、どのような施策が打たれているのだろうか? 弘前市の歴史的風致維持の取り組みについて聞いてきた。

青森を代表する「ねぷたまつり」の期間中は、日本中はおろか世界から多くの観光客が押し寄せる(写真提供:弘前市)青森を代表する「ねぷたまつり」の期間中は、日本中はおろか世界から多くの観光客が押し寄せる(写真提供:弘前市)

弘前市が取り組む5つの歴史的風致維持

弘前市 都市整備部 都市計画課 統括主査の佐々木美子氏によれば、同市では平成22年に「弘前市歴史的風致維持向上計画」を策定し、以下の5つを歴史的風致と捉え維持向上に努めているという。

1. 弘前さくらまつりに見る歴史的風致
2. 弘前ねぷたまつりに見る歴史的風致
3. 宵宮に見る歴史的風致
4. 津軽伝統工芸職人に見る歴史的風致
5. お山参詣に見る歴史的風致

「これらを維持するために、4つの方針を打ち出しています。まずは、“歴史的な建造物や街並みの保存と活用”、また伝統工芸や祭礼や伝統芸能を維持・継承するための“地域に根付いた伝統的な人々の活動支援”、無電柱化や道標・案内板の整備など“歴史的風致の活用に向けた環境整備の推進”をしています。さらに、弘前には文化財に指定されていないものの、歴史的・文化的に価値の高い建造物も残っています。所有者の高齢化や後継者不足が課題となっているため、若い世代にもその価値を認識してもらえるよう“歴史的風致の魅力を再発見できる取り組みの推進”も行っています」(佐々木氏)。

旧暦8月1日に五穀豊穣と家内安全を祈願し、津軽地方の各地域から岩木山山頂奥宮を目指して集団登拝をする「お山参詣」(上)。弘前公園で行われる「さくらまつり」(下)(写真提供:弘前市)旧暦8月1日に五穀豊穣と家内安全を祈願し、津軽地方の各地域から岩木山山頂奥宮を目指して集団登拝をする「お山参詣」(上)。弘前公園で行われる「さくらまつり」(下)(写真提供:弘前市)

洋館がカフェやレストランとして街並みに溶け込む

ねぷたの山車が練り歩く市街地は、まさに歴史的建造物の宝庫だ。市役所の建物自体が国の登録有形文化財、その周りには、モダンな洋風建築が建ち並ぶ。この界隈の建造物は、明治時代に多くの洋風建築を手がけた名棟梁・堀江佐吉の作品が多い。以前紹介した太宰治の生家「斜陽館」もこの堀江翁が手掛けたもの。焼失した建造物も多いが、生涯で手掛けた作品が1500棟に上ると伝わるだけに、今なお弘前市内には堀江翁の洋風建築物が点在する。

旧東奥義塾外人教師館も建造物として興味深い。東奥義塾は藩校の流れを汲み、明治5(1872)年に県内で最初に開校した私学校である。現存する建物は明治33(1900)年に建てられたもので、素朴なペンキ塗りの外壁に、赤レンガの煙突。そして台形に張り出したベイウインドー(出窓)が可愛らしい。「県重宝(建造物)」の指定を受けているが、2階の資料館を見学できるだけでなく、1階はレストランとして営業しているため、当時の空間を実際に利用しながら楽しむこともできる。もちろんこれは、単に建物を残すだけでなく、未来につなげるためにも収益性を確保する工夫の1つなのだろう。

また、かつて軍の施設とされた「旧第八師団長官舎」は、1951年に市が譲り受け市長公舎として活用してきた建物だ。2003年には国の登録有形文化財に登録されているが、現在はこの建物が「スターバックス コーヒー 弘前公園前店」として活躍している。

「旧第八師団長官舎に相応しい軽飲食店を出店するものを公募したところ、出てきた案を採用したものです。2015年にスターバックスとして再スタートを切ったのですが、やはり注目度は上がりました。まずは市民の方々に古い建物の価値や活用法があることを認知してもらえれば、個人所有の建物にも波及できるのではないかと考えています」と同市の教育委員会 文化財課の佐藤 俊介氏は言う。

「もちろん、弘前城の周囲は景観も重視し、色合いや高さ制限などをしいます。ですが、新しいものを受け入れないということではありません。昔の景観を壊さずに新しいものも入ってくるような新旧のバランスをとっていければ」と都市整備部 都市計画課 技師の宮舘歩夢氏も歴史的建造物のある街並みの在り方を語った。

旧東奥義塾外人教師館、現在は2階が資料館で1階はレストランとして利用されている(上)。写真下は、明治39年に建てられ、昭和6年まで利用されていた旧弘前市立図書館(写真提供:弘前市)旧東奥義塾外人教師館、現在は2階が資料館で1階はレストランとして利用されている(上)。写真下は、明治39年に建てられ、昭和6年まで利用されていた旧弘前市立図書館(写真提供:弘前市)

伝統工芸の後継者育成に「地域おこし協力隊」制度を利用

左がタカラトミーとコラボをした『津軽塗 こえだちゃんの木のおうち』(C) TOMY / designed by Suzuka Yoshida. 。木のかさやキャラクターの頭の部分などに津軽塗が使われている。右上が「津軽打刃物」の工芸品。地域おこし協力隊の制度をつかった技術継承なども行われている。右下は「津軽こぎん刺し」だ(右上、右下の写真提供:弘前市)左がタカラトミーとコラボをした『津軽塗 こえだちゃんの木のおうち』(C) TOMY / designed by Suzuka Yoshida. 。木のかさやキャラクターの頭の部分などに津軽塗が使われている。右上が「津軽打刃物」の工芸品。地域おこし協力隊の制度をつかった技術継承なども行われている。右下は「津軽こぎん刺し」だ(右上、右下の写真提供:弘前市)

実は弘前は、青森県の中でも工芸品が多いことで知られている。津軽塗・津軽焼・津軽こぎん刺し・あけび蔓細工……と素朴な民芸が多い。

もちろん今のご時世、後継者が問題になるのは当然のこと。「例えば重要無形文化財の指定を受けている津軽塗などは保持団体である津軽塗技術保存会があるため、後継者育成といったサポートを行っています。しかし、そんな工芸品ばかりではありません。そのため、弘前市では現在地域おこし協力隊の制度を利用して工芸品の後継者育成を行っています」と話すのは、弘前市 商工部 産業育成課 課長補佐の宮本 洋氏だ。

弘前には「津軽打刃物(つがるうちはもの)」と呼ばれる刃物づくりの技術がある。りんごの樹の剪定ばさみをはじめ、農具・工具・包丁などがつくられてきた。伝統的な“火造り”“泥塗り”などの焼き入れ技術は、優れた切れ味と耐久性を生み出すそうだ。そんな伝統工芸も、現在は技術継承と後継者問題に悩まされている。弘前打刃物工業協同組合が設立された1960年には約40社ほどの鍛冶屋がいたというが、2007年には11社。中でも純粋に鍛冶で生計を立てられている会社は5、6社ほど、その時点で後継ぎがいる家はわずか1社だけという状況だった。

「全国から募集した地域おこし協力隊のうち2名には任期期間の3年間を丸々工芸品の技術習得に使ってもらっています。対象は津軽打刃物です。最低限のレベルの品物がつくれるまでに3年。まずは技術習得に注力してもらいながら、時に県外の物産展などで津軽打刃物をアピールしてもらっています」(宮本氏)

このほか、工芸品は認知度を高めるブランディングを心がけながら「海外も含めた販路の拡大にも力を入れていきたい」と話すのは弘前市 商工部 産業育成課物産振興係 主事の今 恭次氏だ。

「日本の工芸品は海外でも人気があるので、国内外のバイヤーや消費者の声を聞きながら、新しい商品をつくり出す取り組みや支援を行っています。また、販路の拡大としては、様々な企業やデザイナーとのコラボレーションも進めています。これは青森県での取り組みになりますが例えば、今年タカラトミーさんとは、『津軽塗 こえだちゃんの木のおうち』を制作しています。工芸品の歴史や伝統は守りつつも新たなチャレンジをしています」(今氏)

部門横断的な取り組みで新たな施策を

弘前市が守っているのは、形のあるものばかりではない。地域に根付いたまつりも大切な歴史的風致だ。「ねぷた」は有名だが、あの巨大な山車も毎年つくり替えられるものだ。70団体前後の団体に制作・運行の助成を行うなど、ねぷた参加団体の確保、文化の継承を行っているほか、ねぷた運行ルート付近にある歴史的建造物の保存・活用なども行っている。

また、旧暦8月1日に五穀豊穣と家内安全を祈願し、津軽地方の各地域から岩木山山頂の奥宮を目指して集団登拝をする「お山参詣(重要無形民俗文化財である岩木山の登拝行事)」という伝統行事もある。弘前市の観光部観光課 主査の石岡和仁氏によれば「白装束で麓から岩木山神社まで供物や御幣を担ぎながら練り歩く神聖な行事」だそうだ。

お山参詣登山囃子保存会の後継者育成活動への支援などが行われているが、「まずは、後世への継承などが重要な課題。地元の方に喜んでもらえる形を模索していくと同時によりよいものへとブラッシュアップしていきたい。お山参詣は神聖な地元の祭事ではありますが継続をするためには、認知をあげていくことも重要。地元高校生の参加や一般の方が体験できるようなツアーなども企画しました」(石岡氏)

観光としては、もちろん文化財や伝統工芸とも密接に絡み現在では部門を横断的な取り組みをしているという。

「弘前城の西側には、和洋折衷の旧紺屋町消防屯所がありますが、現在は『津軽塗技術保存会』の活動拠点として利用しています。歴史的な建物を本来の価値を損なわずにプラスアルファしていくことで地域の魅力が向上できると考えています」(観光部 観光課 観光企画係 主事の吹田昂平氏)

弘前市では、形のあるものもないものも歴史や文化を感じさせるものが多い。それはまぎれもなくその土地の財産である。行政も横の連携を強くしながら様々な施策を打っている。しかも、確実にグローバルな視点での取り組みが始まっていた。

左から観光部 観光課の石岡氏、同じく吹田氏、都市整備部 都市計画課の宮舘氏、同じく佐々木氏、教育委員会 文化財課の佐藤氏、商工部 産業育成課の今氏と宮本氏左から観光部 観光課の石岡氏、同じく吹田氏、都市整備部 都市計画課の宮舘氏、同じく佐々木氏、教育委員会 文化財課の佐藤氏、商工部 産業育成課の今氏と宮本氏

2020年 01月21日 11時05分