来訪客が10年で約10倍に。点から線へ、そして面へと広がる観光開発

上/頴娃町自慢の絶景ポイントのひとつ。海越しに、“薩摩富士”と称される開聞岳を望む 下/内陸部には緑の茶畑が広がる上/頴娃町自慢の絶景ポイントのひとつ。海越しに、“薩摩富士”と称される開聞岳を望む 下/内陸部には緑の茶畑が広がる

この地名を、初見で読める人はいるだろうか。
薩摩半島南端の町、頴娃(えい)。

2007年に合併して南九州市となった3つの町のひとつで、お茶とサツマイモの畑が広がる農業の町だ。かつては町外からの来訪者は少なく、観光統計もとったことがなかったという。

その頴娃に今、多くの観光客が訪れるようになっている。海沿いの観光エリアだけで、年間約15万人。10年前の2009年頃は年間1万5000人〜2万人程度だったと推定されるため、7.5倍〜10倍になった計算だ。

成果の背景には、地域の衰退に危機感を持って立ち上がった地元のまちおこしNPOと、そこに参加した移住者たちの草の根の努力がある。彼らの熱意を行政も受けとめ、輪を拡げて、“点”から“線”へ、“線”から“面”へと観光開発が展開していった。

スタートの“点”、海に面した公園の絶景スポットに立てた鐘のシンボル

最初の“点”が打たれたのは、頴娃の海岸線、東シナ海に面した「番所鼻(ばんどころばな)自然公園」だ。約40年前に当時の揖宿(いぶすき)郡頴娃町が整備した公園だが、時代の流れとともに来訪者が減っていったという。せっかくの海の景観も、生い茂る木々や雑草にふさがれていた。

この公園の端っこに、使われなくなったまま残されていた展望レストランを借り受けて、タツノオトシゴの養殖業を立ち上げたのが、埼玉県からの移住者、加藤紳さんだ。ワシントン条約の保護対象にもなっているタツノオトシゴを、鑑賞用に養殖することで、種の保全に貢献したい想いからだったという。
経営をサポートするため、兄の加藤潤さんも頴娃に移住。2010年2月に養殖場を観光施設に発展させた「タツノオトシゴハウス」を開業した。

潤さんは養殖場を手づくりで少しずつ改修。タツノオトシゴの展示コーナーやカフェコーナーなどを設けた。入場料は取らず、収入源はタツノオトシゴをモチーフにした開運ストラップなどのグッズの売り上げだ。タツノオトシゴのオスにはカンガルーのような袋があり、メスはその中に卵を産む。卵を受け渡すために雌雄が向かい合う姿はハートのかたちだ。そこで、タツノオトシゴのモチーフを、縁結びや子宝祈願に結び付けた。

「売り上げを確保するためには、タツノオトシゴハウスの前に、まず番所鼻公園そのものに人が来てくれなければ始まらない」と考えた加藤さん兄弟は、タツノオトシゴハウスの大家であり、公園内で旅館「いせえび荘」を経営する西村正幸さんに相談を持ちかける。西村さんは当時、まちおこしNPO「頴娃おこそ会(以下、おこそ会)」の理事長であり、頴娃観光協会の会長でもあった。

西村さんは、公園内に何か新しいモニュメントをつくってはどうか、とおこそ会と観光協会から約25万円の資金を調達してくれた。大きなものはつくれないから、アイデア勝負だ。そこで、加藤さん兄弟が提案したのが、タツノオトシゴの夫婦愛にちなんだ「竜のおとし子〜吉鐘」だ。海を挟んで正面に開聞岳を望む、絶景ポジションに立てる。資材調達から製作・設置まで、すべておこそ会のメンバーが手弁当で取り組んだ。タツノオトシゴのハートを刻んだ石碑は、メンバーの石材店が提供してくれたものだ。

ちょうど全国的に“パワースポット”がブームになった時期と重なって、タツノオトシゴの縁結び祈願は話題を呼び、公園の来訪者は少しずつ増え始めた。

上2点/タツノオトシゴハウス。タツノオトシゴの展示やグッズ売り場、カフェコーナーがある。もと展望レストランだけに、目の前には青い海が広がる 左下/真正面に開聞岳を望む「竜のおとし子〜吉鐘」。お参りついでに小銭を置いていく人が続出したため、賽銭箱を設けた。鐘の向かいにはカメラやスマホを固定できる石のスタンドも用意している </br>右下/公園内で毎年5月に開催している「ばんどころ絶景祭り」の様子(写真提供:頴娃おこそ会)上2点/タツノオトシゴハウス。タツノオトシゴの展示やグッズ売り場、カフェコーナーがある。もと展望レストランだけに、目の前には青い海が広がる 左下/真正面に開聞岳を望む「竜のおとし子〜吉鐘」。お参りついでに小銭を置いていく人が続出したため、賽銭箱を設けた。鐘の向かいにはカメラやスマホを固定できる石のスタンドも用意している 
右下/公園内で毎年5月に開催している「ばんどころ絶景祭り」の様子(写真提供:頴娃おこそ会)

公園と神社、ふたつのパワースポットを結ぶ“線”

潤さんを「観光プロジェクトリーダー」に任命したおこそ会は、次いで、番所鼻公園から車で5分の距離にある釜蓋神社との連携を図る。

釜蓋神社は海に突き出した岩礁の上に建つ神社で、頭の上に釜の蓋を載せて参拝する、ユニークな「釜蓋願掛け」で知られる。スサノオノミコトを祀る、必勝祈願の神社だ。おこそ会は、この釜蓋神社と番所鼻公園をパワースポットとして強調したマップを作成。すると、地元の新聞が「パワースポット特集」を組んで大きく取り上げてくれた。
草の根の観光振興が、“点”から“線”につながった。

おこそ会の奮闘に行政も目を留め、公共事業として番所鼻公園と釜蓋神社周辺の再整備が行われることになった。2010年に鐘を建ててから1年と経たずに、公園の藪を払って見晴らしのいい広場がつくられ、タツノオトシゴハウスに続く園路が整えられた。翌2011年には、コミュニティバスが番所鼻に運行するようになる。

2012年は辰年で、タツノオトシゴハウスは多くのメディアに取り上げられ、一躍全国区の知名度を獲得した。同じ年、釜蓋神社の方には「なでしこJAPAN」の澤穂希選手と福元美穂選手が参拝に訪れ、こちらも大きく報道される。番所鼻公園への来場者は2010年の2万人から7万人に、タツノオトシゴハウスの来館者は4万人に、釜蓋神社の参拝者は4万人から15万人にと飛躍的に増えた。

さらに、2014年にはおこそ会のアイデアを県が採用し、番所鼻公園と釜蓋神社を結ぶ海のトレッキングコース「シーホーウォーク」が完成した。

上2点/釜蓋神社。正式名称は「射楯兵主(いたてつわものぬし)神社」。頭に釜蓋を載せて落とさないように鳥居から賽銭箱まで歩いて参拝する「釜蓋願掛け」で有名。右上写真は正月の様子。全国から参拝者が詰めかけ、行列をつくる 左下/シーホーウォークマップ。はじめはおこそ会が手づくりで開通させたところ、行政が整備に乗り出してくれた。番所鼻から釜蓋神社まで、7つの浜を巡るトレッキングコースだ 右下/シーホーウォークの様子。潮の満ち引きによって眺めが変化し、磯にはさまざまな海の生き物が姿を現す(左上以外写真提供:頴娃おこそ会)上2点/釜蓋神社。正式名称は「射楯兵主(いたてつわものぬし)神社」。頭に釜蓋を載せて落とさないように鳥居から賽銭箱まで歩いて参拝する「釜蓋願掛け」で有名。右上写真は正月の様子。全国から参拝者が詰めかけ、行列をつくる 左下/シーホーウォークマップ。はじめはおこそ会が手づくりで開通させたところ、行政が整備に乗り出してくれた。番所鼻から釜蓋神社まで、7つの浜を巡るトレッキングコースだ 右下/シーホーウォークの様子。潮の満ち引きによって眺めが変化し、磯にはさまざまな海の生き物が姿を現す(左上以外写真提供:頴娃おこそ会)

海から山へ。名産のお茶をテーマに山の展望台を再整備

遡って2011年、おこそ会は番所鼻公園から車で20分ほどの「大野岳」に目を付ける。標高466mの小さな山だが、頂上近くまで車で登れて、山頂からは360度の展望が開ける。裾野に広がるお茶畑、九州最大の湖・池田湖、優美な円錐形を描く開聞岳、そして雄大な東シナ海。変化に富んだパノラマは唯一無二だ。

おこそ会が大野岳地区の自治会に呼びかけたことで、地元のお茶農家、上村益治さん・亜由美さん夫妻が発起人になって「茶寿会」が発足した。「茶寿」とは108歳を祝う言葉。「茶」の字を分解すると百八と読めることに由来する。(くさかんむりを十と十に分け、下の部分を八十八に分解する)

この茶寿会が要望とアイデアを出し、県が大野岳の公園整備に乗り出した。

まず、展望台までの階段を従来の70段から茶寿にちなんだ108段に変更。階段には段数に応じて年齢の節目を表示する。上がり方を前出の加藤潤さんにガイドしてもらおう。
「階段を数えながら、この年齢のときは何をしていたっけ、と自らの人生を思い出しながら上りましょう。そして、現在の年齢の段に来たら、いったん立ち止まって振り返り、眼下の風景を見晴らして来し方に思いを馳せる。サバを読んでもオッケーです(笑)」
男女それぞれの大厄の段には「厄除け階段」があり、眺めのいい東屋に寄り道することもできる。そして、喜寿、米寿、白寿と長寿を祈願しながら進む。最上段は、もちろん茶寿だ。

縁結びの番所鼻公園に、勝負の神様・釜蓋神社、そして長寿を祈る大野岳。3つのスポットが揃ったところで、おこそ会は「三寿めぐり」のポスターと「御触書」をつくって周遊を促すことにした。

左上/茶寿階段と厄除け階段 右上/二度見ヶ丘展望台。弧を描く看板には、ここから見える(はずの)景色と、実際に見える確率を表示している。九州最南端の佐多岬は50%、種子島は0.05%とか。こうしたアイデアはすべて茶寿会の面々によるものだ 左下/茶寿会のメンバー。前列右から、発起人の上村益治さん、亜由美さん(写真提供:茶寿会) 右下/番所鼻公園に貼った「三寿めぐり」ポスターと「御触書」について説明する加藤潤さん。「三寿をセットにすることで、テレビや雑誌の取材班も、少し離れた大野岳まで足を延ばしてくれるようになりました」と語る左上/茶寿階段と厄除け階段 右上/二度見ヶ丘展望台。弧を描く看板には、ここから見える(はずの)景色と、実際に見える確率を表示している。九州最南端の佐多岬は50%、種子島は0.05%とか。こうしたアイデアはすべて茶寿会の面々によるものだ 左下/茶寿会のメンバー。前列右から、発起人の上村益治さん、亜由美さん(写真提供:茶寿会) 右下/番所鼻公園に貼った「三寿めぐり」ポスターと「御触書」について説明する加藤潤さん。「三寿をセットにすることで、テレビや雑誌の取材班も、少し離れた大野岳まで足を延ばしてくれるようになりました」と語る

商店街で古民家再生が進み、宿も誕生。町中を“面”で遊べる観光地に

番所鼻や大野岳の動きに触発されたのが、町内の石垣商店街で老舗の衣料品店を営む若旦那、原田弘志さんだ。茶寿会の上村夫妻とは同級生の間柄という。

石垣地区はかつて、頴娃で一番賑やかだった場所。昔は遣唐使船が立ち寄ったという歴史ある港町で、築100年を超える古民家や蔵が残っている。最盛期、商店街には100軒の店が軒を連ねていたそうだ。しかし、今や営業を続けているのはわずか10軒ほどになってしまった。

原田さんはおこそ会で「石垣プロジェクトチーム」を立ち上げ、地域の古民家の再生やまち歩きコースの整備、散策マップの作成に着手した。「三寿めぐり」で来訪者の周遊範囲を拡げ、さらに商店街や飲食店、田園地帯など、町全体を“面”の観光地に育てていく。一連の活動で、おこそ会は2014年、総務省の過疎地域自立活性化表彰で、総務大臣賞を受賞している。

2019年現在、石垣地区を中心とした頴娃の空き家再生はのべ9軒を数えている。その活動については、別稿を立てて紹介したい。

一方、番所鼻公園では、また新たなプロジェクトが動き始めた。

まず、旅館「いせえび荘」では、2018年に亡くなった西村正幸さんの跡を継ぎ、息子の徹さん・要さん兄弟がフロントをリニューアル。要さんの妻、貴子さんが新しく「AB(えび)カフェ」を開設した。カフェに面した林には、テーブルやベンチを設えた木製デッキが完成している。
「以前からある旅館のレストランの名物は伊勢エビ料理で、公園に遊びに来た人がついでに立ち寄れる雰囲気ではありませんでした。ABカフェなら、デッキに面した窓からテイクアウトして、屋外でドリンクや軽食を楽しんでもらえます」(徹さん)

もうひとつ、かねてから問題視されていた公園内の廃墟が、ついに撤去されることになった。15年以上前に廃業したまま放置されていた古い宴会場で、タツノオトシゴハウスといせえび荘の間に立ち塞がり、景観を妨げていた建物だ。私有の建物なので、これまで市も手出しできずにいたが、おこそ会と加藤さんの熱意を汲んで、市長が解体を決断してくれたという。

建物を撤去すれば、跡地に眺めのいいオープンスペースができる。加藤さんたちはそこで、キッチンカーやトレーラーハウスによる飲食や宿泊ができるよう、方法を探っているという。

建物の解体費用の一部を「ふるさと納税」で募るため、南九州市は現在(2019年10月5日まで)、ガバメントクラウドファンディングを実施中だ。寄付金額に応じて税額控除が受けられるほか、ポストカードや焼酎、伊勢エビ料理付き宿泊券などのリターンも選べる。払った寄付金がどんな成果をあげたのか、見届けられるのも魅力だ。

寄付総額のいかんを問わず、市の責任で2019年いっぱいに廃墟の取り壊しが完了し、公園に新しい空間が生まれる予定だ。これまでにいくつものユニークなアイデアを繰り出して頴娃を盛り上げてきたおこそ会の面々が、次は何を提供してくれるのか、楽しみに待ちたい。

頴娃おこそ会 https://ei-okosokai.jimdo.com/
タツノオトシゴハウス http://www.seahorseways.com/
いせえび荘 https://iseebisou.jp/
釜蓋神社 
http://www.city.minamikyushu.lg.jp/kankou/kanko/sagasu/echiiki/kamafuta.html
南九州市ガバメントクラウドファンディング(2019年10月5日まで)
https://www.furusato-tax.jp/gcf/573
福島花咲里さんblog「ONESELF lab」https://kazaguluma.com/

左上/石垣商店街の古民家再生第一号、築100年の古い商店を活用した地域交流拠点「塩や、」 右上/別の古民家はゲストハウスに改修 左下/「いせえび荘」内の「AB(えび)カフェ」。左がカフェを運営する西村貴子さん、右はスタッフでブロガーの福島花咲里さん。数ヶ月前に対岸の大隅半島から移住してきたばかり 右下/「ABカフェ」前の「みんなのデッキ」。カフェを利用しても利用しなくても休憩できる。Wi-Fiも使える左上/石垣商店街の古民家再生第一号、築100年の古い商店を活用した地域交流拠点「塩や、」 右上/別の古民家はゲストハウスに改修 左下/「いせえび荘」内の「AB(えび)カフェ」。左がカフェを運営する西村貴子さん、右はスタッフでブロガーの福島花咲里さん。数ヶ月前に対岸の大隅半島から移住してきたばかり 右下/「ABカフェ」前の「みんなのデッキ」。カフェを利用しても利用しなくても休憩できる。Wi-Fiも使える

2019年 09月16日 11時05分