じわじわと人気が高まる"渋ビル"

『名古屋渋ビル研究会』の謡口さん(左)と寺嶋さん(右)。取材はもちろん『名古屋渋ビル研究会』の謡口さん(左)と寺嶋さん(右)。取材はもちろん"渋ビル"内にある昭和な雰囲気漂う喫茶店『新潟』で

2017年4月にJRゲートタワーがオープンし、秋にはささしま地区にグローバルゲートの商業施設が開業予定と、名古屋駅周辺の再開発事業により続々と高層ビルが誕生している名古屋市。市の中心エリアである栄地区でも御園座が2017年12月に竣工予定と、新しいビルの誕生に話題が集中するなか、あえて古いビル、名付けて”渋ビル”を愛する『名古屋渋ビル研究会』(以下、渋ビル研究会)が密かに注目を浴びている。

先日紹介した、名古屋エリアの魅力を再発掘する大ナゴヤツアーズのプログラムにおいても同研究会がガイドを務める「ぶらり渋ビルさんぽ」は、定員がすぐに埋まってしまうほどで、地元ローカル局の情報番組でも取り上げられ、じわじわと人気が高まっているのだ。
『渋ビル研究会』とはいったいどんな会なのか? 主宰する謡口志保さんと寺嶋梨里さんにお話を伺った。

水平連続窓、角丸、"渋ビル"の愛すべき要素

まずは”渋ビル”の定義について、お二人に説明してもらった。
「1950年~70年代の高度経済成長期に建てられたと思われるもので、自分たちの琴線にふれたビル。基本的に二人の主観です(笑)」と謡口さん。
お二人の心を震わせる“渋ビル”とは、どんなものなのか。魅力を語る上で欠かせない要素について主要なものを挙げると

◆水平方向に連なった水平連続窓。またそれとは対照的に外壁に独立して設けられたポツ窓
◆外装に使われているタイルや目地。タイルは色ムラのある不揃いさが”可愛い”ポイント
◆サッシや庇、建物の角が丸くなっている「角丸」デザイン
◆ビルの名称が書かれた看板の書体
など。
これらを基準に、「カワイイ!」「渋やか!(研究会独自の形容動詞)」と言いながら"ビル褒め"をしたり、撮影したりするのが『渋ビル研究会』なのだ。
スタートは2011年。一級建築士であり自身で建築アトリエを主宰する謡口さんと、デザイン会社でグラフィックデザインを手掛ける寺嶋さんは、街歩きをしながら見つけた”渋ビル”を写真におさめ、記録に残している。

【渋ビル的要素】
左上:タイルの色やレトロな郵便受け、大理石に見立てたテラゾ※(後述)の手作り感。
左下:角にある柱を囲むようにぐるりと水平連続窓が続くビル。
右上:ツヤのある渋めのタイル。当時は今と異なり直火の窯で焼かれていたため、ひとつの釉薬でも風合いの違うタイルが焼きあがったのだそう。
右下:当時流行の最先端だったという角丸サッシ。レトロポップなデザインでビルを【渋ビル的要素】 左上:タイルの色やレトロな郵便受け、大理石に見立てたテラゾ※(後述)の手作り感。 左下:角にある柱を囲むようにぐるりと水平連続窓が続くビル。 右上:ツヤのある渋めのタイル。当時は今と異なり直火の窯で焼かれていたため、ひとつの釉薬でも風合いの違うタイルが焼きあがったのだそう。 右下:当時流行の最先端だったという角丸サッシ。レトロポップなデザインでビルを"可愛く"飾る

タイル張りの外壁、角丸サッシ、まちを歩けば"渋ビル"にあたる!?

謡口さんと寺嶋さんに街の中を散策しながら実際に”渋ビル”を解説していただくことにした。散策のスタートは名古屋市中区にある鶴舞(つるまい)駅。
名古屋の中心地からやや南東に位置し、JR中央本線と地下鉄鶴舞線が通っており、幹線道路の上には都心環状線が走るというアクセスラインが整った街。メインストリートには商業ビルが立ち並ぶものの名古屋駅ほど目立って新しいビルは見当たらず、確かに少し年季の入ったビルが多いような気はする。

目的地は、寺嶋さんが“渋ビル”にはまるきっかけとなった『名探第1記念橋ビルヂング』通称『記念橋ビル』。しかし、そこにたどり着くまでの1km弱の道のりを歩く間にも、古い書店のビル、広告代理店のビル、税理士事務所らしきビルと、数歩あるけば“渋ビル”にあたるというほどたくさんの渋いビルが立ち並んでいることを知る。

『記念橋ビル』は、”渋ビル”初心者の筆者でも思わず「おぉ!」と声をあげたくなるような、立派な外観。
「10階建ての3階部分までは水平連続窓になっていて、4階からは角丸窓の連続。ひとつひとつの造形が今のデザインにはないもので、規模が大きいのも魅力です」(謡口さん)

さらに、一番のオススメとして紹介してもらったのが、地下鉄東別院駅近くにある老舗コーヒー店『ワダコーヒー』の自社ビル。1972年に建てられた鉄筋コンクリート造・5階建てのビルだ。
全体より少し飛び出した茶系タイル張りの壁、当時の流行の最先端である角丸のサッシ、向かって右側の階段室にあたる部分にいたっては蝶ネクタイのような模様が描かれていて、なんともモダンだ。
「こちらのビルに出合ったときは、二人で『キャー!』って声を上げてしまいました(笑)。何度見ても可愛らしくてワクワクします」と謡口さん。

電線でやや見えづらいが、当時、流行の最先端だった角丸サッシ、蝶ネクタイの模様にも見える三角形と六角形を組み合わせたレトロな階段室の外壁など、電線でやや見えづらいが、当時、流行の最先端だった角丸サッシ、蝶ネクタイの模様にも見える三角形と六角形を組み合わせたレトロな階段室の外壁など、"ビル褒め"要素満載のワダコーヒービル

廃墟感、渋さ、手仕事ならではの味わいと素材が魅力

「たぶん初めて“渋ビル”だ!と思って写真を撮ったのは、東京の上野にあったビルです。それからビルが気になるようになって、より明確に好きだなと思ったのが『記念橋ビル』です。今は外壁の塗装が綺麗に塗りなおされてしまいましたが、以前は廃墟感がすごくて。廃墟と渋さのギリギリのラインがたまらなかったです(笑)」と、“渋ビル”との出合いを語ってくれた寺嶋さん。

新しいビルにはない魅力。それは手仕事ならではの味わいや素材の魅力にもあるようだ。
「1950年ごろは今ほど工業製品が豊富ではなかったので、現場で職人さんが手で作って安く仕上げていたんですよね。例えば、古いお風呂とか手洗い場とかに使われていたテラゾ(※)なんかは、今だと手間がかかってできないんですけど、“渋ビル”ではこうしたものが使われていて、とても味わいがあるんです。
タイルに関しても、完全にオートメーション化される少し前の時代になるので、手作業ゆえの色ムラやツヤ感がイイ味を出しているんです。色も緑とか青とか派手なタイルで、デザイン性を競っていたように思います。バブル期の80年代以降は均質であることが求められる時代となり、こんな風合いをもつタイルはなくなってしまいました。
「角丸」のサッシは、電車の窓を作っていた企業が建築業界に参入したことで流行ったといわれています。サッシにスチールが使われていたのが1950年あたりで、その後は機密性や錆びに強いアルミサッシが使われるようになったので、スチール製は希少です」(謡口さん談)


(※)テラゾ:種石をセメントに混ぜて研ぎ出し、大理石のように見立てたもの。

寺嶋さんがビルにはまるきっかけとなったのがこの『記念橋ビルヂング』。後述する『名古屋渋ビル手帖』の創刊準備号には外壁が塗りなおされる前の、同ビルが掲載されている。2、3階部分は見事な水平連続窓。その上は10階まで続く角丸が連続する様に圧倒される寺嶋さんがビルにはまるきっかけとなったのがこの『記念橋ビルヂング』。後述する『名古屋渋ビル手帖』の創刊準備号には外壁が塗りなおされる前の、同ビルが掲載されている。2、3階部分は見事な水平連続窓。その上は10階まで続く角丸が連続する様に圧倒される

"渋ビル愛"がつまった『名古屋渋ビル手帖』刊行

『渋ビル手帖』¥500は毎年10月の中旬に発行。カルチャーの発信基地として有名な「bookshop&gallery ON READING」(名古屋市)に置かれたことで、全国の書店でも取り扱いが増えてきているそう。レトロポップな冊子に『渋ビル手帖』¥500は毎年10月の中旬に発行。カルチャーの発信基地として有名な「bookshop&gallery ON READING」(名古屋市)に置かれたことで、全国の書店でも取り扱いが増えてきているそう。レトロポップな冊子に"渋ビル愛"がちりばめられている

”渋ビル愛”が高じて『名古屋渋ビル手帖』(以下、渋ビル手帖)というリトルプレスも出版。年に一冊ずつ制作し、創刊準備号を含め現在までに5冊刊行。最新号では『ビルと喫茶店特集号』と題し、”渋ビル”で営業を続ける老舗の喫茶店を取材、名古屋ならではの建築や喫茶文化について掲載している。
「ビルクッキー」、「ビルテリーヌ」、「ビル弁」など、ビルをモチーフにしたクッキングページまであって、どこまでも”渋ビル”愛に満ちた冊子となっている。

この愛すべき”渋ビル”は、この先どんどん姿を消していく。
「築50年以上たつものも多く、老朽化、空きビル化、耐震の問題などを抱えています。小規模ビルは個人所有のものが多く、オーナー自身もご高齢で耐震補強をすると費用がかさむことからビルを取り壊すという決断をされる方も多いようです」と謡口さん。
消えゆく運命の”渋ビル”を「せめて記録に残して記憶にとどめておけたら」との思いで、お二人は活動を続けているのだという。

=====================================
お二人に案内してもらった“渋ビルさんぽ”。
ビルを愛でるために普段より少し目線をあげて歩いてみると、ひとつひとつのビルに違った表情があることに気づく。裏通りを歩けば思わぬ"お宝ビル"を発見したりして、なんでもなかったまちの景色に急に愛着がわいてきた。自分のまちの"渋ビル"探し、読者の方々も一度体験してみてはいかがだろう。


『名古屋渋ビル研究会』
https://shibubuilding.themedia.jp/

カメラマン/chikache

2017年 06月22日 11時05分