DIY賃貸の草分け、ニレノキハウス。「入居者の自由」を市場価値に

ニレノキハウス外観。3階建て全11戸の鉄筋コンクリートマンションニレノキハウス外観。3階建て全11戸の鉄筋コンクリートマンション

熊本市の「ニレノキハウス」はDIY賃貸の草分け的な存在だ。2012年から「セルフリノベーション大歓迎」を掲げて運営してきた。DIY好きの住人たちによってインテリアが更新され、家賃は7年間で8%値上がりしたそうだ。

大家の末次宏成さんは、もともと都市デザインや建築計画の研究者(芸術工学博士)で、建築プロデューサーの肩書きも持つ。自らの住体験から、かねがね「賃貸住宅の不自由さ」を実感してきたという。「建築を学んでいるのに、自分が住む部屋に釘一本打たせてもらえない。息苦しく感じました」と末次さん。先代から築27年の賃貸マンションを引き継いだとき、まず考えたのが「原状回復はなしにしよう」ということだった。

「一般的な賃貸住宅は築年数と機能で市場価値が決まります。同じ土俵で勝負していてはニレノキハウスには勝ち目がない。まったく別の価値を打ち出すことが必要でした。そこで、住む人が好きなように手を加えられて、退去時に原状回復しなくていい、“入居者の自由”をテーマにしたのです」。

プロジェクトをスタートした2011年、3階建て11戸の鉄筋コンクリートマンションはすべて空室。全室の水回りを更新し、部屋の状態に応じた最小限の改修を施して再出発することにした。

大学と連携し、学生の教材に提供して新鮮なアイデアを引き出す

ニレノキハウスのもうひとつのポイントは「大学との連携」だ。これも、建築を学んだ末次さんならではの発想。「自分の学生時代には現場に触れる機会がなかった。せっかく改修するなら、この機会を学生たちの教材にしてもらいたいと思ったんです」。全11戸のうち1階の1室を、学生たちのDIY用に充てた。

プロジェクトには、熊本大学、九州大学、熊本デザイン専門学校の3校4学科の学生たちが参加。建築系に加え、グラフィックデザインを学ぶ学生も集まった。半年間、2週間に1度集まってアイデアを交換し、夏休みを利用して工事に取り組んだ。一部の床をかさ上げし、周りに土間を巡らせる、ユニークな空間が完成。リビングの掃き出し窓に面してウッドデッキも製作した。

一方、デザイン科の学生たちは、2つの階段室に楡の木の壁画を描いた。1階から3階までを貫く大樹は黒板塗装で、入居者がチョークで絵やメッセージが書ける。樹木の周りや手すり壁に描かれた動物たちは、赤い玉をやりとりしている。これは「生命の連鎖」を表現しているという。

「DIY賃貸」として再開業した当初は、周辺相場より家賃を抑えた。けれども、「家賃の安さ」が動機ではなく「DIYしたい」という意欲のある人に入居してもらうため、事前に面談を行った。これは今も続いているそうだ。さらに、折々にバーベキュー大会を開いて、入居者との交流を図っている。みんなリノベーションに関心がある人同士だから、おのずと話が弾む。ニレノキハウス内で引っ越しする人や、空室に友だちや親族を誘う入居者もいる。再開業後の7年間は、ほぼ満室状態が維持できているそうだ。

左上/ニレノキハウス外観。左側1階には花屋が入居しており、外壁も改装を許可した。階段室には楡の木と動物たちの壁画が描かれている 右上/階段室。入居者の子どもの落書きが微笑ましい 左下/学生がリノベした部屋。床に段差をつけている 右下/一段高くなった部分は和紙ブラインドで仕切れるようになっている。茶室のような雰囲気を持った空間左上/ニレノキハウス外観。左側1階には花屋が入居しており、外壁も改装を許可した。階段室には楡の木と動物たちの壁画が描かれている 右上/階段室。入居者の子どもの落書きが微笑ましい 左下/学生がリノベした部屋。床に段差をつけている 右下/一段高くなった部分は和紙ブラインドで仕切れるようになっている。茶室のような雰囲気を持った空間

定期借家で宿を営み、リノベーション費用を回収して次代に渡す

ニレノキハウスに次いで、末次さんは木造空き家の再生に目を向けた。弟の家の隣に、長く放置されたままの空き家があったのだ。昭和30年頃に建てたとみられる、2棟並んだ小さな木造戸建て。家主は遠方に住んでおり、西側の棟は20年前から、東側の棟は5年ぐらい前から空き家状態だった。末次さんが家主に問い合わせると、「売ることはできないが、貸りてくれるならどういじってもいい」という。

そこで、末次さんが思いついたのが、5年間は貸してもらうことを条件に、自分で宿に改修し、その売り上げで改修費用を回収する方法だ。
「身の回りでも、どんどん空き家が増えているのを実感しています。その解決の糸口を探る、社会実験としての狙いもありました」と末次さん。
空き家をリノベーションして継承する。だから、名前は「スミツグハウス」とした。

宿を思いついたのは、研究者としてヨーロッパを回ったときに、古い建物を利用したB&Bや民泊に泊まった経験からだ。「宿に大きなテーブルがあって、みんなで囲んで議論や会話を楽しんだものです。宿が交流の場になっていた。スミツグハウスも、“団らんを楽しめる宿”をコンセプトにしました」。
西棟には大きめのテーブルを用意し、東棟はアイランドキッチンにカウンターを回した。柱や梁を現し、古い建具はなるべく再利用して、元の建物が持つ味わいを残している。

まず西棟が完成し、開業したのが2016年1月。3ヶ月後に熊本地震に見舞われたが、耐震補強を施していたおかげで西棟は無事、未完の東棟も軽い損傷で済んだという。

開業当時はまだ熊本に民家の宿が珍しく、予約サイトの検索に表示されやすかった利点もあって、経営は順調にスタートした。時間貸しもメニューに入れ、フル活用を目指しているが、宿泊客の対応に追われ、なかなか地域の人に使ってもらえないのが課題だという。

「現在の稼働率は7割ぐらい。その8割が、日本の民家に泊まってみたいという海外からのお客さんです。熊本城もすぐそこで、観光拠点にいい立地がセールスポイント。地元のスーパーで買い物したり、近くにある銭湯に行ったりすることも、日本の生活文化の体験として推奨しています」。

左上/スミツグハウス外観。2棟はそれぞれ方向の違うアプローチを持ち、互いにプライバシーが守られる </br>右上/西棟のダイニングから縁側方向を見る </br>下2点/東棟。2棟とも、民家らしい雰囲気を残しつつ、宿泊客が快適に過ごせるよう、キッチンや浴室設備を整えた左上/スミツグハウス外観。2棟はそれぞれ方向の違うアプローチを持ち、互いにプライバシーが守られる 
右上/西棟のダイニングから縁側方向を見る 
下2点/東棟。2棟とも、民家らしい雰囲気を残しつつ、宿泊客が快適に過ごせるよう、キッチンや浴室設備を整えた

最新の規制緩和を利用して新しい宿づくりに挑戦

末次さんの空き家再生へのまなざしは、経営者としてより研究者としてのそれに近い。新たな空き家再生の案件を持ち込まれた際、引き受けるかどうかを決める基準は「何か新しい社会実験につながるか」だという。

最新のプロジェクトは、2019年9月に開業した「スミツグハウス グランパ」。スミツグハウスと同様に空き家を宿に改修した例だが、「グランパ」は規模が大きい。スミツグハウスは62m2と54m2だが、グランパは125m2ある。

「スミツグハウスが比較的簡単に住宅から宿に改修できたのは、面積が100m2以下なら用途を変えても建築確認申請の手続きが不要だったから。このルールの適用範囲が、2019年6月25日に施行された改正建築基準法で200m2以下まで拡大されました。グランパは、100m2以上200m2以下の木造戸建てとして、宿に改修する空き家活用の先駆例になるはずです」。

築100年を超える建物だが、直前まで家主のおじいさん(グランパ)が住んでいたので比較的傷みは少ない。「既存のトイレやお風呂に加えて、シャワー室とトイレと洗面台を新設し、大人数で泊まれるようにしました。アイランドキッチンを据え、ふすま紙や壁紙を貼り替えて、植栽は庭師に頼んで整えました」。

家主とは10年間の定期借家契約を結んだ。家がきれいになって、家主やその家族にも喜ばれたそうだ。「建物をグレードアップして、宿を10年営んで元を取り、その後は家族に返す。“中間リノベーター”とでもいうべきビジネスモデルです」と末次さん。7月の賃借後、約2ヶ月で改修、9月には旅館業(簡易宿所)の許可を取って営業を始めるという早業だ。

グランパはJR熊本駅に近く、立派な日本庭園があるのが魅力だ。末次さんはニレノキハウスと同様、大学との連携を検討している。
「学生たちに宿の運営を経験してもらうとか、まちあるきガイドなど体験型コンテンツづくりに協力してもらうなどを考えています。今後は、宿のソフト面のモデルづくりに取り組むつもりです」。

スミツグハウス https://sumitsugu.house/

スミツグハウス グランパ。外観は新しいが、建築時期は明治に遡る。立派な日本庭園が目をひく建物だ。モダンな壁紙をあしらい、アイランドキッチンを据えた。2組同時に宿泊できるようにしてはあるが、当面は1組貸し切りで運営する計画</br>(写真提供:末次宏成)スミツグハウス グランパ。外観は新しいが、建築時期は明治に遡る。立派な日本庭園が目をひく建物だ。モダンな壁紙をあしらい、アイランドキッチンを据えた。2組同時に宿泊できるようにしてはあるが、当面は1組貸し切りで運営する計画
(写真提供:末次宏成)

2019年 11月23日 11時00分