築約40年の木造アパートと平屋7棟を相続。経営の先行きに不安を抱く

井上美恵子さん(右)と、井上さんがDIYの指導を仰いだ建築家、「住環境設計オカムラアトリエ」を主宰する岡村修さん。岡村さんが改修を手掛けた古民家の宿「西亭」にて井上美恵子さん(右)と、井上さんがDIYの指導を仰いだ建築家、「住環境設計オカムラアトリエ」を主宰する岡村修さん。岡村さんが改修を手掛けた古民家の宿「西亭」にて

福岡県久留米市の中心部にほど近い合川町一帯は、縄文時代から人が住む台地だ。古墳時代の遺構や奈良時代の国府跡などの史跡が点在する。近世では久留米藩主の有馬家も別邸を置いた。
近隣には久留米市美術館や市立中央図書館などの文化施設、野球場やテニスコートを擁する中央公園があり、静かで暮らしやすそうな住宅街だ。

この好立地のおかげもあってか、井上美恵子さんが先代から賃貸住宅を引き継いだとき、アパート4室・戸建て7棟はすべて入居中だったという。
とはいえ、いちばん新しい木造アパートでも、まもなく築40年。戸建て群はさらに古い。出入りの工務店からは「そろそろ壊しどきですね」と言われた。

相談する相手もなく、井上さんは途方に暮れた。「周辺には、新しくても空いている物件だってあります。建て替えたところで競合できるとは思えませんでした。それで建て替え費用を回収できなければ、代々引き継いできた土地を持ち続けられなくなってしまいます」(井上さん)

ちょうどその頃、地元の建設会社の不動産オーナー交流会で、同じ久留米でアパートを経営する半田啓祐さん・満さん兄弟と知り合う。参加者の中で自主管理に取り組んでいるのは井上さんと半田さん兄弟だけとあって、すぐに意気投合したそうだ。半田さん兄弟は所有する「HandA Apartment」ほかで、賃貸住宅のリノベーションやコミュニティデザインに取り組んでいる。

半田さんの紹介もあって、井上さんは、福岡市の吉原住宅が主宰する「オーナー井戸端ミーティング」をはじめ、さまざまな講演会・勉強会・ワークショップに積極的に参加するようになる。それが「DIY」に目覚めるきっかけにつながった。

アパートの空室でリノベーションに初挑戦。DIY塗装に半年を費やす

2017年春、それまで満室だった木造アパート「松葉荘」に空きが出た。前年に外壁を改装したばかりの建物だ。井上さんは考える。「ゆくゆく建て替えるにせよ、入居者さんがいるので当分は無理。だったら、リノベーションを試してみよう。壁ぐらいなら、自分で塗れるはず」。ペンキ塗りはワークショップで体験済みだった。

ワークショップで知り合った人や付き合いのある塗装業者などに教わりながら、なんとか道具と材料を揃える。「その頃は、本当に何も知りませんでしたね。プロのふりをして材木の卸し屋さんに行って『無垢はどこにありますか』なんて尋ねて笑われました。ここにあるのは全部無垢ですよ、って。私、『無垢』っていう種類の木があるのかと思っていたんです(笑)」

2DKだった住戸を1LDKに改修。間取りや内装は井上さんが考え、壁の解体や床張りは大工さんに頼んだ。そして、天井と壁の塗装に取りかかる。
「板の目地や凹凸をパテで埋めてサンダーで滑らかにして...と、手順は分かっていてもコツを知らないので、とにかく時間がかかりました。今ならささっとできることに、丸一日かけたことも」と振り返る井上さん。福岡市の自宅から毎日のように作業に通ったそうだ。結局、40m2一室の改修に、約半年を費やした。

井上さんがイメージする「理想の部屋」に仕上がった一室は、若い女性が借りてくれた。「こんなに素敵な部屋に似合う住人になれるかしら!」と、とても喜んでくれたという。その一言で、半年に及ぶ苦労が報われた。

左上/松葉ビレッジ全景。右手にアパート「松葉荘」、向かいに戸建て「松葉ハウス」が並ぶ。総称は「松葉ビレッジ」。名前は仲介を引き受けてくれたスペースRデザインの担当者と相談して決めた 右上/松葉荘 下2点/井上さんが初めてDIY改装に取り組んだ松葉荘202号室。下2点写真提供:スペースRデザイン左上/松葉ビレッジ全景。右手にアパート「松葉荘」、向かいに戸建て「松葉ハウス」が並ぶ。総称は「松葉ビレッジ」。名前は仲介を引き受けてくれたスペースRデザインの担当者と相談して決めた 右上/松葉荘 下2点/井上さんが初めてDIY改装に取り組んだ松葉荘202号室。下2点写真提供:スペースRデザイン

2度目のリノベは建築家の指導で戸建て1棟を丸ごとDIY

「松葉荘」の向かいには、中庭を挟んで4棟の木造平屋が並ぶ。前出の半田さん兄弟に倣ってコミュニティデザインを学び始めた井上さんは、一帯をまとめて「松葉ビレッジ」と呼ぶことにした。複数の建物が並んでいるからこそ、エクステリアに工夫すれば、全体のイメージアップができるはず。周囲の街並みにも貢献できるかもしれない。

幸い、コミュニティデザインを学ぶ仲間には、久留米に拠点を置く造園や電気の職人たちがいる。協力を得てアイデアを練り、作業を進めた。道路に面した駐車場の塀に間接照明を仕込み、その下にプランターを並べる。ただそれだけのことで、夜景がぐっと美しくなった。これは近隣の住人にも喜ばれたという。

各住棟の玄関前にも、それぞれエクステリア照明とプランターを設置した。当初、プランターの植物は、井上さんが手入れしていたが、そのうちに入居者が自分で世話をしてくれるようになったという。「こちらが一生懸命に管理していることが伝われば、入居している方々も、この場所を大切にしようと思ってくださるんだ、と実感しました」

このエクステリア改修と前後して、平屋の1棟が空室になる。井上さんは、今回もDIYで改修したいと考えた。しかし、規模はアパートの一室よりずっと大きい。ペンキ塗りの経験しかない井上さん1人ではとても無理だ。見かねた先輩大家さんが、指導者として、DIY改修の実績豊富な建築家・岡村修さんを紹介してくれた。

岡村さんの助力を得て、2回目のリノベーションは大工の手を借りず、井上さんと岡村さん、DIY仲間だけで施工した。「このときは、壁や天井だけでなく、床板もクッションフロアも自分の手で張りました。外壁の塗装にも取り組んでいます。難しい造作は岡村さんにやっていただきましたが、あとは宿題をもらって黙々とこなしていきました」と井上さん。このときも、改修期間はほぼ半年に達した。

大家として、長時間・長期間改修に通うことには意味があった、と井上さんは言う。「朝から晩までその住戸で過ごすことになるので、明るさや静けさなど、住環境を身をもって知ることができます。どうすれば住む人に喜んでもらえるかを、実感としてつかむことができました」

左上/DIY改修2戸目の「松葉ハウス」。外壁も白く塗装した。玄関前にエクステリア照明とプランターを設置している 右上/同内観。改修後、以前より1万円家賃を上げたが、3ヶ月で入居者が決まったという。写真提供:スペースRデザイン 下2点/井上さんが仲間の手を借りて新設した駐車場の塀とプランター。夜のライトアップが美しい 右下の写真提供:井上美恵子左上/DIY改修2戸目の「松葉ハウス」。外壁も白く塗装した。玄関前にエクステリア照明とプランターを設置している 右上/同内観。改修後、以前より1万円家賃を上げたが、3ヶ月で入居者が決まったという。写真提供:スペースRデザイン 下2点/井上さんが仲間の手を借りて新設した駐車場の塀とプランター。夜のライトアップが美しい 右下の写真提供:井上美恵子

3戸目のDIY改修で、床張りやタイル貼りの技術を身に付ける

3戸目となる戸建て改修に取り組むことになったとき、井上さんは「できる限りのDIY技術を身に付けたい」と考えた。「ペイントには自信がついたけれど、木を切ったりビスで留めたりする技術はまだまだ。電動工具類の扱いにも慣れたかったんです」

岡村さんの提案で、この家の砂壁はコンニャク芋をシーラー代わりに使って下地を整えた。「コンニャク芋は匂いがしないので、気持ちよく作業ができました」と井上さん。化学物質を含まず、シックハウス予防にもなる。床には無垢の木を使い、温かみのある空間に仕上げた。

また、この家には脱衣室や洗面所がなかった。洗濯機置き場も屋外だ。古い住宅には珍しくなく、リノベーションの課題のひとつだ。岡村さんと井上さんはキッチンと浴室の間に棚をつくり、カーテンレールを回して脱衣室兼洗濯機置き場とした。カーテンにすることで、浴室を使わないときは空間を広く使えるし、棚で仕切ることでキッチンの収納も増やせる。

レトロな雰囲気の照明器具や陶器製のドアノブなどは井上さんが足を棒にして探してきたもの。玄関、キッチン、トイレの3か所にタイルを用い、タイル貼りのコツも学んだ。さらに、室内ドアの製作にもチャレンジ。これは井上さんが岡村さんに頼み込んで指導してもらったという。
「もう一度自分でつくれるかどうか、自信はありませんが、材料や工程は理解できたので、建具屋さんではなく大工さんにお願いする方法もありそう」と井上さん。
一般に、建具は専門職に別注するより、大工作業の一部として製作してもらったほうが安く済む。

大家として、一通りの改修技術を身に付けたことは、工務店と折衝するときの強みになる。
「何も知らなかったときは、先方から言われたことを信じるしかありませんでした。でも、今なら作業工程を理解した上で、きちんと話し合うことができます」と井上さん。設計者と工務店のような関係で仕事を進められる。

改修方法の選択肢も増えた。
「DIYするか、工務店に頼むか、両方を組み合わせるか。自分でやれば安くできても、時間がかかるぶん空室期間は長くなります。これからは、コストや時間と効果を天秤にかけて、ひとつひとつ検討していくつもりです」

3戸目は、松葉荘や松葉ハウスから少し離れた「松葉ハウス離れ」。もともと玄関周り(左上の写真)に貼ってあったタイルの色に合わせ、玄関内にもタイルを貼った(右上)。キッチンと浴室の間に棚を設け、カーテンレールを付けて洗濯機置き場と脱衣室に(下左)。廊下とLDKの間の扉は岡村さんと井上さんが製作した(下中)。トイレや浴室の鏡周りもタイルで彩りを添えた(右下2点)3戸目は、松葉荘や松葉ハウスから少し離れた「松葉ハウス離れ」。もともと玄関周り(左上の写真)に貼ってあったタイルの色に合わせ、玄関内にもタイルを貼った(右上)。キッチンと浴室の間に棚を設け、カーテンレールを付けて洗濯機置き場と脱衣室に(下左)。廊下とLDKの間の扉は岡村さんと井上さんが製作した(下中)。トイレや浴室の鏡周りもタイルで彩りを添えた(右下2点)

築古の木造住宅を腰壁で補強。地震時にも人命を守れる家に

3戸目の改修にはもうひとつ、重大な課題があった。建物としての強度に疑念があったのだ。木造住宅の改修に強い岡村さんは「昭和30〜45年頃に建てられた住宅には注意が必要」と語る。松葉ビレッジの平屋はそれより新しいが、施工にやや難があったと考えられるそうだ。

岡村さんの技術で、基礎と床下を補修。さらに耐震性を高めるため、壁を補強することにした。柱と柱の間に構造用合板を張り、その上から板を張って腰壁風に仕上げる。家中に腰壁を巡らせてあるのはそのためだ。

岡村さんは次のように解説する。「松葉ビレッジの場合は井上さんの練習のためもあって、家中に腰壁をつくりましたが、平屋ならここまでしなくても大丈夫でしょう。現行の耐震基準に達するかどうかは確かめようもありませんが、地震で少しぐらい傾いても、人の命は守れるはずです」。内装を仕上げ直す費用がない場合は、建物全体のバランスを見ながら押し入れを補強する方法を採ることもあるそうだ。

「昭和の木造住宅は、築後25〜30年ぐらいで壊されてしまう。建てたときのローンが終わるのと同じタイミングで、本来はそのあとも使い続けてこそメリットが生まれるはずです。工務店に頼んで改修したら採算が合わないが、大家さんが自分で手を動かせばなんとかなります」(岡村さん)

最後にもう一度、井上さんにDIYの感想を聞いた。
「自分でやってみるまで、DIYって着物を仕立て直すようなものかとイメージしていたんです。でも、実際にはお料理するのとよく似た感覚でした。素材を選んで下ごしらえして、バランスよく組み合わせてきれいに盛り付ける。DIYは力仕事のような印象があるけれど、実は女性に向く仕事だと思います。お部屋をDIY改修する女性が増えたら、日本の住まいはもっと素敵になるんじゃないでしょうか」

松葉ビレッジ https://www.facebook.com/matsubavillage/
住環境設計オカムラアトリエ
https://jksmura3.wixsite.com/muraworks

松葉ハウス離れ。各室と廊下に補強を兼ねた腰壁を巡らせている。障子は和紙を塩化ビニール樹脂で挟んだワーロンシートに貼り替えた。組子が欠けていた部分はステンドグラス風のシートでアレンジしている松葉ハウス離れ。各室と廊下に補強を兼ねた腰壁を巡らせている。障子は和紙を塩化ビニール樹脂で挟んだワーロンシートに貼り替えた。組子が欠けていた部分はステンドグラス風のシートでアレンジしている

2019年 10月10日 11時05分