都心に住むことを考えたら、中古をリノベーションという答えに

1998年。日本で初めてのリノベーション住宅は大阪で生まれた。その「クラフトアパートメント北区同心町」を手がけたのが、1994年設立のアートアンドクラフトだ。バブルはすでに崩壊してはいたものの、不動産価格はまだ落ちきってはおらず、若い人が都心に家を手に入れることなど思いもよらぬ時代である。そんな時期に都心に住むことを、そのための手段を考えたのがアートアンドクラフトを設立した中谷ノボル氏である。

「都心回帰は会社を作った時からの考えです。ヨーロッパの都市では休日も、夜も中心部に人がいて賑やか。でも、大阪の都心部は賃料が高いビルばかりで昼以外には人がいない。人が住めないまちは衰退するのではないか、もっと都心に人が住めるようにしないと。そこで考えたのは中古をリノベーションして利用することでした」。

中古なら30代でも都心に買える。だが、その頃の中古は住宅購入時のメジャーな選択肢ではなかった。新築が買えないから仕方ない、中古でも買うかという存在だったのだ。加えて関西には首都圏と違い、ちょっと独自の考え方があった。都心は住むところではなく、郊外こそが住む場所だというのだ。

「関西では大正から昭和初期にかけて電鉄会社が郊外に富裕層向けの広壮な住宅街を作った。そうした住宅地に憧れる人が多く、都心に住むより郊外に住むほうが良いこと、という刷り込みがあったのです」。

これが20年前のリノベーション。以下に最近の例を紹介するが、さほど大きな差は感じられないこれが20年前のリノベーション。以下に最近の例を紹介するが、さほど大きな差は感じられない

5%から50%へ。リノベーションの認知度は大幅アップ

最近の事例。リノベーションという選択肢が一般的になった現在、20年前とは顧客層も変化しつつある最近の事例。リノベーションという選択肢が一般的になった現在、20年前とは顧客層も変化しつつある

といっても、まちの未来がどうのという話で住宅は売れない。住宅として魅力的でなくてはいけない。そこで生まれたのが前述の物件なのだが、今、その写真を見て驚かされるのは、さほど最近のリノベーション物件と変わりがないという点だ。長く使える素材を使う、既存の間取りにこだわらず、広く使える回遊性のある間取りにするなど考え方そのものは当時も今も変わっていない、とアートアンドクラフト広報の土中萌氏。20年前に当時の流行を入れて作られた新築が古く見えることを考えると、最初に何を目指すかで未来は決まってくるのだということが分かる。

当初から作るもの、方向は変わってはいないものの、それを受け止める人、社会は大きく変わったと中谷氏。「20年前にオープンハウスをすると来るのは時代の先端を行っている、いわゆるアーリーアダプターと呼ばれる人たち。リノベーションと言う言葉の認知度も肌感覚で20人に1人、知っているかどうかというところでした。ところが10年後には20%。5人に1人。そして今だと半数くらいは知っているのではないでしょうか。仕方ないから中古という時代からすると、最初から住まい選びの選択肢に中古が入るようになるなど劇的に変化しました」。

20年前はセンスを売りにするカタカナ商売の人たちのモノだったリノベーション。今はごく普通の会社員、公務員、ファミリーが選択するようになり、知識も広く普及した。また、関西でも若い人たちを中心に都心に住む価値が認識されるようにもなっている。住宅価格が下がったこともあり、新卒の社会人1年目でも都心部に住み、自転車通勤ができる時代になってきたのである。

リノベーションが住宅を民主化した

リノベーション・オブ・ザ・イヤー2017でグランプリを受賞した新桜川ビルディング。建物を再生したことで地域をも再生、新たな価値を生み出したことが評価されたリノベーション・オブ・ザ・イヤー2017でグランプリを受賞した新桜川ビルディング。建物を再生したことで地域をも再生、新たな価値を生み出したことが評価された

こうしたリノベーションの一般化を中谷氏は「住宅の民主化」という。与えられる住まいから自分たちで作る住まいへ、という変化だというのだ。

「独立する前、サラリーマン時代には新築マンションを作っていました。その時に作っていた住宅は供給者側の論理によるもの。面倒だからクレームが出ないもの、100戸単位で作るから最大公約数的なものと言った具合です。ところがリノベーションは他人の論理ではなく、自分から始まるもの。気持ちの良い建材を使いたい、自分が好きな空間を作りたい、などなど。こうした自分を中心にした、自分たちで作るという姿勢は近年、住宅だけではなく、社会にも向けられている気がします」。

リノベーションの対象が住宅だけに留まらなくなっているのである。住宅から、オフィスや宿泊施設への敷衍は同じ建物のリノベーションだから分かる。だが、近年では水辺や公園などの公共空間、さらにはまちへとリノベーションという言葉、行為が広まりつつある。自分の部屋を自分の好きに変えられるのであれば、その外側にある地域や社会も変えられるのでは? そうした発想の広がりがあるということだろう。

また、往時の20代半ばに比べ、社会に目を向け、関わろうという意識のある人が増えたとも。たとえば就職時、給料の額だけでなく、その会社が社会にどう貢献しているかなどを考えて選ぶ人がいるが、バブル期のサラリーマンにはそんな意識はなかったと中谷氏。確実に人間は進化しているのである。

この20年で進んだボーダーレス化で人はもっと自由に

民主化と並び、この20年の変化を現す言葉として中谷氏がもうひとつ挙げたのがボーダーレスだ。旅好きの中谷氏は同じ場所に住み続けるより、時々移動する暮らしをしたいと考えていた。しかし、20年前にはそれは夢物語。ところが、ITの発達で離れた場所でも仕事ができるようになり、LCCの登場などで移動にかかるコストが安くなったことで、現在、中谷氏は大阪と沖縄の2拠点暮らしを実現している。

「当時、ホテルと住まいはどう違うのだろうと考えていましたが、実際に2拠点に暮らすようになった今、その違いがほとんど無くなりつつあることを感じます。同様に在宅、リモートワークで働けるようになってきたことで住まいと働く場の違いも変わりつつある。家がオフィスになり、旅先がオフィスになりと、どこでもオフィスになるようになったのです。今後は技術の進化で自宅で診察が受けられるようになって病院と自宅のボーダーが無くなるなど、もっとあちこちでボーダーレス化が広がるでしょう」。

ボーダーレス化は人を自由にし、住むという可能性を広げる。これからの社会では都会に住んで野菜を作ることも、農場に住んで都会の会社の仕事をすることもできるようになるだろうし、空き家が増えれば2拠点居住ももっと広まるかもしれない。

「ひとつのところに住み続けるのではなく、移動し、複数の異なる文化や歴史などの背景を持つ土地に住むようになれば、新しい発想が生まれ、ライフスタイルが生まれてくる。それが新しい文化や仕事を生むと考えると、これからの社会はもっと楽しくなっていくのではないでしょうか」。

中谷氏の2拠点居住の一方、沖縄にあるスパイスモーテル。わざわざ泊まりに行きたい場所として人気を集めている中谷氏の2拠点居住の一方、沖縄にあるスパイスモーテル。わざわざ泊まりに行きたい場所として人気を集めている

これから20年はこれまで以上の変化の時代に

ボーダーレス化は自宅やオフィス、宿、病院など建築用途の境界で進むだけでなく、DIYの広がりなどによってプロとアマの間でも進んでいく。DIYに用いられる資材の進化、ノウハウがインターネットで共有できるようになったことなどにより、最近では玄人はだしのアマチュアも少なくない。

世の中にはそれを脅威と考える声もあるが、逆にプロの価値を上げることになるのではないかと中谷氏は予測する。「ネットを見て作れば誰でもそこそこ美味しい料理は作れる。でも、その先がプロ。これまで日本では料理人、建築家など様々なプロの評価が低かった。でも、今後は自分でやってみたことでできないことが分かり、プロの凄さが分かる人が増えるはずです」。

この20年、住宅も社会も大きく変わってきたわけだが、アートアンドクラフトがリノベーションを始めて20周年を記念して作った年表を見ると、変化は20年前から10年前までの10年よりも、この10年の方が激しいことが分かる。そこから推察すると今後10年、20年の変化はさらに加速するはずだ。

「これからの20年はこれまでの40年分以上に変わるでしょう。現状だけで考えるとまだまだ障壁や困難のあるジャンルもあるはずですが、10年前、20年前と比べれば自由になってきているはず。社会はラクになる方向に動くものなのです」。

何もないところからスタートしたリノベーションが20年でここまで日本の住まいや社会に影響を与えるようになったのである。まだまだ変わる。住まいのこれからがもっと楽しいものであることを信じよう。

上の2点は以前記事でも紹介したアーティストが部屋を作ったAPartMENT。既成概念にとらわれない作りが話題になった。下2点は大阪にあるHOSTEL64Osaka。古いビルをホステルに変えたもので、大胆なデザインが目をひく上の2点は以前記事でも紹介したアーティストが部屋を作ったAPartMENT。既成概念にとらわれない作りが話題になった。下2点は大阪にあるHOSTEL64Osaka。古いビルをホステルに変えたもので、大胆なデザインが目をひく

2018年 09月17日 11時00分