ブームの一方で減少、空き家化進む京町屋

離れから母屋の間に庭があり、面した部屋のいずれからも緑を楽しめる。こうした庭のある町屋はどんどん減っている離れから母屋の間に庭があり、面した部屋のいずれからも緑を楽しめる。こうした庭のある町屋はどんどん減っている

京都で現在の「うなぎの寝床」と称される間口が狭く、奥行きが深い町割が生まれたのは豊臣秀吉の時代。と聞くと京町屋はそれほどに歴史があるのかと思われそうだが、実は現在都心部で京町屋として残されているものの大半は明治から昭和初期にかけて建てられたもの。というのは元治元年(1864年)の蛤御門の変で京都中心部は北は一条通から南は七条の東本願寺に至るまでが焼失してしまったからである。

その後に建てられた住宅の中には文明開化の影響を受けた洋館や3階建て、4階建てもあり、京都に日本家屋のみならず、数多くの洋風建築が残されているのはそのためである。だが、京町屋の新築事例は昭和10年以降減少する。特に昭和25年に建築基準法が木造の京町屋を既存不適格としたことから、減少に拍車がかかり、その後の高度経済成長、バブル経済と街並みは大きく変化していく。

しかも、以降も京町屋は減少、空き家化の一途を辿っている。京都市都市計画局が行った「京町屋まちづくり調査」では1998年から2003年で都心部の町屋は2万8000軒から2万5000軒と10%減少しており、2010年の京都市全域を対象にした同調査では確認された4万7735軒のうち、10.5%は空き家だった。

その一方で2000年頃からは町屋ブームが始まる。これは京町屋を改装、飲食店などにするもので、2014年時点では市内に3000軒以上が営業をしているとも。最近では飲食店だけではなく、宿泊施設への転用も相次いでおり、町屋ブームは今も続いている。

洋館、日本家屋、蔵に庭もある町屋飲食店「膳處漢ぽっちり」

上/左側の扉がある部分が改装時に作られた厨房 下/これが『ぽっちり』。凝った品が多い上/左側の扉がある部分が改装時に作られた厨房 下/これが『ぽっちり』。凝った品が多い

そうしたあまたある町屋転用の飲食店のうちでも、洋館、日本家屋、蔵と異なる建物を擁し、その見事さで知られるのが室町にある膳處漢ぽっちり(ぜぜかんぽっちり)である。経営する際コーポレーションは京都市内に19軒の飲食店と宿を展開しているが、そのうち、町屋を利用したものは8軒。だが、その中でも庭まで設えられ、見た途端に驚きの声が上がるのはそれほど多くはないと店長の武市徹也氏。

2003年3月にオープンした同店は昭和10年に建設された、元は呉服店。208坪(約686m2)を維持するのが難しくなったものの、残したいと願うオーナーからの依頼で、手を入れて飲食店として再生したもの。最悪、駐車場にでもするかと維持を諦めかけていたオーナーは現在の活用ぶりを喜んでいるという。

ぱっと見ただけでは読めない難読店名はかつて滋賀県大津にあった都の御厨所(貴人の台所の意)が「陪膳(おもの)の所」と呼ばれ、それが膳所(ぜぜ)という地名になったことに由来するもの。店は北京料理を供しているが、京都と北京の佇まいが似ていることから、同店を中国宮廷料理の流れをくむ北京の台所と見立て、膳處漢としたのだという。また、ぽっちりは花街での舞妓さんの帯留の名称から。同店では一番奥にある、蔵を改装したバーの店名がぽっちりなのである。

呉服店を洋風のビアホールに転用

上/元々は畳敷きの店部分を夜はビアホールに 下/店長を務める武市氏。京都出身で古民家好き上/元々は畳敷きの店部分を夜はビアホールに 下/店長を務める武市氏。京都出身で古民家好き

立地するのは京都の中心、四条烏丸から少し入った、室町と呼ばれるエリア。「烏丸界隈はその昔は繊維問屋街、その後は銀行、証券会社などが多く集まるオフィス街。当店ができた頃は飲食店は数軒あるかないかという場所でした。ところが、ここができて以来町屋をリノベーションした飲食店が増え、ホテルなども誕生。人通りが変わってきました」。
実際の店舗を見ていこう。外観は町屋という言葉からイメージする和風とは異なる、クラシカルな雰囲気の洋館。入口から覗くとほの暗い廊下が奥に伸びており、知らないといささか敷居が高い。実際、何の店かと不思議そうに立ち止まって覗いていく人などもいる。
そうした人たちに気軽に入ってもらおうと、通りに面した、入口左手のスペースは夜は気軽に利用できるビヤホールとなっている。ここは元々は呉服店の店舗だった場所で以前は畳の部屋だったところに床板を貼り、窓ガラスも入れ替え、すっかり洋風になっている。かつての姿を残しているのは天井、壁面の収納くらいだが、まったく違和感はない。

床、照明、窓ガラスなどはいずれも年代もので、これらは同社がこれまでに収集してきた品。「弊社は飲食店を運営する以外に、店舗設計・デザインや骨董店も含む物販、旅館再生なども手掛けており、そうしたところで使えるよう、海外で買い付けしてきた建材を八王子の倉庫に大量に保管。店舗リノベーションを行う際にはそこから適材と思われる品をピックアップする仕組みになっています」。

中庭を望む日本家屋は息をのむ空間

洋館からさらに奥へ進むと日本家屋となっており、廊下の左右に客席が作られている。右側はかつておくどさんと呼ばれたキッチンスペースを転用した空間。天井が高く、開放的で気持ちが良い。だが、それ以上に気持ちが良いのは左側の、中庭に面した席である。一面に取られた窓から緑がぱっと目に飛び込み、絵になるとはこのこと。同じものを食べたとしても、ここで頂けば味わいも層倍というものだ。庭の手入れは店長以下、店舗のスタッフが行っているそうで、隅々まで清らかに手入れされているのが好印象である。

中庭を挟んでは正面に2階建ての離れがあり、右手には渡り廊下。そしてその奥にはさらに蔵がある。渡り廊下、離れ1階はいずれも個室になっており、いずれも落ち着いた雰囲気。大事な人と、あるいはナイショ話にも良さそうだ。和室というと座るのが嫌という人もいるだろうが、離れに座り、庭を眺めていると多少辛くても座ろうかという気になるはずだ。

離れの2階はソファ席の個室となっており、窓からは庭を見下ろすことができる。庭だけではなく、周囲の様子も見えるが、周辺の建物はほとんどが現代のものとなっており、その中にぽっかりと歴史を感じさせる空間が残っているのは不思議な感じがする。

リノベーションでは残せるものは残し、やりすぎないことを心がけたそうで、ところどころに昔のままの壁も。店舗ならではの落とした照明の中ではそうした壁が逆に陰影を生み、空間の奥行きを感じさせてくれる。

庭を囲んだ各室の様子。どの部屋で食事をしても緑が楽しめ、味わいも深くなるはずだ庭を囲んだ各室の様子。どの部屋で食事をしても緑が楽しめ、味わいも深くなるはずだ

奥行きのある町屋を生かした異空間作り

一番奥は蔵を利用したバー、ぽっちり。2階の床を抜いて作られた天井の高い空間が印象的で中央に長いカウンターが設置されている。壁に作られた棚の中には名前の由来となった帯どめが飾られており、どこか女性らしさもある空間である。2階はソファ席となっており、隠れ家の趣。置かれたソファなどの調度品も歴史を感じる品揃いで、建物の雰囲気と相まって映画のワンシーンのようにも見える。

さらに2階には40人ほどが入るパーティールームがあり、部屋数は全部で大小12。それぞれに趣きが異なっているため、何度か利用しても未知の部屋があり、違う部屋を使ってみたいとリピートする人が多いとか。奥に行くに従い、異なる空間があるという店の作りは京町屋の奥行きをうまく利用しており、よく考えられている。

武市氏は社長から空き店舗を見たら連絡するように言われてもいるそうで、同社は古い建物活用には積極的。調べてみると同社以外でも飲食業界では取り壊されそうになっていた建物を再生している例が多く、歴史も長い。飲食の舞台として古い建物の雰囲気はプラスに働くという判断が、結果的に建物の保存に繋がっているわけだ。

町屋利用ではバーを作っているケースが多いそうで、元々はホテルのバーテンダーをやっていたという武市氏によると、京都にはそうした居心地の良いバーがたくさんあるのだとか。その土地ならではの建物の特徴を生かした空間を味わいに行ってみてはどうだろう。

バーやパーティールームなど洋の趣もある部屋。これだけバリエーションがあれば、何度行っても楽しめるはずだバーやパーティールームなど洋の趣もある部屋。これだけバリエーションがあれば、何度行っても楽しめるはずだ

2016年 12月12日 11時08分