決して恵まれた環境ではない京町家旅館の快挙

JR京都駅から市バスに乗って約10分、さらにバス停から徒歩約5分のところに「京町家 楽遊 堀川五条」という旅館がある。2016年に開業した、全6室の小さな宿だ。京町家の意匠を受け継ぎつつも、最新の設備を導入し、意心地のよさを追求した建物である。

堀川五条の立地は、祇園方面とは真逆になり、観光的な要素が少ない。さらにスタッフは、宿泊施設での勤務経験がほとんどないなど、決して恵まれた状況ではないなかのスタートだった。ところが、開業の1年後には有名旅行口コミサイトで、日本の旅館部門のランキングにおいて初登場ながら1位を獲得。2019年にも4位と、安定した評価を誇っている。口コミのほとんどが外国人観光客だが、いったい何が、彼らにとって魅力的だったのだろうか。

代表の青木達夫さんと、現場で采配するマネージャーの山田静さんに話をうかがった。

「京町家 楽遊 堀川五条」の外観は、ビルが増えつつあるこの界隈ではひときわ目立つ存在。昭和初期の建築が忠実に再現されている。入る際に暖簾にからまってしまう外国人客もいるとか「京町家 楽遊 堀川五条」の外観は、ビルが増えつつあるこの界隈ではひときわ目立つ存在。昭和初期の建築が忠実に再現されている。入る際に暖簾にからまってしまう外国人客もいるとか

京町家再生実績の豊富な建築家との出会いがターニングポイント

青木さんは、もともとは大手人材関連会社に勤務していたが、退職後、世界一周旅行に出発し、旅先で3.11の東日本大震災を知ることとなった。帰国し、自信を失っている日本の姿を見て、何とか自信を取り戻してほしいと思った。旅先で、海外から日本への信頼度や、特に日本文化への関心度が高いことを感じ、この点において日本にはアドバンテージがあると確信していたからだ。

そこで、日本文化を外国人に伝えることをミッションにインバウンド専門の旅行手配や外国人観光客向けのメディアを扱う会社を2012年に起業。インバウンド需要が急成長しているタイミングだったので、宿不足の課題を感じ、自分たちで宿をやってみようと考えたそうだ。どこでスタートするべきか2014年11月に調査したところ、宿の需給ギャップが最も高いエリアとして、京都が浮かび上がってきた。

外国人には古民家が人気になると見込んで物件を探している中で、町家再生の実績のある建築家・内田康博さんとの出会いがあった。
現在の「楽遊」の場所には、もともと古民家の町家が立っていて、それを活用できないかと内田さんに相談したが、旅館にするとなると難しいと指摘された。旅館業として活用する場合、消防設備等、クリアすべき点があまりにも多いからだ。

観光ポイントから外れているものの、ちょうど目の前に銭湯があり、さらに近所の落ち着いた佇まいがあるこの場所を気に入っていた青木さんは、方針転換を図ることにした。場所は変えずに、昭和初期の古民家を再現した建物を新築で内田さんに設計してもらうことにしたのだ。

2015年秋に始まった工事は、翌年3月に竣工。そして同年6月、晴れて旅館として営業をスタートしたのだった。

1階の土間スペースには朝食時に食卓にもなる大テーブルがあり、柿渋で塗装して建物になじむように配慮されている1階の土間スペースには朝食時に食卓にもなる大テーブルがあり、柿渋で塗装して建物になじむように配慮されている

当時の町家を徹底的に再現し、快適性・プライバシーは担保

これまでたくさんの古民家の京町家を再生してきた内田さん。新築での京町家設計は初の試みだったそうだが、建物は昭和初期の趣をそのままに再現した建物に仕上がっている。

例えば、1階の土間は大黒柱の礎石が見えるようになっている。たたきの土間は、当時と同じ叩いて仕上げる方法でつくられ、経年変化を楽しめる。小上がりに上がるため使う踏み石も当時使われていた自然石だ。1階奥には坪庭を配置し、階段下は収納スペースにするなど、とことん当時の様式の再現にこだわったそうだ。建具も昔のサイズにこだわっているため低く、背が高い人は頭をぶつけてしまいそうな箇所もある。

客室は4畳半と6畳の2タイプ。真ん中には、折りたたみの丸いちゃぶ台が置いてある。そもそも当時は、ちゃぶ台を置く習慣はなかったそうだが、現代人にはテーブルが必要なため、配置したそうだ。旅館の立ち上げ当初からマネージャーとして関わり、インテリアまわりも任されている山田静さんは「考えたのは、建物のイメージを邪魔しない家具や道具を揃えることでした」と当時を振り返る。ちゃぶ台も、そんな想いから導入したのだそう。ロビーの大きなテーブルも、宿の雰囲気になじむように大工さんに作ってもらった特注品だ。
一方で、現代の建築基準法をクリアするために、一部鉄骨や防火窓などを見えないところに取り入れた部分もある。

古い時代にタイムトリップしたような、かつての建物を再現しているが、快適性とプライバシーは担保されている。各客室には3点ユニットバスやエアコン、ドライヤー等を完備。宿泊者の満足度は高そうだ。

左:ロビーは吹き抜けになっている。昭和初期の町家は1階にかまどがあり、その熱を上に逃がすためこのようなつくりになっていたが、現代では防火ガラスになっている/右:1階のたたき土間から居室へと向かう小上がり。外出時に使える下駄が並んでいる。棚には向かいの銭湯に行くのに使う竹かごが並ぶ左:ロビーは吹き抜けになっている。昭和初期の町家は1階にかまどがあり、その熱を上に逃がすためこのようなつくりになっていたが、現代では防火ガラスになっている/右:1階のたたき土間から居室へと向かう小上がり。外出時に使える下駄が並んでいる。棚には向かいの銭湯に行くのに使う竹かごが並ぶ

町家に宿泊することが「体験」になるように随所に工夫

上:近隣のレストラン等を紹介したエリアマップは、日本語と英語、そして中国語版もある/下:布団の敷き方をイラストで楽しく紹介している上:近隣のレストラン等を紹介したエリアマップは、日本語と英語、そして中国語版もある/下:布団の敷き方をイラストで楽しく紹介している

現在の「京町家 楽遊 堀川五条」は、宿泊客の比率が、外国人9:日本人1で圧倒的に外国人が多い。客層はお一人様からファミリーまで幅広く、欧米のほか、アジア各地からもやって来る。最近はリピーターも増えていて、2年前に来たオーストラリアの方、5回目の台湾の方もいる。共通しているのは、畳でゴロゴロでき、家みたいにリラックスできるのが嬉しいとのこと。またスタッフとの距離感もちょうど良いそうだ。

お風呂は建物の向かい側にある銭湯を案内しており、そこに行くための下駄や竹細工の湯かごを貸し出している。山田さんによれば、これは「楽遊」に滞在することが日本文化体験になる工夫の一環だという。
下駄は、1階の小上がりの脇に並んでいる。日本人なら、その小上がりの下で靴を脱ぎ、2階の部屋へ上がっていくところだが、外国人は戸惑ってしまうそうだ。靴を脱いで、下駄に履き替えて2階に上がった人もいたとか。
しかし、あえて注意書きを張っていないと山田さん。
「張り紙は無粋になり、建物の雰囲気を壊すから」と説明する。スタッフが日本家屋での靴を脱ぐ習慣や下駄について説明することで、旅行者とのコミュニケーションが生まれ、距離が近くなるという一面もあるようだ。

建具が低いことで頭をぶつける外国人が多く、それさえも日本文化体験になったという喜びのコメントも少なくない。

布団敷きは、スタッフが部屋を回って行うが、宿泊者もチャレンジできる仕掛けにしていて、イラストを用いた解説もある。布団を敷いてみること自体が日本文化体験になるからだ。特に子どもたちは大喜びで、子どもにいろいろな体験をさせたい親たちも大歓迎。うまくできない場合は、その場でスタッフが布団を敷くのだが、それを見ていた外国人客から拍手が起こることもあるという。

取り組みが評価され、隣地からの嬉しい提案

上:客室入口への廊下は、畳敷きになっていて、引戸をくぐって部屋に入る/下:6畳の客室には、丸いちゃぶ台やテレビ等、そして3点ユニットバスを揃え、現代的要素で快適性を担保上:客室入口への廊下は、畳敷きになっていて、引戸をくぐって部屋に入る/下:6畳の客室には、丸いちゃぶ台やテレビ等、そして3点ユニットバスを揃え、現代的要素で快適性を担保

口コミサイトで獲得した1位、さらに2018年の7位、2019年の4位という評判について、代表の青木さんは、出来過ぎだったと振り返る。

だが口コミについては、現場でもチェックをマメにしていて、改善するように心がけていると山田さん。例えば布団が硬いという口コミを受け、マットを1枚追加する無料サービスを始めた。また、立地が不便とのコメントが寄せられたこともあった。確かに人気の祇園からは距離があるが、どうしようもない。一方で、この堀川五条界隈には、おでん屋さんや昔ながらの定食屋などがあり、下町ならではのローカル体験ができるので、そこを訴求ポイントにした。近隣マップを作成して、日本語、英語、中国語でローカルな面白さをアピール。すると、そういった体験を求めるゲストが利用するようになり、ミスマッチが起きないようになったという。

2019年は、隣の地主さんから思いがけない申し出があったそうだ。老人ホームに入るので、土地を購入してほしいとの打診だ。古民家がどんどん失われ、かわりに近代的なビルになってしまうことを残念がっていた地主さんは、これまでの「京町家 楽遊 堀川五条」の活動を評価し、この旅館になら、後世を託せると考えたそうだ。

その土地は60坪もあり、4階建てもつくれるものの、やはり2階建ての町家を再現する予定だ。次は各客室を広くして、縁側も設けた贅沢な空間にするプランだという。今後、京都を訪れる観光客は、さらにリッチなものを求める旅のスタイルになるだろうと青木さん。そうした観光客を受け入れる布石にしたいと意欲をみせる。完成は、2020年の春を目標にしている。完成したその姿を見られる日が楽しみだ。

2019年 11月01日 11時05分