土地の歴史、文化を踏まえた活用を

おふろ荘の入り口で。左が話を伺った和泉直人氏、右はインターンの頃から関わってきた中村実穂氏おふろ荘の入り口で。左が話を伺った和泉直人氏、右はインターンの頃から関わってきた中村実穂氏

東急田園都市線高津駅。一般にはあまり認知度の高くないこの駅から歩いて約2分。大山街道(現在の国道246号。江戸時代は雨乞いの神・大山阿夫利山神社に参詣する道だった)から少し入ったところに高津湯があった。建物所有者、銭湯運営者ともに高齢になったこと、燃料となる薪や重油の高騰などから経営存続は難しいと2015年に廃業。しばらく、そのままの状態になっていた建物が、2019年4月に新しい姿でオープンした。アーティストのためのシェアオフィス、アート関連の蔵書を閲覧できるアート図書室、ギャラリーなどとして使える「おふろ荘」である。

「おふろ荘が位置する大山街道は太陽の塔で知られる芸術家・岡本太郎や人間国宝第1号である濱田庄司の生誕地で、かつては職人の技が光る専門店が軒を連ねる芸術と手仕事の文化を持った地域でした。ところが、通り沿いの建物が次々にマンションに建て替えられ、そうした歴史、文化が忘れ去られつつあります。それがこの街の魅力低下につながっていたので、何とかしたかった。大山街道を中心に、その周辺で場づくりや建物の再生を手がけていることもあって、今回もそういった文化を継承するという文脈の中で、一時的に建物を再生させるように依頼を受けました」と株式会社NENGOの和泉直人氏。

地元の歴史、文化に加えて考えたのが最近のこのエリアの動き。川崎市内でも高津区、中原区では子育て世帯の流入が続いており、そうした人たちが寛げる場になればとも考えたという。「これからの社会問題を解決するフレームとして有効なのはクリエイティブ思考といわれていますが、ここがアート系図書室になることで子どもたちが気軽にアートに触れられるようになったら面白いなと思っています」

歴史のある銭湯であることも意識、長年利用してきた地元のおじいちゃん、おばあちゃんたちにも愛される場にしようとも考えているそうだ。

地域の人たちに愛される存在=銭湯

もともとあった塀を壊し、建物が見えるようになった。奥の住居部分は使わず、空地にはベンチなどを置いて寛ぐスペースにもともとあった塀を壊し、建物が見えるようになった。奥の住居部分は使わず、空地にはベンチなどを置いて寛ぐスペースに

とはいえ、いずれは解体も視野に入れた期間限定の使用である。ビジネスとして成り立つものではないため、さほど予算はかけられない。そこで清掃までは建物所有者に負担してもらい、使えるものはできるだけそのまま使う方針で改修を行った。銭湯本体の背後にある住宅棟は5年近く使われておらず、床が抜けた状態だったため、使わないことにし、まずは建物を囲っていた高いブロック塀を撤去した。これによって道路から建物が見えるようになり、視認性が高くなった。続いて什器を撤去、縁側を使えるように修理。

「こうした作業を行っている間、毎日40~50人くらいから『何になるのですか?』と聞かれました。取り壊すわけではないことが分かると、ほっとした顔をする人も多く、地元で50年以上も続いた高津湯がどれだけ地元の方々に愛され、気にされる存在であったかを実感しました」

それだけ気にする人が多いのであれば、多くの人の集まる場にしたらと思うところだが、建物の使い方を変更するにはハードルがある。ホールやイベント会場のように不特定多数が集まる場にすることはできないため、使い方としてはアトリエ、事務所という形にすることになった。具体的には女湯はシェアオフィス兼アトリエとして、男湯はギャラリーと図書館になるという。

「アトリエなどの利用者が自分たちの活動を知ってもらうための一環としてイベントを開催するという形ならあり得るそうなので、そうした形で地元の開かれた場になるようにと考えています。ご高齢の方向けに小規模な寄席なども面白そうですよね」

下駄箱もアート作品になる?

建物を見せていただいた。入り口で目を引くのは湯から突き出した三本指が描かれた新しい暖簾。湯気をイメージした従前の温泉マークをモダンにしたものと言えばいいか、モノを作る場という意気込みをイメージしたと言えばいいか、見方はそれぞれだろうが、これまでの銭湯とは違う場であることが一目で分かる。もうひとつ、感じたのは当時としてはモダンな建物だったのだろうなということ。入り口周辺に使われたガラスブロックと呼応するように男湯、女湯の仕切りにも色の入ったガラスブロックの壁があり、レトロモダンなのである。

玄関には2種類の下駄箱が残されており、これは脱衣所内のロッカーとともに使われる予定。「ロッカーは本棚として使う予定をしており、下駄箱もところどころにアート作品を置くなどして使いたいと考えています」。開けてびっくりする下駄箱というところだろうか、子どもに大受けしそうだ。

番台、脱衣場はほぼ以前の状態。黒電話、マッサージチェア、体重計やかつての張り紙、広告なども貼られたままで、ちょっとしたタイムカプセルのよう。頭からお釜のような容器を被って使うお釜型ドライヤーも健在である。

浴室内で残念なのは銭湯絵が劣化しており、剥落の恐れがあったために撤去されたことだろうか。かつては地元のサッカーチーム川崎フロンターレとのコラボレーションで選手が描いた自画像などが掲出されていたこともあったそうだ。だが、壁のタイル画、脱衣所の間のガラスの仕切りなどには富士山や女神像などが描かれているので、雰囲気はそちらで味わえる。

脱衣所と浴室の間のガラスには女性の絵が描かれている。黒電話やマッサージチェア、下駄箱その他は当時のまま。地元のサッカーチームとのコラボイベント開催時の写真その他も残されていた脱衣所と浴室の間のガラスには女性の絵が描かれている。黒電話やマッサージチェア、下駄箱その他は当時のまま。地元のサッカーチームとのコラボイベント開催時の写真その他も残されていた

銭湯+アートでショートトリップを

もちろん、浴槽や洗い場はそのまま残されており、女湯は脱衣所も含め、アトリエとして使われ始めている。面白いのはいずれもそのままの形で、それぞれを個室に見立てて貸し出されていること。浴槽に入った状態で作業することをイメージすると一般的なオフィスやアトリエでの作業とは異なる発想が生まれてきそうだ。

賃料は浴槽が月額1万8,000円(水道光熱費、Wi-Fi使用料込み。以下同)、洗い場が2万円~、脱衣所のロッカーの間が1万5,000円などとなっており、広さによって異なる。すでにフラワーアーティストなど4人のアーティストが活動を始めているそうで、次回、訪れるときには作業風景を見せていただきたいものである。

また、男湯も図書室としての利用が始まった。置かれているのは寄贈や過去のイベント開催時に地域の人たちと物々交換するなどして集められたアート関係の書籍。公共の図書館とは違い、借りて帰ることはできないが、建物内や庭などでのんびり読書を楽しむことができる。
庭ではいずれフードトラックなどに来てもらってビヤガーデンを開くことなども考えているそうだ。

「思いついてひと風呂浴びようと思うように、ふらっと銭湯に行くような感覚でアートを楽しんだり、本を読んだり、という場として使ってもらえればと思っています。男湯はギャラリーとしても使えるようになっており、アトリエ利用者だけでなく、一般の人も1日単位で自分の作品を展示できます」

遠いところにある、かしこまったアートではなく、身近に作品や書籍をというわけである。のんびりしたいとき、いつもとちょっと違う時間を過ごしたいとき、レトロな雰囲気の銭湯でアートに浸る。ちょっとしたショートトリップが楽しめそうである。

浴室内も壁の絵を除けば以前のとおり。ここがアトリエになるとは!である浴室内も壁の絵を除けば以前のとおり。ここがアトリエになるとは!である

2019年 07月21日 11時00分