約40年ぶりに、活用されたレトロ建築

40年もの間、閉ざされていたシャッター。この建物は、誕生してからおよそ半分の時間、使われずにたたずんで、まちの変遷をじっと見つめてきた。シャッターが上がり、再び陽光が差し込んだのは2016年。ようやく“景色の一部”ではなく、“人が集まる場”という役割を取り戻したのだ。

高い天井と、通り側が一面切り取られたような大きな窓。外壁には洋館を思わせる装飾が施されている。「Kaikado Café」として、客を迎えるこの建物は、昭和50年代まで京都市電の「内濱架線詰所」という施設だった。架線トラブルがあった際に、それを修復する人たちの事務所兼車庫のような場所で、建てられたのは昭和2年(1927年)。今、テーブルが置かれているところには、かつては架線をなおす車両がおさめられていたのだ。それを聞くと、天井の高さや窓の大きさにも納得がいく。

「古い建物でも京町家は、いろいろな取り組みがされて残っていくこともありますが、洋館は取り壊されてしまうことも多いんです。ですが最近では、市民の思い入れのある公共施設や企業の洋館は保存し、活用されています。6代目は、こういう小規模な洋館もなんとか残していきたいという思いが強くあるんです」とカフェ店長の川口清高さん。

“6代目”というのは、このカフェを運営している「開化堂」の6代目八木隆裕さんのこと。開化堂は、明治8年(1875年)創業、140年を超える歴史を持つ茶筒の老舗。このカフェの近くに工房があり、八木さんは以前からここが気にかかっていたのだそうだ。

京都市電の設備としての使命を終えた後も、そのままおよそ40年、特に利用されることもなく、京都市が所有していた旧内濱架線詰所。開化堂は、市民や事業者が市の資産の有効活用に係るプランを京都市に提案する「京都市資産有効活用市民等提案制度」を使って、京都市に事業内容をプレゼン。入札を経て、正式にこの建物の所有者となり、カフェをオープンさせた。

河原町通に面した外観。カフェのオープン後、文化庁の登録有形文化財となった河原町通に面した外観。カフェのオープン後、文化庁の登録有形文化財となった

新しいもの、古いもの。その両方が持つ美しさ

カフェの店内。穏やかな光を受けて開化堂の茶筒が美しいカフェの店内。穏やかな光を受けて開化堂の茶筒が美しい

店内に入ると、開化堂の茶筒が棚に並んでいる。ひとつひとつ職人が手作りし、塗装は施さず、銅や真鍮などの素材をそのままあらわした茶筒。光を反射し、鮮やかに光るもの、深みのある茶色をたたえて鈍い光を放つもの。開化堂の茶筒は、時間を経ることによって姿を変化させていく。その美しさに愛着がわくのだ。

一方、40年にわたり放置されていたこの建物は、時間を経て、美しく変化……というよりは、河原町通を見つめて、ひたすらひっそりと立っていたのかもしれない。開化堂では、カフェのオープンにあたって、以前から交流があったデザインスタジオ「OeO」のトーマス・リッケさんに空間デザインを依頼。40年の埃や汚れをきれいに取り去り、新たな空間となった。

「基本的には、この建物そのものを生かして、デザインされています。あまり手は加えていませんので、壁をよくみると柱の間隔が揃っていなかったり、壁が少し斜めになっていたり……。もともと住むための場所ではなくて、車庫のような場所ですから、ちょっとアバウトに造られた部分もありますね。それも含めてこの建物のいいところと言うか……」と、川口さんは笑って話す。その一見無機質なコンクリートの壁面に、開化堂の職人が作った銅のランプシェードから、やわらかなあかりが漏れる。そのコントラストが絵になる独特な雰囲気を持ったカフェに、地元の人や観光客など、たくさんの人が訪れている。ただ、ちょっと困っているのは、空調。古い建物なうえ、コンクリートの打ちっぱなし。冷暖房を効率よくきかせるのには苦労するのだという。

丁寧に手をかけることの尊さ

きちんと手をかけて造られた道具類、そして、丁寧に入れられるコーヒーもこのカフェの魅力きちんと手をかけて造られた道具類、そして、丁寧に入れられるコーヒーもこのカフェの魅力

建物のたたずまいと開化堂の茶筒、そしてさらに、楽しみを与えてくれるのは、店のあちこちで目にする備品。どれもきちんと物づくりに向き合う人々の手による品々だ。1階にショーケースがあるほか、2階には物販スペースもあるのだが、それだけでなく、席につけば、荷物入れ用にと京都の竹工芸品の老舗「公長齋小菅」の竹カゴがさりげなく置かれ、コーヒーは美しい色合いの「朝日焼」のコーヒーカップで運ばれてくる。日常生活で工芸品を身近に感じる機会が少ない人も、実際に使ってみると、その味わい深い世界にひきこまれるだろう。

「一点一点は決して安価なものではないですが、どれも長く使うことができます。だからここで触れてみて、その良さを感じていただきたい、という思いもあります。僕は職人ではありませんが、"手で作る"ってすごく手間暇がかかりますよね。これらの品を作っているみなさんは、何かひとつのものをきちんと作るために、真剣に向き合い、それを当たり前だと思っている人たちです。私たちはここでそういう想いを受け継いでいる。ですから、決して雑には扱えないし、一生懸命、おいしいコーヒーを淹れようと思います」(川口さん)。

作り手の想いと丁寧な仕事ぶりがうかがえる品に囲まれて、ゆっくりと過ごせる。それもこのカフェならではの楽しみだ。

にぎわいは、点から線へ、そしてまち全体へ

カフェ店長の川口さん。カフェのオープンを機に、東京から移り住んだカフェ店長の川口さん。カフェのオープンを機に、東京から移り住んだ

Kaikado Caféがあるのは、京都駅から徒歩10分ほど、四条河原町の繁華街からも車で約10分の場所だ。以前は、繁華街と繁華街の隙間のような雰囲気もあったが、最近では飲食店が新たにできるなど、まちの様子は少しずつ変わってきた。
「オープンした当初は、このあたりにも数件のお店がありましたが、お店がたくさん集まるにぎやかなエリアからはちょっと距離がありました。そこを、みなさんわざわざ来てくださっていた。今ではお店が増えて、点から線になり、面になって、この界隈がもっとにぎやかになってくればいいなと思います。昨日もご近所のカフェの方と、同じような話をしていたんです。みなさんで助け合いながら、お客様が楽しい場所としてこの辺に来てくれるようなまちになっていきたいねって」(川口さん)

そしてこれから楽しみな動きがある。2023年に予定されている京都市立芸術大学の移転だ。「大学が移転してくるのはこの近く。工芸とものづくり、デザイン。そういうのも発信していけるような場所であり、地域になってくれるといいと思います。開化堂は140年続いている老舗。この建物も、私たちがカフェとして使いながら時を重ねて、受け継いでいきたい。10年、20年とここにうまくたたずんでいられたら」と、川口さんは期待を寄せ、将来のカフェの姿に思いを馳せる。

長年閉じていたシャッターが開いて、まちにもたらされた小さな変化。これからもこの場所で時間を紡ぎながら、あらたなまちの姿に寄り添い続けること。それこそがこの建物の、次の役割なのだろう。

2018年 10月21日 11時00分