減りゆく町家と不足している宿泊施設。京都の抱える課題を解決する企業の試み

京都らしい町並み、と言えば落ち着いた雰囲気の京町家を連想する人が多いだろう。京町家は京都が受け継いできた貴重な文化だ。だが、維持や管理の難しさから、空き家になったり、取り壊され、建て替えられたりして、減少しつつある。そしてその一方で、旅行客の増加に伴い、宿泊施設の不足が言われ、次々とホテルやゲストハウスなどが建設されている。これが今の京都の姿だ。こうした状況にあり、京町家をリノベーションし、宿泊施設としている例は少なくないだろう。

2018年、ある京都ゆかりの企業が、異業種から京町家を活用した宿泊事業をスタートさせた。

株式会社ワコール。

創業昭和21年。京都に本社を置き、インナーウェアやスポーツウェアなどを製造・販売する歴史ある世界的企業である。

2018年4月、平安神宮近くに「京の温所 岡崎」を、8月には二条城東エリアに「京の温所 釜座二条」をオープン。そして11月、3軒目となる「京の温所 御幸町夷川」を開業。いずれも、京町家を活用した宿泊事業(旅館業法上の許認可を得た簡易宿所営業)だ。

ただし、ワコールのこの事業は、京都の将来を見据えた思いが込められている。今回は、ワコールが異業種である宿泊事業を手掛ける理由を紹介したい。

2018年11月にオープンした「京の温所 御幸町夷川」。長い時間をかけ、街の景色をつくってきた貴重な京町家をいかした(写真提供:ワコール)2018年11月にオープンした「京の温所 御幸町夷川」。長い時間をかけ、街の景色をつくってきた貴重な京町家をいかした(写真提供:ワコール)

10~15年後にオーナーに返すことで、京都らしい景観が維持される

なぜ、今、ワコールが宿なのか?

それは、減り続ける京町家に対する危機感からだ。だが、ただ町家を活用して宿泊施設としているわけではない。そこには、京都の将来を考えた地元企業ならではの想いがある。ワコールは物件を購入しているのではなく、オーナーから借りてリノベーションしているのだ。

「この物件をはじめ、『京の温所』は10~15年後にはオーナー様にお返しする予定です。こうすることで、町家を後世に残し、京都の街並みを守る一翼を担えたらと考えています」(ワコールの総合企画室 広報・宣伝部の山本圭奈子さん)。一旦ワコールに貸し、リノベーションを施して宿泊施設となるが、将来的に、オーナーやその子どもの世代が、再び町家で暮らすことができる。町家を次の世代に引き継ぐことにつながるのだ。

リノベーションする際、元の町家の良さや引き継げる部分を残しているのも特徴だと言う。

「いずれは、オーナー様にお返しする物件ですから、残せる部分は残しています。例えば釜座二条では、庭に樹齢100年ほどの木があるのですが、オーナー様の希望でその木はそのまま残してあります。また、キッチンを設けておくなど、お返ししたときに住居として住めるようなリノベーションが前提となっています」

上)2018年8月オープンの「京の温所 釜座二条」、下)2018年4月オープンの「京の温所 岡崎」(写真提供:ワコール)上)2018年8月オープンの「京の温所 釜座二条」、下)2018年4月オープンの「京の温所 岡崎」(写真提供:ワコール)

家の持つ個性をできるだけ残して、旅行者の“京都のおうち”に

具体例として、秋にオープンしたばかりの「京の温所 御幸町夷川」を見てみよう。京都御所の南、“御所南”と呼ばれる閑静なエリアにある茶室を備えた数寄屋造りの建物で、しばらく空き家になっていたものを、ワコールがフルリノベーションして、宿として再生した。

御幸町通に面した格子を開けると、小さな庭を隔ててこぢんまりとした建物がたっていた。マリアンネ・フオタリのアートピースが出迎える玄関から中に入れば、左手には、火袋(町家の台所の上にあり、湯気を逃がしたり、光を取り入れたりするための吹き抜け空間)をそのまま生かしたキッチンと掘りごたつのダイニング。右手の茶室だった空間は、“飲む”ということをテーマに、お茶やコーヒー、酒などさまざまな飲み物に関する本が置かれた和室(オモテノマ)となった。和のあたたかみのある空間が、旅人の心をほぐして、我が家のような寛ぎで包んでくれるだろう。また、庭を眺められるモダンなお風呂や、セミダブルのベッドを2台置いてもゆとりある広さのベッドルームが醸し出す、シンプルでモダンな雰囲気は、和の空間に無理なく調和していて、居心地がよい。そして、ふと見上げると、ベッドルームの天井に、古くて太い梁がむき出しになっていて、この建物の歴史を感じさせてくれる。

宿泊者は、京都駅近くにあるワコールの新京都ビルで受付をすれば、「京の温所」は滞在中の家となる。京都に暮らすように、京都を旅することができるのだ。

「柱や梁など、残せるところは残しつつ、床暖房をいれるなど現代の暮らしに寄り添ってリノベーションしました。“京都の自分のおうち”と思っていただけるようにつくっています。キッチン用品もそろっていますので京野菜を買ってきて料理をしたり、和菓子を買ってきて、お茶をいれて食べたり。京都の楽しみ方が広がると思います」(山本さん)

「京の温所 御幸町夷川」。左上)マリアンネ・フオタリのアートピースが飾られた玄関 右上)ゆとりあるベッドルーム 左下)モダンなバスルーム 右下)“飲む”をテーマにした和室(写真提供:ワコール)「京の温所 御幸町夷川」。左上)マリアンネ・フオタリのアートピースが飾られた玄関 右上)ゆとりあるベッドルーム 左下)モダンなバスルーム 右下)“飲む”をテーマにした和室(写真提供:ワコール)

目標は2022年までに50軒。地域コミュニティへの気配りも細やかに

ワコールでは、2019年にはさらに数軒の「京の温所」のオープンが予定されており、2022年度末までに50軒の開業を目標としているという。

「2017年5月に、この事業をさせていただくことを発表しましたところ、『自分の持っている町家を貸したい』と、たくさんのオーナー様からお問い合わせをいただきました。建物の老朽化の度合いや立地条件などによってご相談させていただいています」と山本さん。京都発祥のワコールという信頼度も、オーナーが町家を預ける安心感につながっているだろう。

そして、地域のコミュニティとのつながり方も丁寧だ。事前に近隣住民への説明会を行い、リノベーションが完了したらオープン前に内覧会を開いて、近隣住民に中を見学してもらう機会を設けている。京都のコミュニティに溶け込み、愛されることが、宿泊事業成功のカギなのだ。

町家を残していきたいと願うオーナーと、京都らしい景観を守りたいと願う企業。この両者の危機感がマッチして生み出された新事業が、社会の課題を変える1つの方法を提案してくれている。そして、このことは、宿泊者にとっても、町家の良さを体感し、暮らすように旅をする素晴らしい京都体験を生むことになる。こうして観光都市、文化都市である京都市が、次の時代により良いかたちで受け継がれていくとに、大いに期待したい。

ワコールの取り組みついて教えてくれた、総合企画室 広報・宣伝部の山本圭奈子さんワコールの取り組みついて教えてくれた、総合企画室 広報・宣伝部の山本圭奈子さん

2018年 12月27日 11時05分