空き家になっていた築106年の米店を保存・活用
東京都板橋区仲宿は、江戸時代には板橋宿の中心地だったところ。そんな宿場町の歴史を刻む「板橋宿仲宿商店街」の一角に、風情ある佇まいの古民家がある。2019年12月にオープンしたおむすびカフェ兼交流スペースの「板五米店」だ。多くのメディアに紹介され、話題を呼んでいる。おむすびや和テイストのスイーツを提供するカフェとしての顔とともに、地域住民の交流の場としての機能をもつ。
以前は「板五米店」という米店だった。2階建ての土蔵造りの建物は1914(大正3)年築。関東大震災や第2次世界大戦の戦火をくぐりぬけ、宿場町の町家の面影を残す建物として、板橋区の登録有形文化財になっている。特徴は、建物の左右両側の側面にレンガの壁が配され、洋風の意匠を取り入れていること。このレンガの壁の高さは2階の軒下まであり、火災が起きたときに延焼を防ぐ役割がある袖卯建になっている点も興味深い。さらには、レンガの壁が倒れてしまうのを防止するために引張鉄筋(テンションバー)が数ヶ所に設けられ、その昔の住まいづくりの工夫を知ることができる。
このように歴史的価値の高い建物だが、7年ほど前に米店が閉店してからは、空き店舗の状態だった。地域で長年親しまれてきた米店の建物であるだけに、保存・活用の気運が高まり、始まったのが板五米店再生プロジェクト。仲宿商店街振興組合、板橋区、板橋区商店街連合会第一支部と、地域の事業者で結成されたまちづくり会社「向こう三軒両隣」が連携して取り組んできた。そのプロジェクトをフォローしているのが、向こう三軒両隣の代表、永瀬賢三さんだ。永瀬さんは板橋宿の商店街近くで生まれ育ち、祖父が寿司店を営んでいたことから飲食業の道へ。「向こう三軒両隣」を設立する以前は、地元で「板橋3丁目食堂」というレストランを営む料理人だった。
タワマンの増加、老舗銭湯の廃業・解体……まちの変化を感じた
「板橋宿の商店街は、昔からの個人商店が多い地域です。買い物をしているのも、ほとんど地元の人。顔を合わせれば挨拶をしたり、店主と買物客のなにげない会話が聞こえてくる。朝市や餅つきなど、古くからの行事も続いています。そんなご近所同士のふれあいのあるこのまちが好きで、2010年に地元でレストランを開業しました」(永瀬さん:以下同)
近年は店主の高齢化が進み、後継者がいないといった理由から閉店する店が増え、商店街には空き店舗が目立つように。それに対し、増えたのはビルやタワーマンション。
「マンションが建てばそこに引越してくる人がいるわけで、まちは大勢の人出でにぎわっています。その一方で、餅つきやお祭りの担い手は足りていないという矛盾を感じました。また、まちで顔を合わせたらごく自然に挨拶を交わすといった、このまちらしい風景を目にすることも減ってきたと思うこともありました。でも、昔からの住民は新しい住民を知らなくて、新しい住民は昔からの地域社会に入れずにいるのかも、と考えるようになって……。ならばここに住んでいる長さに関係なく、地域の誰もが気軽に交流できる場があればいいなという気持ちが湧いてきたのです」
そして、永瀬さんのその後を決定づける出来事が起きた。2017年春、地元で107年の歴史をもつ銭湯「花の湯」の廃業だ。幼いころから通っていた思い入れのある銭湯だし、花の湯はまちの景色の一部のような存在。永瀬さんは建物の保存を関係者に働きかけたが、改修費用などの問題を解決できず、解体されてマンションへと建て替えられた。
「そのまちで歳月を刻んできた古い建物は、そのまちにしかない固有の風景です。壊してしまうと、その風景は二度とつくれません。解体してマンションなどにする以外の選択肢はないものなのか……残すための手段やしくみが必要だと思いました」
板橋宿の商店街に点在する古い空き家を活用し、昔からの住民も、新しい住民もつながれるような場が増えれば、より楽しくて居心地のよいまちになると、想いは膨らんだ。が、当時は不動産やリノベーションの知識がなかったという永瀬さん。全国各地のリノベーション事例を訪ね歩き、手がけた人に会って話を聞くといった努力を重ね、手段を模索した。
地元での地域活動にも力が入った。板橋3丁目食堂のある板橋宿不動通り商店街組合の理事になり、交流イベントやワークショップの主催、商店街にコミュニティスペースを開設するなど、精力的に活動した。
どう活用するのか、持続可能な再生事業を目指す

そうしたなか、板五米店の再生プロジェクトに携わるようになった永瀬さん。議論を重ね、長年親しまれてきた板五米店の屋号はそのままに、米をキーワードとして、手軽に食べられるおむすびをメインにするカフェにリノベーションすることに決まった。
「おむすびカフェは、地元の魅力的な店や人、地域の名所や文化を知ってもらうためのきっかけの場所という位置づけです。軒先で餅つきなどの体験イベント、店内では地元の人が主催するワークショップ、さらにはここを起点にまち歩きイベントを開き、住民や板橋へ訪れる人の交流の場になれば、と考えました。地元で知り合いを増やすこともできるでしょうし、地域のために何かやってみたいという人も、ここに来れば情報が手に入る、そんな場所にしたいと構想しました」
問題は、いかにして持続可能な再生事業にするか。重要になってくるのは資金面。自治体からの助成金は、受けられる期間に限りがある。となると、おむすびカフェで収益を上げ、その収益で建物の保全や、まち歩きイベントなど、商店街の活性化事業の運営費用に回していけるようにする必要がある。
「自分のまちの事業なのだから、覚悟を持って取り組まなければ」と永瀬さんは決意した。2018年12月、8年続けてきた板橋3丁目食堂を閉店。板五米店の再生プロジェクトに賭けた。
構想を実行するために、2019年1月、「向こう三軒両隣」を設立。地元の建築士や不動産会社、地域電力会社とタッグを組んで立ち上げた会社だ。同社ではまず、板橋宿不動通り商店街にある空き店舗をリノベし、地域の交流の場としてカフェ兼コワーキングスペース「おとなりスタンド&ワークス」をオープンさせた。
ここで向こう三軒両隣に参画した地域電力会社について、ふれておきたい。現在は向こう三軒両隣と合併し、「めぐるでんき」という事業部になっている。再生可能エネルギー発電事業者から仕入れた電気の販売を展開する事業を行っており、着目したいのは、利用者が支払う電気代の一部を、地域活性化プロジェクトの応援資金として還元するという取組み。応援対象のプロジェクトには子育て中の若い母親の社会復帰支援、マイノリティ支援などがあり、板五米店の再生プロジェクトも含まれている。めぐるでんきのしくみを利用し、建物の補修・保全の費用に充てていく計画で、板五米店再生を持続可能な事業にする助けになっている。
再生プロジェクトに関わる人を増やしたい
さて、板五米店のリノベーションだが、延床面積約160m2という屋内は1階に厨房を新設した以外は、ほとんど変えていない。間取りや窓、建具もほぼ昔のまま。
とはいえ、築100年を超える建物とあって、耐震工事、屋根の補修など、建物の根幹的な部分での改修が必要となり、費用は想定外に膨らんだ。資金は商店街事業の予算のほか、向こう三軒両隣で負担。さらにはクラウドファンディングで寄附を募り、最低目標金額の250万円を上回る371万3,000円が寄せられた。
「寄附の形で板五米店の再生に関わる人を増やし、地域のつながりの輪を広げていければという想いがありました」
また、大掃除や障子の張り替え、店内に置くテーブル・椅子づくりのワークショップなどを開催し、住民に参加の機会をつくった。そうした取組みを通じて、完成前から板五米店は、地域住民に慣れ親しまれる存在になっていった。2019年12月15日のオープニングセレモニーには大勢の地域住民でにぎわった。
コロナ禍の日々、感じている手応え
2020年2月以降、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、計画の見直しを余儀なくされている。ワークショップやまち歩きなど、イベントのほとんどが実施できない状況だが、のり弁などテイクアウトメニューを開発したり、イートインの席数の制限、営業時間の短縮など、そのときどきの情勢に応じてカフェ運営を続けている。
「店内ではこのまちに引越してきたばかりと思しき子育てママさんが赤ちゃんと一緒にくつろいでいたり、地域のお年寄りがお茶を飲みに来店されています。若いママさんとお年寄りの間で会話が生まれている、という光景もよく見られます。なにげない世間話でしょうけれど、この土地にまだ馴染んでいなくて知り合いもいないママさんの気持ちが明るくなるかもしれないし、孤独感から救われることもあると思うんです。お年寄りも社会から孤立しがちといわれていますが、地域の馴染みの店に来てちょっとおしゃべりをするだけでも気持ちがなごむでしょう。こういう風景がもっと、この板五米店や板橋宿のまちにあふれていてほしいです。ご近所のつながりが日常的にあるということは、まちの大切な資産。お金では代えられない価値があります」
コロナ禍が続いているが、せっかくの古民家のスペースだ。オンラインを活用するなど、あせらずゆっくりと、できることを考えていきたいと、永瀬さんは前を向く。コロナが終息し、新生板五米店の空間に大勢の人たちが集う日を楽しみに待ちたい。
★取材協力
板五米店
https://itagokometen.localinfo.jp/
向こう三軒両隣
https://www.mukousangen-ryodonari.com/
2020年 12月25日 11時05分