2015年3月で、全国のいわゆる一般公衆浴場は4,293施設と減り続けている

銭湯の絵といえば富士山を思い浮かべる人も多いはず。大正元年に東京の「キカイ湯」のペンキ絵が発祥のようだ。縁起が良い、ということで都内で広まったのだとか銭湯の絵といえば富士山を思い浮かべる人も多いはず。大正元年に東京の「キカイ湯」のペンキ絵が発祥のようだ。縁起が良い、ということで都内で広まったのだとか

11月26日は、日本浴用剤工業会が定めた1126=イイフロ(いい風呂)の日らしい。

現在では、家にある内風呂が一般的である。各家庭で内風呂が一般化したのは昭和30年代後半から40年代にかけての高度成長期の頃。昨今、大型のスーパー銭湯などは観光客にも人気となっているが、昔ながらの地域の生活に根ざした銭湯は姿を消しつつあるようだ。東京都内でも銭湯は1968年(昭和43年)には2,687軒の銭湯が営業していたが、2016年12月末で602軒が営業しているのみだという(※東京都庁総合ホームページ「東京くらしWeb」より)。一部を紹介すると1968年では銀座に8軒あった銭湯は、今では1丁目の「銀座湯」と、8丁目の「金春湯」のみが営業をしているという現状だ。

銭湯は地域の人々のコミュニケーションの場でもあり、まちの人通りの多い場所にある場合も多かった。ひときわ目立つ宮大工の建てたような建築様式の共同浴場も多く、全国各地に見ることができる。

銭湯にお風呂に入りに行くことが一般的ではなくなった今、銭湯が無くなっていくことは止められないであろう。が、かつてのコミュニケーションの場や匠の技が活きている建物を惜しんで別の用途で活用するリノベーションを施したり、また地域交流の拠点として利活用したり、銭湯に付加価値をつけて活用する例が各地でみられる。
LIFULL HOME'S PRESSで今まで取り上げた「銭湯の活用と活性化」についてまとめてみた。

2017年 11月22日 11時05分