コロナ禍を契機にテレワークが広がり、働く場所と住む場所を切り離して考えやすくなったことで、都市部を離れて地方で暮らすという選択肢は以前より身近になった。自治体でも移住相談窓口の設置や移住支援制度、空き家バンクの運営など、移住者を呼び込むための取り組みが進められている。

筆者も不動産会社を経営するなかで、地方移住を前提とした住まい探しの相談を受けることがある。実際、都市部で長く働いてきた方から「これからは田舎で静かに暮らしたい」と相談を受けたことがあった。当初は、自然に囲まれた環境や広い住まい、都市部より抑えられる住宅費などに魅力を感じていた。

しかし、希望する物件を一緒に探し、移住後の生活まで具体的に話していくと、当初思い描いていた“理想の田舎暮らし”と、実際に暮らしていくために必要な条件との間に、少しずつズレが見えてきた。

地方移住には、都市部では得にくい豊かな暮らしを実現できる可能性がある。一方で、旅行や短期滞在では見えにくい現実もある。本記事では、実際の移住相談で感じたギャップを手がかりに、住まい、仕事、生活環境、地域との関わりなどから、地方移住の現在地を考えてみたい。

【LIFULL HOME'S】空き家バンクで住まいを探す

コロナ禍を経て「地方に住む」は特別な選択ではなくなった

地方移住への関心は、コロナ禍が落ち着いた現在も一定の広がりを見せている。ふるさと回帰支援センター・東京によると、2025年の移住相談件数は7万3,003件で、2024年の6万1,720件から18.3%増加し、5年連続で過去最多を更新した。こうした相談件数の増加からも、地方移住への関心が引き続き高いことがうかがえる。

出典:公益社団法人 ふるさと回帰・移住交流推進機構|【2025年】移住希望地ランキング公開

その背景の一つには、働き方の変化がある。国土交通省の2025年度調査では、直近1年間にテレワークを実施した雇用型就業者の全国割合は16.8%であった。コロナ禍後は減少が続いていたものの、2025年度は増加に転じており、テレワークは一時的な働き方ではなく、選択肢の一つとして定着しつつある。

出典:国土交通省|2025年度テレワーク人口実態調査-調査結果-出典:国土交通省|2025年度テレワーク人口実態調査-調査結果-

国も地方への人の流れを後押ししており、東京23区の在住者や東京圏から23区へ通勤する人が一定の要件を満たして地方へ移住した場合、自治体による移住支援金の対象となる制度が設けられている。

出典:内閣府 地方創生推進事務局|移住支援金

ただし、移住相談が増えているからといって、移住後の生活がすべて順調にいくわけではない。実際に住まい探しの相談を受けていると、移住を具体的に考え始めてから、交通や買い物、仕事、住宅の維持管理など、都市部で暮らしていたときには意識していなかった問題に気付く人もいる。

地方移住が身近になった今、移住先を決めるまでだけでなく、その後の暮らしまで考えておく必要がある。

「田舎で静かに暮らしたい」実際の相談から見えた移住者の理想

冒頭で触れた相談者は、都市部で長く仕事中心の生活を送ってきた方である。筆者が、希望する住まいについて詳しく聞いていくと、次のような条件が挙がった。

・隣家と距離がある
・自然に囲まれている
・広い家と庭がある
・農作業ができる

さらに、「電気や水道が整っていなくても構わないので、とにかく人の少ない場所で暮らしたい」というほど、都市部とは大きく異なる環境を求めていた。

ところが、実際に物件を探しながら移住後の暮らしについて話を進めていくと、スーパーや病院までの距離、日常の移動手段、さらに将来働き方が変わった場合の生活など、当初はそれほど意識していなかった条件も次第に気になるようになった。価格を抑えて築年数の古い住宅を購入するのであれば、入居後に必要となる修繕費も考えておかなければならない。

この相談を通じて改めて感じたのは、希望する条件に合った物件を見つけるだけでは移住後の暮らしまで判断できないということだ。住みたい家の条件だけでなく、移住後にどのような生活になるのかまで具体的に考えると、物件選びで確認すべき条件も変わってくる

地方の住まいは購入価格だけで判断できない

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地方移住の魅力として挙げられることが多いのが、住まいにかかる費用である。地域によって差はあるものの、都市部と比べて手頃な価格で中古一戸建てを購入できたり、広い土地や庭のある住宅が見つかったりすることもある。空き家バンクを見て、数百万円という価格に魅力を感じる人もいるだろう。

しかし、不動産の実務に携わっていると、購入価格だけで“安い”と判断することには注意が必要だと感じる。特に築年数の古い住宅では、屋根や外壁、水回りの修繕に加え、断熱性能を高めるための改修が必要になる場合がある。長期間使われていなかった空き家であれば、購入後に建物の不具合が見つかることも考えられる。

また、広い庭や土地は魅力である一方、草刈りや庭木の剪定、敷地の管理などを継続しなければならない。専門の会社へ依頼すれば、その費用も毎年の負担となる。

300万円の住宅であっても、1,000万円の住宅であっても、見るべきなのは売買価格だけではない。購入後に必要となる改修や維持管理まで含めた“住み続けるための総額”で比較することが、地方の住まい選びでは重要である。

車・医療・仕事|物件情報には載らない「生活インフラ」の壁

地方で暮らすうえでは、住宅そのものだけでなく、その周辺にどのような生活インフラがあるのかも重要である。

例えば公共交通が限られる地域では、通勤や買い物、通院に車が欠かせず、夫婦それぞれに1台ずつ必要になることもある。現在は問題なく運転できても、高齢になって運転を続けられなくなったときの生活まで考えておく必要がある。

医療についても、近くにクリニックがあるから安心とは限らない。必要な診療科があるのか、入院や救急医療が必要になった場合にどこまで移動するのかによって、安心感は変わってくる。

仕事も同様だ。テレワークが可能だから移住できたとしても、勤務先の制度変更や転職、退職によって働き方が変われば、現在の場所に住み続けることが難しくなる可能性もある。

旅行や下見であれば“スーパーまで車で30分”も大きな負担に感じないかもしれない。しかし、それが毎日の買い物や通勤、通院、子どもの送迎となれば話は変わる。移住前には脇役に見えていた生活インフラが、住み始めてから暮らしやすさを左右するのである。

“静かな田舎暮らし”で見落とされやすい地域コミュニティ

地方移住を検討する際、住宅の価格や仕事、交通の利便性は比較しやすい。一方、物件情報からは見えにくいのが、地域コミュニティとの関わりである。

地域によっては、自治会への加入や地域行事への参加だけでなく、ゴミ集積所の管理、道路や水路の清掃、草刈りなどを住民が協力して行っていることもある。都市部では行政や管理会社が担っていたことを、地域住民が支えているケースもあり、移住して初めてその仕組みを知ることも考えられる。また、近隣住民との日常的な付き合いなど、人との距離感も地域によって異なる。

ただし、こうした特徴を“地方は人間関係が大変”と一括りにするのは適切ではない。住民同士のつながりが、災害時の助け合いや高齢になったときの見守りにつながるなど、地域コミュニティが暮らしの安心を支えている面もあるからだ。

問題はコミュニティの存在そのものではなく“移住者が想像していた人との距離感”と“地域側が求める関わり方”に違いがあることではないだろうか。物件を選ぶ際には、住宅の条件や周辺環境だけでなく、自治会の活動や地域行事、住民同士の付き合い方についても事前に確認しておきたい。

実際に地域を訪れ、住民の話を聞くことで、不動産広告だけではわからない暮らしの一面が見えてくることもある。

自治体の「移住者を増やしたい」と移住者の「暮らし続けたい」は同じなのか

 熊本市中心部 熊本市中心部

人口減少が進む地域にとって、新たな住民を呼び込むことは重要な課題である。国は東京圏から地方への移住や地域での起業・就業を支援しており、自治体でも住宅取得や空き家改修への補助、お試し移住など、さまざまな施策が展開されている。

熊本県の移住定住ポータルサイト「KUMAMOTO LIFE」を見ても、住まいや仕事、子育て、お試し住宅など、市町村ごとに多様な支援策が用意されている。たとえば菊池市では、移住希望者が実際に地域で生活できる「きくち暮らしお試し住宅」を運用している。

出典:KUMAMOTO LIFE|菊池市の支援出典:KUMAMOTO LIFE|菊池市の支援

こうした“移住するまで”の支援が重要であることは間違いない。一方、今後さらに目を向けたいのが“移住した後”である。国の移住支援金制度でも、申請後5年以上の居住意思が要件とされており、5年以内に移住先から転出した場合には、居住期間や事情に応じて支援金の返還を求められることがある。こうした制度があるからこそ、移住者がその地域で長く暮らせる環境を整えることも欠かせない。
仕事や住まい、医療、子育て、地域との関係は、移住した瞬間に解決するものではない。移住者を増やす“入口”の施策とともに、移住後の相談や地域との橋渡しまで含めた“定着”を支える仕組みを考えることが、これからの移住政策ではより重要になると考える。

地方移住で必要なのは“理想の家探し”より“生活の予行演習”ではないか

地方移住そのものが問題なのではない。自然に近い環境や広い住まい、子育てのしやすさ、仕事と生活のバランスなど、移住によって都市部では得にくかった豊かさを実現できる人もいるだろう。

ただ、不動産会社として移住相談に向き合っていると、移住希望者には物件を見る前に“そこでの生活”を見てほしいと感じる。可能であれば、平日と休日、朝と夜など時間帯を変えて地域を訪れ、スーパーや病院まで実際に車で移動してみる。地域の人に暮らしについて聞いたり、自治体のお試し移住を利用したりするのも一つの方法である。気候の違いが大きい地域なら、夏や冬の環境も確認しておきたい。

いきなり住宅を購入するのではなく、賃貸住宅などで一定期間暮らしてから判断する選択肢もある。住宅を買ってから地域に自分の生活を合わせるのではなく、その地域で無理なく暮らし続けられるかを確かめてから住まいを選ぶという順番である。

地方移住が身近な選択肢となった今、問われるのは移住者を何人呼び込めるかだけではない。移住する側、受け入れる地域や自治体、そして住まいを紹介する不動産会社が、“暮らし続けられるか”という視点を共有することが、地方移住を一時的なブームで終わらせないために重要ではないだろうか。