仕事や家庭など日々の生活の合間に、小さな土地で好きな農作物を育てることができる「市民農園(貸し農園)」。この30年間で市民農園の数は1,339件(1994年度)から4,273件(2024年度)へと、約3倍に増加している。長期間に渡る堅調な人気の理由とともに、市民農園が地域社会で果たす役割を探ってみた。
企業やNPOの参入が増加。全国の都市部で進化する市民農園
市民農園の増加の背景には、1989年に制定された特定農地貸付法や1990年に制定された市民農園整備促進法によって小区画の農地が市民に貸し出しやすくなったことがまず挙げられる。
また、コロナ禍を機に、近距離の屋外で過ごす時間や自然とのふれあいが見直されたことなども要因として考えられる。加えて、都市部ならではのライフスタイルの変化も影響を及ぼしているようだ。マンションや庭のない一戸建ての増加が、「自分で野菜を育てたい」「子どもに食育体験をさせたい」「休日に緑に触れてリフレッシュしたい」といったニーズの高まりに波及している。
様々な需要を背景に、市民農園のスタイルも大きく変化している。不動産会社やデベロッパーが積極的に市民農園事業に取り組み、今や企業やNPOが関連する市民農園は全体の約10%を占めるほどだ。
企業が参画することによって「農地の貸し出し」という枠を超えた市民農園がどのようなスタイルに変化し、多面化した価値を生み出しているのか、実際の例をみていこう。
ニーズに合わせて多様化する市民農園
市民農園の規模や形式、役割は様々なスタイルに進化している。ここでは、4つのケースに分けて紹介していく。
ケース1: 大手デベロッパーによるマンションオーナー向けの特典としての市民農園
近年、首都圏を中心に人気を集めているのが大手デベロッパーによる「マンション付加価値型」の市民農園だ。東急不動産や野村不動産、東京建物など大手企業では、自社物件の入居者やオーナー向けサービスの一環として市民農園を展開している。
これらは単なる「家庭菜園スペース」ではなく、運営側が農具や苗、肥料などを用意し、初心者が気軽に参加できるようサポート体制を整えているケースが多い。農業従事者に協力を得た栽培講習会や収穫体験、ワークショップなども開催され、住民同士の交流を促すコミュニティ形成の場としての役割も果たしている。
「子どもに食育体験をさせたい」「自然に触れる時間を持ちたい」といった住民側のニーズも高く、共有施設としての農園はマンションの差別化要素にもなっている。
また、こうした取り組みは入居者サービスに留まらない。例えば東京建物では、自社管理ビルから発生した食品廃棄物を堆肥化し、農園の肥料として活用する循環型の取り組みを実施。都市の中で資源を循環させる持続可能な仕組みづくりにも挑戦している。
幅広い事業を展開するデベロッパーにとって快適な居住空間にプラスして体験やコミュニティを提供することが、今後のマンション開発に新しい価値を生み出している。
ケース2: 地場の不動産会社が運営。ニッチなニーズに応える市民農園
市民農園の広がりに一役買っているのは大手デベロッパーだけではない。全国の都市部では地域に根差した地場の不動産会社が市民農園を運営するケースも増えている。
こうした農園は北海道から九州まで全国の幅広い地域で見られ、その多くが住宅地や市街地周辺の空き地、遊休地を整備して活用している。
数十区画程度の比較的コンパクトな規模で運営されることが多い背景には、人口減少や土地利用の変化に伴う空き地の増加がある。
市民農園は土地を遊休化させることなく有効活用できる手段のひとつであり、駐車場経営と比較して、初期投資を抑えられるケースも多い。不動産会社や土地のオーナーにとって、将来的な土地活用の選択肢を残しながら運営できる点も魅力的だ。
また、地場企業が運営する市民農園は、それぞれの地域の特性や利用者のニッチなニーズを反映した独自色の強いサービスが多い。長期間に渡って継続利用できる賃貸型農園や、農薬や化学肥料を使わない有機・無農薬栽培に特化した農園など、利用者に寄り添う細やかなサービスは地場企業ならではの強みである。
ケース3: 集合住宅や住宅と一体化。暮らしの延長線にある市民農園
農園を住宅や集合住宅と一体的に整備するケースも増えている。敷地内や隣接地に農園を設けた物件は、単なる住まいではなく「農のある暮らし」をより身近に実現できる。代表的な事例として挙げられるのは、農園付きのコーポラティブハウスや、敷地内の共用部に農園を備えた集合住宅だ。
実例を挙げると、横浜市泉区にある「さくらガーデン」は、農園のあるコーポラティブハウス。「農ある暮らしを楽しむ」というライフスタイルを掲げる「さくらガーデン」には農園を中心に賃貸4戸・分譲4戸の計8世帯の住宅が建ち並ぶ。
埼玉県草加市にある「ハラッパ団地・草加」は、1971年に建築された社員寮に大規模リノベーションを施した全55世帯の賃貸住宅だ。1,800坪の敷地内の一角に設けられた農園では、月1回「ハタケ部」と称したイベントが開催されている。
住民は敷地内や自宅から徒歩数分圏内で気軽に農作業を楽しめるため、日常生活の中で無理せず自然と触れ合える。種まきした野菜が日々成長する過程を目の当たりにできる「暮らしの延長線上に農園がある」点が大きな特徴だ。
このような物件では野菜を育てる楽しみだけではなく、住民同士の交流も無理なく生まれやすい。日々、畑の世話をするタイミングで顔を合わせる機会が増え、子育て世帯にとっては、子どもが土に触れながら食育を体験できる場所としても評価されている。また、高齢者にとっては日常的な軽作業は健康維持や生きがいづくりに繋がり、孤立防止にも役立つ。
世代を超えた交流が生まれることで、従来の集合住宅にはないコミュニティ価値を生み出している。
【LIFULL HOME'S】ハラッパ団地・草加の賃貸情報
ケース4: 入居者や地域の人々のコミュニティを熟成する農園
さらに近年では地域の繋がりが育まれ、コミュニティが熟成される場所として、明確に市民農園を位置づける動きも広がりを見せている。
都市部では近隣住民同士が顔を合わせる機会が減少し、地域との接点を持ちにくいという課題が指摘されるなか、市民農園は世代や職業を超えた交流が生まれやすい。
農作業は一人でも取り組める一方で、栽培方法の相談や収穫物の共有、イベントの参加を通じて新たな対話が生じる。さらには、運営者がワークショップやマルシェを開催することで、農園の利用者だけではなく地域住民も巻き込みながら交流の輪が活性化するケースも少なくない。
こうしたコミュニティ型の市民農園では、農園そのものが広く地域の交流拠点として機能する。
住民同士の関係づくりや地域の愛着醸成にも寄与することから、不動産会社としても地域振興の一環として取り組む意義が高まっている。
次の章からは、コミュニティ型の市民農園の運営に取り組んでいる不動産会社の事例を詳しく紹介していく。
舞台は千葉県松戸市。空き物件の再生に特化してきたomusubi不動産のまちづくりへの取り組み
コミュニティ型市民農園の代表的な事例のひとつが、千葉県松戸市を中心に地域に根ざした事業展開をするomusubi不動産だ。コミュニティ形成の場として田んぼを活用している同社の取り組みを紹介していこう。
不動産会社設立の2年前から田んぼ運営をスタート
農園を物件の付帯サービスではなく、「地域コミュニティを育てる場」として田んぼの活動を続けているのが千葉県松戸市を拠点に不動産事業を展開するomusubi不動産だ。同社は、2014年の創業時から「おこめをつくる不動産屋」として、顧客や地域の人々との米作りを継続してきた。その背景には同社代表である殿塚建吾氏の原体験がある。
「私の父方の親族は東京で不動産業を営み、母方の親族は千葉の田舎の農家でした。学歴や経済的な成功を重視する父方の親族の価値観と、農作物を作ってカブトムシを探したり庭で花火をしたり、家族や地域の人々との時間を共有する母方の親族の暮らしがあって。私には母方の親族のライフスタイルの方が合っていると感じていました」
2つの異なる価値観の中で育った殿塚氏は、大学卒業後は不動産会社に勤務する。
「ファーストキャリアで不動産のスキルを持ったので、独立する時にそれを使いながら農家のようなライフスタイルが実現できたらいいなと考えるようになったのです」(殿塚氏)
15人からスタートした米作りが100人超の一大イベントへ成長
田んぼを借りて米作りをする活動は、omusubi不動産の創業よりも2年早い2012年にスタート。殿塚氏は松戸市の街づくりの会社に在職中に周辺の仲間や顧客に声をかけ、最初は15人程度から始まった。
「田んぼって一人ではできないんです。昔から自分の田んぼを手伝ってもらう代わりに、他人の田んぼも手伝う。農機具や農薬も高く、維持管理も大変。一人では大変すぎるので、みんなでやろうという形になりました」
周囲への声掛けやSNSなどを通じて仲間を募りながら活動を続けた結果、現在では0歳の乳幼児を連れたファミリーから70代まで、幅広い世代100人以上が参加する一大イベントへと成長した。
5月上旬の田植えに始まり、草取りや収穫、脱穀まで年間を通じて作業を行い、収穫した米は参加者や地域の飲食店へ分配する。興味深いのは、殿塚氏がこの活動を直接的な収益を目的としていない点だ。
「万が一、会社はやめても田んぼはやめないと思っています」殿塚氏は笑いながらそう話す。実際、同社において田んぼは収益事業として成り立っているわけではない。土地の賃借料や水道代、道具代、地域の農家への協力費用なども発生する。それでも活動を続けている理由は、殿塚氏が子どもの頃から農家の人の働きぶりを見ていたことに起因する。
「どう考えたって第一次産業の人たちがいないと生きていけないのに、第一次産業ではお金を稼げない。不動産の売買取引をしている人たちの方がお金を稼げることが、小さい頃から不思議だったんです。もっと第一次産業にお金が流れたらいいと思っていました」
企業が農業に新規参入するには高い障壁があると殿塚氏は語る。農機具や土地などコストがかかるため、まとまった投資が必要となる。大規模で運営しなければ採算が取れないという。 「omusubi不動産もすぐには農業を拡大していくつもりはありません。不動産事業を強化して収入を増やした後に、自社で取れたお米のおむすび屋さんの経営や、農業と福祉と繋げる事業展開などができるといいですね」と、今後の展望を語った。
田んぼで異業種交流も。米作りが組織内外のコミュニケーションを円滑にする
「田んぼに来ると、みんな肩書を外してフラットになれる。会社員も経営者も学生も子どもたちもみんなが一緒に豊作を願う。同じ目的を持つことで自然と会話も弾みます」
田んぼでは新たな繋がりも生まれる。実際に田んぼに来た人が松戸へ移住したり、草取りをしながら異業種間の交流に発展した事例もあるという。また、田んぼの参加者が地方に移住して農業に関わるケースも少なくないという。
「omusibi不動産の田んぼの参加者が人生の転機を迎えて地方に引っ越して、そこで田んぼを始めたり、農業を手伝っているっていう話を聞くのはうれしいですね。うちでの田んぼの体験があることで、農業を何となくやれるんじゃないかなと思えるようです」
他にも田んぼは、社員や関係者が一同に会する場所としても機能する。普段は異なる現場で働くスタッフ同士が同じ作業で汗を流すことが、組織内のコミュニケーションにも良い影響を及ぼすという。
これからの不動産は単体の“物件力”だけでは選ばれない時代へ
「不動産が物件単体の価値だけで勝負するのは、これからますます難しくなってくる」と、殿塚氏は語る。
実感として人口減少が進む中、駅距離や利便性だけでは選ばれにくくなっているというのだ。だからこそ、地域ならではの“個性”や“コミュニティ”が重要になるという。
実際にomusubi不動産では本拠地である松戸市内でDIYワークショップやアートイベントなども開催している。アーティストやクリエイターが集まる環境づくりにも力を入れており、田んぼもそのひとつのテーマとして位置づけられている。
「コミュニティがあって、その中に農業やアート、DIYといったテーマがあるイメージです。それぞれ興味の入口は異なりますが、地域との接点が増えることで街への愛着も生まれてくると思います」
殿塚氏は街づくりそのものを田んぼになぞらえる。
「入居者さんが苗で、物件が土壌、そこに水となるお金の流れを巡らせながら、人と街が育つ。そのような環境を作るのが私たちの役割です」
高度経済成長期以来のやり方で、建物を作って人を集めてきた時代は終わりつつある。これからは人やコミュニティありきで、その人たちに合った空間や不動産が造られていく時代になると殿塚氏は考えている。
目先の採算にとらわれない。地域に根付かせた市民農園が「コミュニティ資産」へ成長する
かつて市民農園は、遊休農地の有効活用や家庭菜園の場としての役割を果たしていた。しかし近年、首都圏を中心に増えている企業やNPOが関わる市民農園は、「農地を貸す場所」から「体験や交流を生み出す場所」へと大きく変化している。取材前は、企業が市民農園に取り組む背景には「エリアの価値向上」や「物件の付加価値づくり」といった狙いがあるのではないかと考えた。実際に農園で生まれる繋がりは地域への愛着や居住を継続する意向となり、結果としてエリア価値に良い影響を及ぼす事例もある。しかし、実際の「市民農園」という市場は直接的な数字として利益が表れにくく、一般的な市場区分として確立されているわけではない。そのため新規参入のハードルも高い。
それでも企業が市民農園を運営するのは、omusubi不動産のように人々の暮らしに“農”の必要性と価値を感じるため、継続しているという事例が多いようだ。
都市部でさえも人口減少や空き家の増加が目立つ中、不動産単体の魅力だけで選ばれる時代ではなくなってきている。採算性だけでは測れない価値を見出して“農”と関わり続ける市民農園は、コミュニティを成長と熟成させる実践のひとつに成り得るのではないだろうか。













