富山県黒部市にある旧社宅跡地の開発

黒部漁港からのぞむ立山連峰。黒部市は山と海と川と自然が豊かなまちである黒部漁港からのぞむ立山連峰。黒部市は山と海と川と自然が豊かなまちである

富山県で黒部……といえば、「黒部ダム」を思い浮かべる人も多いだろう。高さは186m、ダムとしては日本一の高さを誇っており、世界でもまれにみる大規模なダムである。過酷な自然と闘いながらのダムの建設の裏には、多くの人の血と汗があり、そのため、映画などでもその奮闘が映像化された。黒部ダム自体は、黒部市ではなく富山県東部の中新川郡立山町にある。

立山連峰と黒部川……ダムの建設でもわかる通り、豊富な水と豊かな自然の中、富山県黒部市を生産の拠点とする世界的な企業、YKK株式会社がある。その子会社でAP(建材)事業を担うYKK AP株式会社は1957(昭和32)年(当時の社名は吉田商事)に誕生。富山県黒部市においてアルミ溶解と押出しの製造ラインを開始したのが1961(昭和36)年だという。黒部ダムの完成が1963(昭和38)年というから、まさにYKK APのアルミ製造開始と同時期だといえる。

グループとして住宅のアルミ建材やファスナー等で高い技術力を誇るYKK・YKK APであるが、その企業が黒部市にある36,100m2の敷地の旧社宅跡地を「パッシブタウン」として、開発を進めている。全体計画では複数の街区にわたる開発を予定しており、第1期・第2期・第3期の開発は終了し、3期街区あわせての総戸数は117戸、既に入居も開始している。

何故、YKKがパッシブタウンを開発しているのか。そして、それは何故黒部の地であるのか。
YKKが考える先進の住まいのカタチと、企業と地域の関係を現地に伺って取材してきた。

パッシブタウンに通じる製品製造への想いと企業理念

そもそも何故、黒部市でYKK APがアルミ製造を始めたのだろうか?YKKの創業者の吉田忠雄が富山県下新川郡(現在の魚津市住吉)の出身であり、故郷への想いと土地勘があったということもあっただろうが、何よりもアルミの製造には「水」を必要とするからであるという。

黒部市は、黒部川の扇状地で地下を流れた美しい水が地上に湧き出す場所がある。黒部市の生地(いくじ)地区では、住宅街のあちこちに「生地の共同洗い場」があり、地域の人は湧水を「しょうず」と呼んでいる。それぞれ水質・味わいが違うといい、共同洗い場の名称も多くの由来があり、まちでは名水めぐりのようなマップも作成されている。その豊富で美しい水を使って、アルミ製造を行っているのだ。取材視察の際に黒部製造所でアルミ建材の製造ラインも見学させていただいたが、アルミの溶解・押出・加工、その後の表面処理工程などで水が使われていた。

取材の際に案内をいただいたYKK APリノベーション本部本部長の永木さんによると
「弊社の製品はご覧のように製造に水を必要としています。工業製品ではありますが、実は豊かな自然環境とその恩恵が不可欠なのです。なので、弊社では早くから"環境・エネルギー"との共存を考える素地がありました」という。

YKKグループでは、グローバルに生産活動を行う上で、貴重な淡水資源を守るための保全活動も進めている。製造工程における水使用量の削減や循環利用はもちろん、地域の特性に合わせた雨水の利用や地下水保全などを行っているという。

また、同社の製品には窓や玄関ドアやエクステリアを含む数多くの住宅用商品がある。ユーザー視点に立った商品づくりを通じて住まいの環境や省エネルギー、ZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス)の在り方に向かい合う立場にいる。

もうひとつ、そこには企業の理念が関係している。YKK不動産株式会社取締役の俣野さんは、
「YKK精神というものがあり、それは創業者の吉田(忠雄)の企業理念であった“他人の利益を図らずして自らの繁栄はない”という『善の巡環』の精神です。ここ、黒部から世界に知られる企業までなったのには、地域の方々の理解や協力・支援と製造に欠かせない黒部の自然環境の恩恵があったからです。ここ、黒部の地で持続可能で自然環境と共生する住まいづくりを…というのはそういった背景もあります」と、話してくれた。

パッシブタウン第1期街区

持続可能な社会にふさわしいまちと住まいを提案することを目的として、黒部市にある旧社宅跡地にパッシブタウンの開発は始まった。複数の街区に分けての開発は、2025年までに約250戸を完成させる計画であり、それぞれ設計者を変えて、様々なアプローチを具現化する。2017年6月現在、第3期街区までが開発を終えている。その概要をお伝えしよう。

2016年3月に竣工した第1期街区は住居棟とともに商業棟も造られた。
設計者は同プロジェクトのマスタープランナーでもある小玉祐一郎氏、ランドスケープの設計は宮城俊作氏である。「地域の気候風土の特徴を生かす設計により、大幅な省エネルギーを達成すると同時に、親自然的な心地よさを楽しむ生活を実現する」というコンセプト通り、水・風・緑の恩恵を活かした住棟構成となっている。太陽熱とバイオマス熱を利用して給湯を行い、居室内の暖房にも利用、また地下水を利用して居室内の涼房としている。一般的な北陸地区の集合住宅に比べて、消費エネルギー60%削減を目標としているという。
また、住棟デザインは南向きの棚田状に設計され、日射条件の良くない冬場でもどの住戸も太陽の光を平等に受けることができる。また広いテラス、木戸、風広場などアウトドアリビングもある。ランドスケープデザインは、ストリートモールから緑豊かな中庭へ動線がとりやすく、様々な人が憩えるようなまちに開かれた設計となっているほか、住戸棟同様ハイエネルギー消費量の低減とローエネルギーの活用を実現しているという。
まさに「パッシブタウン」の名にふさわしい、数々の技術とデザインが採用されているモデルだ。

写真上:第1期街区の全景。</br>写真下:住戸棟とともに地域に開く商業棟も建てられた写真上:第1期街区の全景。
写真下:住戸棟とともに地域に開く商業棟も建てられた

パッシブタウン第2期街区

第2期街区の住戸棟。断熱・気密・窓・熱橋部対策などの建築性能の強化、及び日照や風など自然ポテンシャルを活用している第2期街区の住戸棟。断熱・気密・窓・熱橋部対策などの建築性能の強化、及び日照や風など自然ポテンシャルを活用している

2016年11月に竣工した第2期街区は、「代官山ヒルサイドテラス」などを手掛けた日本におけるモダニズム建築を代表する建築家である槇文彦氏の設計で建てられた。

「パッシブデザインの建築とランドスケープによる省エネルギーのハウジング」という計画方針に基づいて、全ての部屋が外部に開かれた窓を持つ独立住戸のような住まいで、自然のポテンシャルを積極的に活用するデザインが施されている。窓から見える雑木林に囲まれたコモンスペースは、季節を感じさせ、入居者同士が健やかにコミュニケーションができるようにと配慮されている。
機能面では、断熱・気密・窓などの建築性能の強化と最小限の設備エネルギーで、快適な住まい環境の実現を目指している。小エネルギー化として冷暖房負荷は「建築性能の強化+熱交換換気と通風」、給湯熱負荷は「太陽熱活用」による組み合わせ、外断熱システムと跳出しスラブの熱橋対策も施されている。

第1期街区とは、また違ったパッシブデザインへのアプローチが具現化されている。

パッシブタウン第3期街区

さらに第3期街区は、既存躯体を活用したリノベーションモデルである。2017年3月にJ棟、6月にK棟が改修が終了した。設計者は、ドイツ、アイルランドで数多くの省エネ建築デザイン・プロジェクトに携わり、現在パッシブハウスジャパンの代表理事を務める森みわ氏。

第3期街区の特長としては、まずは先にも述べた「既存建物のリノベーション」。
日本中で建物のストック活用が重要性を増す中、既存RC造における外皮性能の向上(断熱気密化)と耐震性能担保を実現している。外部空間は、構造的安全性を保ちながら住戸バルコニーを実現し、新たに共用部であるエレベーターをつくりだした。性能としては、今回リノベーションした2棟それぞれで異なる国際的エネルギー建築評価規格を申請。ちなみにJ棟は、独パッシブハウス認定を取得した。K棟は米LEED for Homes認証の取得を目指している。

YKKは東日本大震災をきっかけに、エネルギー問題への取り組みをさらに積極的に進めてきたという。パッシブタウンは、2025年までに約250戸を整備する予定だ。

「窓」も取り扱うYKKグループが「パッシブタウン」を通じて、ローエネルギーの先進のまちと住まい・暮らし方をけん引し、黒部がドイツのヴォーバン住宅地のように世界的に認められる地域として成長させ続けていくことが期待される。

「YKKと黒部の関係が、より豊かな日本の住宅のモデルを生み出した」という歴史を新たに後世に刻んでほしい、と願う。

参考URL:
パッシブタウン https://www.passivetown.jp
取材協力:
YKKグループ http://www.ykk.co.jp

第3期街区は元の社宅建物をリノベーション。既存の躯体を活かしながら、国際レベルのパッシブ基準をクリアしているという第3期街区は元の社宅建物をリノベーション。既存の躯体を活かしながら、国際レベルのパッシブ基準をクリアしているという

2017年 08月20日 11時00分