アート、ライフスタイル、そしてボーダレスがキーワード

西武池袋線の中村橋駅から商店街を通り抜けて徒歩約8分、落ち着いた佇まいの住宅街の一角に「Neo House Tokyo(ネオハウストウキョウ)」がある。白い外観の築50年の空き家をリノベーションして、イベントスペースを融合させた、これまでにない新しいスタイルのシェアハウスだ。

ここでは「アート&ボーダレス」そして「ライフスタイル&ボーダレス」をコンセプトに掲げている。
アーティストを主な対象としつつも、国籍、宗教、文化、セクシャリティ(LGBTQ)問わずに関わり合い、生活を営んでいくことが可能な場を目指しているそうだ。
1階のリビングは、ときに展示スペースやセミナールームに早変わりし、個展やイベントなどに使えるようになっている。実際にアーティストたちの声を反映してデザイン設計されたという。ギャラリー探しや広報活動が難しい外国人アーティストにとっては、2階に住みながらにして日本での展示活動などが行えるメリットがある。
また、シェアハウスでイベントを行うことにより、外部のゲストや地域住民を招いた文化交流ができ、外国人の居住者が地元の人たちとの深いつながりを感じられる、今までにない滞在スタイルとなりそうだ。

空き家だった白い外観の住宅をリノベーションして、リビング側にイベント参加者用の入り口をつくり、もともとの玄関は2階のシェアハウスの住人専用とした空き家だった白い外観の住宅をリノベーションして、リビング側にイベント参加者用の入り口をつくり、もともとの玄関は2階のシェアハウスの住人専用とした

かつての仲間が集まり、新しいシェアハウスづくりにチャレンジ

ネオハウストウキョウのプロデューサーである、株式会社Gigo Lab代表・石上明日香さんによれば、このプロジェクトが始まったのは、5年前にさかのぼるという。

主要メンバーの3人は、もともと同じ大手不動産関連会社で働いていた。石上さんとゲストコミュニケーション担当の村上亜由美さんは新卒で入社し、設計担当の株式会社ネオクリエーション代表の清水恒夫さんは外部スタッフとして関わるベテランの設計士だった。
石上さんは、同社を退職してフランスへ渡りアート関係の仕事を、村上さんはオーストラリアへ渡り語学の勉強をしていたが、彼女たちが日本に帰ってきたタイミングで、清水さんから「一緒に新しいスタイルのシェアハウスをやらないか」と誘われた。
建築士事務所で培った技術で具体的にリノベーションを進める清水さん、人が集まる仕掛けをするのが得意な石上さん、そしてコーディネート等、人と接することを得意とする村上さんと、それぞれの強みを活かしたチームが結成され、プロジェクトが始まった。

石上さんは「私は東京とパリを中心にアーティストの海外活動をサポートするエージェントとして、これまでにないシェアハウスづくりをしていきたいと思ったんです」と当時を振り返る。
その思いが、「住む・創る・交わる」の要素がつまったシェアハウスの骨格になっているようだ。

ネオハウストウキョウの間取りは、2階が4部屋の住人用個室とトイレ、1階がLDKと和室、そして浴室とトイレになっている。2階個室には畳や障子を使用するなど、和のテイストを取り入れたデザインにしていると石上さんは言う。外国人の利用者に喜んでもらえるからだネオハウストウキョウの間取りは、2階が4部屋の住人用個室とトイレ、1階がLDKと和室、そして浴室とトイレになっている。2階個室には畳や障子を使用するなど、和のテイストを取り入れたデザインにしていると石上さんは言う。外国人の利用者に喜んでもらえるからだ

地域の人に受け入れてもらうために

まず約1年間の意見交換を経てコンセプトを固めた3人は、2015年から物件を探し始めた。
当時は、日本の空き家問題がクローズアップされてきたころで、たまたまテレビで東京都杉並区に空き家が多いという話を耳にし、まずはそこを重点的に探すことにした。不動産会社や知り合いのツテ、さらには行政にも相談したが、貸してもらえる物件はなかなか見つからなかった。

そんな中、2018年1月に知人の紹介で知り合った大家さんに、練馬区の物件を貸してもらえることになった。この家には大家さんのご両親が暮らしていたが、亡くなられてから1年半ほど空き家状態だったのだ。

大家さんは、この家を売りに出して手放すことは考えていなかった。かといって人に貸すために改修する資金や、集客や運用のノウハウもなかった。まさに渡りに船のタイミングだったのだろう。
また、趣味で絵画をたしなんでいたお父さまなどの影響で、大家さんもアートや文化交流に興味を持っていた。そのため、すぐにネオハウストウキョウのコンセプトに共感してくれ、とんとん拍子に話が進んでいったという。
2018年の8月に工事がスタートし、同年10月末に竣工。そして11月にはプレオープンを迎えた。

最初に開いた展示会は、かつてここに住んでいた大家さんのご両親の遺品を置く回顧展にした。石上さんが前々から決めていた内容だ。空き家改修をするとその家人の思い出の品々が見つかり、近隣の方々は当然、住人との親交があったので、その思い出の品を懐かしんでもらえる。
「これは、地域の人との絆をつくる際に非常に大切なことです。シェアハウスは、近隣からは『誰が住んでいるのかわからない』ということで根拠のないアレルギー反応を起こされることが多い。なので、過去のかたちを残しながら、今後どのように使われていくのかを見に来て、理解を得られれば安心してもらえます」と石上さんは言う。

回顧展では、家庭科の先生をしていたお母さまの、古い鉄のアイロンや針のセットなどを展示した。大家さんが近隣の方々を招き、石上さんが今後ここで何をしていくかを伝えた。10日間で約150人の方が訪れたそうだ回顧展では、家庭科の先生をしていたお母さまの、古い鉄のアイロンや針のセットなどを展示した。大家さんが近隣の方々を招き、石上さんが今後ここで何をしていくかを伝えた。10日間で約150人の方が訪れたそうだ

パリのジャパンエキスポでニーズを確信した

パリのジャパンエキスポに出展したところ、空き家活用についての多くの質問が寄せられたパリのジャパンエキスポに出展したところ、空き家活用についての多くの質問が寄せられた

このシェアハウスには、1月のグランドオープン以降、すでにフランス人が住み始めている。さらにこの4月から、もう1人フランス人が入居予定だ。これには、石上さんの持つフランスとのネットワークだけではなく、現地でのプロモーションも功を奏したのだろう。

実は、清水さんの「フランスでシェアハウスの告知をしたい」という想いから、現地での日本文化の博覧会「ジャパンエキスポ」に2016年から出展を始めている。
2018年は物件が確定したので、模型を持っていって説明をしたが、最初の2回はまだ物件が決まっていなかったので、フューチャープランのみを展示していた。そのときから物件のコンセプトに共感してくれていたフランス人が、居住者第1号だ。

ブースに立ち寄ったフランス人は、「空き家って何? 空き家は東京に多いのか?」など知的好奇心が高く、1人30分ぐらい話をしたそうだ。最終的にこのコンセプトは素晴らしいと言ってもらえ、手応えを感じたという。
なかには、大学生から研究課題でインタビューしたいという問合せもあったほどだ。そもそも空き家改修という概念が日本とフランスでは違うのだろう。フランス人にとって、日本はスクラップアンドビルドの国という印象で、古い家が残っているのは京都などのイメージ。しかし、東京にある家が空き家になって困り、リノベーションして再生させるという動きが新鮮に感じられたようだ。

現在、JNTO(日本政府観光局)の観光情報のSNSページや在日フランス商工会議所のページなどにこのシェアハウスが掲載されている。現地に住んでいる石上さんのフランス人の友人やその知り合いを通じてSNSで情報が広がるなど、ネオハウストウキョウの認知度はフランスで高まっている。

西武線沿線に新しい風を吹き込む

ところで、シェアハウスの各部屋は「江古田」「中村橋」「上石神井」など、西武鉄道の駅名になっている。

ジャパンエキスポに同じく出展していた西武鉄道の方を、後日シェアハウスに招くと、駅名のついた部屋を見て感激していたそうだ。
西武鉄道沿線でこのような取り組みは珍しく、広報の部分でバックアップしてもらい、例えば前述したJNTOへの掲載は、西武鉄道がJNTOの会員企業だから実現できたのだ。同社としても沿線の在住外国人にリーチできることで、インバウンドに向けた地域の発信につながると考えているからだろう。

6月には、世界的なイタリア人モザイクアーティストが滞在する予定だ。大家さんがモザイクアートを習っていて、そのお師匠さんのつながりで来日するとのこと。ネオハウストウキョウで展示とワークショップを予定していて、その際にはバイヤーやショップオーナーにも声がけをしたいと石上さん。アーティストには、東京での営業活動ができることを、ここに滞在するメリットとして感じてもらいたいと意気込む。
また自主企画のイベントについては、外の掲示板にお知らせを出すなど、近隣の方々にも参加してもらいたいと考えているという。

都心からもアクセスが良く、緑あふれる中村橋という場所で、これから新しい風が吹き始めそうだ。

アートイベントだけでなく、食品の輸出入をしている「ムラン家」という会社の展示&試食会を開催。<br>リビングのキッチンや食器を利用したアートイベントだけでなく、食品の輸出入をしている「ムラン家」という会社の展示&試食会を開催。
リビングのキッチンや食器を利用した

2019年 05月24日 11時05分