移住希望者目線でバリエーション豊かな空き物件をPR

移住体験事業などのチラシを手にする荒木さん移住体験事業などのチラシを手にする荒木さん

移住や2地域居住を検討している人を対象にした、北海道浦河町の「うらかわ生活体験事業」が人気だ。受け入れ当初の2006年度の体験移住は9世帯延べ1,405日間だったが、2018年度は61世帯3,733日間にまで増えた。滞在日数は道内の市町村でトップクラス。国内有数の競走馬の産地として馬が身近で、雄大な太平洋に囲まれ、夏の最高気温が30度を超えず、冬も除雪の苦労が少ないなど環境の良さは大きな魅力だが、町役場の戦略や協力する町民の存在抜きには語れない。好調の秘密はどこにあるのか。

「うらかわ生活体験事業」の対象となる住宅は、家具や家電、調理器具や食器が完備された17棟。町職員や教職員住宅として使われていた施設を活用した「町営」と、所有者がいる「民間」の2種類がある。

移住フェアなどで配布されるパンフレットをめくると、「民間」ではリフォーム時期や周辺環境、アクセス、間取りや利用料などの基本情報に加えて「ペットOK」や「太平洋を間近に感じる」「市街地にある好立地」「漁港の風薫る」といった魅力的なキャッチフレーズが躍る。「町営」は、築年数が経過しているものの利用料が安価なことが強調されている。好みや条件に応じてさまざまな物件から選べるのが特徴だ。

担当しているのは、町役場移住交流推進室の荒木麻里さん。「移住希望の方むけに、分かりやすいキャッチフレーズは大事ですね。民間物件では、大家さんには、事業を継続していくためにも、なるべく収益を上げてほしいという思いもありますね」と教えてくれた。ペット需要の大きさを肌で感じ、対応物件は3棟を用意。移住を検討している人にとっても、地元の空き家所有者にとってもメリットがあるやり方を意識して、物件や体験者を増やしてきた。

町施設で小さく始め、補助金で後押し

事業のスタート時は、大きな予算をかけないよう、対象物件は「町営」の5棟のみ。シニア層に好評を博し、町民にも徐々に知られるようになった。さらに安定的に物件を確保するために2015年度、空き家所有者に工事費を補助する「リフォーム補助金」を導入。2~4年間は「うらかわ生活体験事業」に活用することを条件にした制度で、固定資産税の納付書に制度の案内チラシを同封するなどアピールしたこともあり、対象件数を大きく伸ばした。

この補助金は、町や利用者としては状態の良い物件を活用できるメリットがあり、空き家所有者としては手を付けにくかった建物の改修に乗り出せるメリットがある。一般的な賃貸事業なら、家具や家電など残置物をすべて整理する必要があるが、浦河町の体験事業では、残っていたほうがニーズにかなうため、そのまま貸し出せるという利点もある。

「太平洋を間近に感じる体験住宅」として紹介されている民間物件。補助金を活用し、2016年度にリフォームされた「太平洋を間近に感じる体験住宅」として紹介されている民間物件。補助金を活用し、2016年度にリフォームされた

地元の住民を通じて町を知っていくプロセス

体験移住や2地域居住で浦河町に滞在する人と、町民との交流バーベキューの様子(上)。町内の子どもは学習の一環で乗馬を体験するなど、馬に親しむ環境が整っている(下)体験移住や2地域居住で浦河町に滞在する人と、町民との交流バーベキューの様子(上)。町内の子どもは学習の一環で乗馬を体験するなど、馬に親しむ環境が整っている(下)

物件の多彩さという魅力に加えて、関わる人たちのサポート態勢も浦河町の大きな強みになっている。

入居時には荒木さんが立ち会った上で所有者と借り手が顔合わせし、スムーズな付き合いができるよう橋渡しをする。長期間滞在する体験者には、荒木さんが自治会長を紹介し、自治会イベントへの積極的な参加を促したり、ゴミ出しなどトラブルの未然防止につなげている。

町民ボランティア「うらかわ暮らし案内人」の存在も大きい。乗馬や釣りといった浦河らしい魅力を紹介したり、おすすめの飲食店などを案内人が教えたりしている。荒木さんは「接する人が多ければ多いほど人脈も広がるし、移住者の定着にもつながります。町職員だけでは限界がありますが、案内人の方々が事業に携わってくれることで、体験に来てくれた人が町民や地域になじんでいけます」と話す。体験者が空き家所有者と顔見知りになり、リピーターになったり、実際に移住の段階になって所有者のいる同じエリアで探すケースもあるという。

リピーターや観光利用にも門戸

体験移住の事業を展開している自治体では、観光利用との線引きが難しいなどの理由で、利用に一定の条件を設けるところもあるが、浦河町は幅広く門戸を広げていることも特筆すべき点だ。

どんな狙いがあるのか。「リピーターはだめとしてしまうと、あと1回来れば決まったかもしれない人を逃してしまうかもしれません。住まいを移すというのは大きな決断なので、1回で、何ヶ月で決めてくださいというのは難しいところがあります。移住したい気持ちが強くて何シーズンも通っているけれど、自分のニーズに合った家が見つからない方もいらっしゃいます」と荒木さんは言う。

観光を絡めた利用も排除しない。「もちろん趣旨は伝えますが、旅行がきっかけで体験移住をして移住に至ったケースもたくさんあります。清掃料や2週間前の予約が必要なことなど、ホテルとは違うので、すみ分けして考えるようにしています。地域のことがよく分からない状態で家を決めても、なじめずにトラブルが起こったり孤立してしまったとしたら、私たちとしては残念なものです。スタートは旅行でも、段階的にまちに近づいていくほうがお互い確実ですし、地域の人たちも受け入れがスムーズかなと思います」と説明する。

間口を広げることで、経済効果も大きくなっている。アンケートに基づく町のまとめによると、2018年度の体験移住は61世帯113人で、月平均の1世帯当たり消費額は27万7,933円にのぼった。関係人口や交流人口と言われるような浦河のファン獲得には効果がありそうだ。

体験移住や、住民票を移す「完全移住」については計画上の目標値はあるものの、それに縛られてはいないという。「移住は結局、人の気持ちによって決まるものです。大切にしているのは、体験住宅のラインアップをキープし、間取りや予算の希望に合わせて選べるという浦河の魅力を維持することです」と荒木さん。

選べる楽しさと地元の手厚いもてなしに、移住を望む人が引き寄せられている。

移住検討者に向けた「北海道暮らしフェア」に出展した浦河町のブース移住検討者に向けた「北海道暮らしフェア」に出展した浦河町のブース

2019年 12月26日 11時05分