民族のアイデンティティーを希求する、ナショナル・ロマンティシズム

ノルウェー王宮(ハンス・リンストウ、1848)</br>以下、写真はすべて撮影/倉方俊輔ノルウェー王宮(ハンス・リンストウ、1848)
以下、写真はすべて撮影/倉方俊輔

建築史家・倉方俊輔さん(大阪市立大学准教授)が建築を通して世界の都市を語る、全16回のロングランセミナー(Club Tap主催)。第7回は北欧3国の首都を巡る。ノルウェーのオスロ、スウェーデンのストックホルム、フィンランドのヘルシンキ。遠い北国ながら、マリメッコやIKEA、イッタラなどのデザインを通じて、私たちにとって親しみが感じられる国々ではないだろうか。

洗練されたデザインを誇る文化的な国々というイメージだが、人口はさほど多くない。大国といわれるスウェーデンでも約1000万人、ノルウェーとフィンランドは550万人前後だ。「九州の人口が約1200万人であることと比較すれば、意外なほど小さな国々ですよね」と倉方さん。

3つの国が現在のかたちになったのは、そう古いことではない。スウェーデンの支配下を脱し、ノルウェーが独立したのが1905年。フィンランド共和国の成立は1917年だ。これと前後する1880年〜1950年頃に、これらの国を中心に巻き起こったのが、民族のアイデンティティーを希求する「ナショナル・ロマンティシズム」という文化思潮だった。

「ナショナル・ロマンティシズムの歴史的背景には、近代国家の成立に加え、工業化が進んで市民が豊かになり、知的欲求が高まったことがあります。これに、フランスのアール・ヌーボーやイギリスのアーツ・アンド・クラフツ運動の影響が加わっている」。

「アール・ヌーボーやアーツ・アンド・クラフツは、それまでの古典主義やゴシックなどの様式に代わって、自然界の事物や素朴な工芸が生み出す造形を志向しました。その影響を受けながら、自国ならではの造形を求めたのがナショナル・ロマンティシズムです。ロマンティシズムという言葉は日本語に訳しにくいですが、“ここではないどこか”に憧れる、または、遠く失われた過去を追い求めるような心情を指します」。

ナショナル・ロマンティシズムは、フランスやドイツのような欧州の中央でなく、周縁に位置する国だからこそ生まれたムーブメントだ、と倉方さんは言う。
「そこには、自分たち民族の独自の文化的ルーツを、建築や絵画、文学などの芸術で表現したいという情熱があります」。

ヴァイキングに起源を持つ原初的なモチーフを近代建築に持ち込む

スカンディナヴィア半島の西側に位置し、フィヨルドの長い海岸線を持つノルウェーは、国土の大半が山岳地帯だ。建築史では、12世紀頃に建てられた木造教会群が有名で、中でも「ウルネスの木造教会」は世界遺産にも登録されている。ヴァイキングの伝統とケルトの芸術、ロマネスクの構造を融合しているとされる特異な建物だ。植物や動物を模した独特の装飾を持つ。
「こうした独自の神話的な世界が、ナショナル・ロマンティシズムのヒントになっています」

ノルウェー独立の翌年に完成した旧ノルウェー銀行本社(1906年)も、ナショナル・ロマンティシズムに分類できる建築だ。正面外観は左右対称でアーチやオーダーを用いるなど古典主義の要素も見える。

「メインホールはガラスの天井で、当時これだけのガラスを使っていること自体は近代的です。それと併せて、細部には渦巻きのような原初的なモチーフが用いられている。前述の木造教会などからの着想が流れ込んでいます。設計した建築家はレンガ職人の出身で、随所に見られる工芸的な造形にも納得です」。

1906年に建てられ、1988年に美術館に改修された旧ノルウェー銀行本社。階段手すりなどに独特の装飾が見られる1906年に建てられ、1988年に美術館に改修された旧ノルウェー銀行本社。階段手すりなどに独特の装飾が見られる

北の海に向かって雄大な姿を見せる、王宮のようなオスロ市庁舎

さらに、倉方さんが注目したのがオスロ市庁舎だ。完成したのは第二次世界大戦後の1950年だが、設計コンペの当選者は1918年に発表され、起工式は1931年に行われた。
「長い期間の中に設計変更もありましたが、第二次世界大戦後の完成とは思えないほどに豊かな装飾を持っています。ナショナル・ロマンティシズムの最後尾を飾る傑作といえるでしょう」。

「2つの塔が並び建ち、真ん中を海に抜ける軸線が通る。幾何学的な直方体で構成された合理的な形態でありながら、外壁にレンガを用いて素朴な風合いを感じさせます。一般には石材が公共建築の外観を飾る正統な素材ですが、ここではノルウェー的なるものとしてレンガを使っている。しかも、部分的に斜めに貼るなど、工芸的な使い方です」。

エントランスを入ると、壁画に飾られたホール。ここは市民に開かれた空間だ。
「日本で市庁舎というと、行政職員の執務の場と考えますが、西洋では“シティー・ホール(City Hall)”と呼ぶように、市民が集う場所です。だからこそ重要で、お金もかける。オスロの市庁舎は、役所というより王宮のようです」。

長くデンマークやスウェーデンの支配下に置かれてきたノルウェーにとって、自らのオリジナリティーへの希求には切実なものが感じられ、そのことが胸を打つ、と倉方さんは語る。海に向かって堂々と建つ雄大な市庁舎は、海運と水産の国・ノルウェーのルーツを誇るかのようだ。

「オスロ市庁舎は、国家としては20世紀に誕生したノルウェーが、まるで悠久の昔から確固たる存在であったかのように感じさせてくれます。建築には、このように一体感を創造する力もあって、それは建築家の存在理由の一つでしょう。市庁舎の入り口には建築家の肖像が飾られ、尊敬の念がうかがえます」。

オスロ市庁舎(アーンスタイン・アーネバーグ+マグナス・ポールソン、1950年)オスロ市庁舎(アーンスタイン・アーネバーグ+マグナス・ポールソン、1950年)

水の都としての場所性を引き立てる傑作・ストックホルム市庁舎

かつて絶対王制を築いたスウェーデンは、盛衰を繰り返したとはいえ、北欧の大国だ。首都ストックホルムには本格的な王宮や大聖堂が残る。デンマーク王がスウェーデン王として君臨した時代もあり、建築にもデンマークと似通ったところがある。均整のとれた古典主義的な建築の伝統を持つ。

しかし、古典主義的なストックホルム宮殿は、それがパリにあってもサンクトペテルブルクにあっても違和感のない建築とも言える。その古典主義を脱し、“スウェーデンらしさ”を求めたナショナル・ロマンティシズムの傑作が、ストックホルム市庁舎(1923年)だ。スウェーデンからノルウェーが離れ、現在の国のかたちができた1905年に行われたコンペで、ラグナル・エストベリの設計が選ばれた。

ストックホルム市庁舎は、メーラレン湖に面して鐘楼を戴く塔を持ち、湖水に映る姿が詩情豊かだ。一方、建物側からは、アーチが並ぶ回廊を介して湖水を望む。
「この市庁舎の存在が、ストックホルムが水の都であることを印象づけている。場所の固有性を引き立てていることが、この建築の最大の特徴です」

建物は中庭を囲むように執務室や議場が配置されている。湖に面した部分が回廊だ。列柱の上部はアーチで、上階には執務室が置かれている。
「回廊というよりも、ピロティーとなっています。ピロティーは近代建築の手法ですが、ここでは近代的には感じられない手法で、メーラレン湖へのつながりを確保しています。窓の形や装飾、彫像などは、それぞれゴシック風だったりルネサンス風だったり、バロック的であったりと、多様な要素が混在していながら統一感があります。それは、スウェーデンという国そのものが、ゴシック様式の教会や古典主義的な王宮などの多様な文化を持っていることを象徴しているようにも見える。力強くもあり繊細でもある、説得力のある“スウェーデンらしさ”の表現です」。

ストックホルム市庁舎(ラグナル・エストベリ、1923年)。レンガでも模様が描き出されている。右の写真が海に面した回廊ストックホルム市庁舎(ラグナル・エストベリ、1923年)。レンガでも模様が描き出されている。右の写真が海に面した回廊

モダニズムと新古典主義の融合・アスプルンドのストックホルム市立図書館

1928年に完成した、グンナール・アスプルンドによるストックホルム市立図書館は、モダニズム的であり、新古典主義的でもある独特の建築だ。市庁舎のような装飾はないが、四角い箱の上に円筒が載った全体は左右対称で、エントランスに格式を持たせている。

「伝統とモダンを融合した傑作です。円筒形の内部は書架で、その周りが閲覧室になっています。形態と機能が一致している点ではモダニズム的ですが、その形態が統合性を志向している点は新古典主義的といえます。中に入ると意外とヒューマンなスケールで、ずらりと並ぶ本の背表紙そのものがインテリアとして美しい。機能が空間をデザインし、機能的でありながら本の殿堂としての威厳を表現していて、機能だけに収まらない魅力を湛えています」

アスプルンドが友人の建築家シーグルド・レヴェレンツとともに生涯をかけてつくりあげた「森の墓地」は、世界遺産にも登録されている。起伏のある広大な敷地には5つの礼拝堂と火葬場があり、そのうち4つの礼拝堂と火葬場をアスプルンドが手掛けた。しかし、最もよく知られているのは、墓地の入り口付近に立つ象徴的な十字架だ。
「この十字架があることで、公園一帯に特別な意味が与えられています。人間が最後に帰っていく場所としての大地。あるものを建てることで、すでに存在していた環境の意味も変えてしまう、建築の力です」。

次回はフィンランド・オスロと、3都市の戦後の建築を見ていく。

取材協力:ClubTap
https://www.facebook.com/CLUB-TAP-896976620692306/

上2点と下左2点/ストックホルム市立図書館(グンナール・アスプルンド、1928年)</br>右下/「森の墓地」に立つアスプルンドの十字架(1940年)上2点と下左2点/ストックホルム市立図書館(グンナール・アスプルンド、1928年)
右下/「森の墓地」に立つアスプルンドの十字架(1940年)

2019年 12月03日 11時05分