家賃は周辺相場より高い設定ながらも、常に満室
地球温暖化が深刻な問題になっているなか、環境に配慮した「エコな住まい」への関心が高まっている。そこで今回、レポートをお届けするのは「エコ」をテーマにした賃貸である。その物件は、東京都足立区にある「エコアパートⅡ 花園荘」(以下、エコアパⅡ)。
つくばエクスプレス六町駅(東京都足立区)から徒歩7分の住宅街に木造2階建てメゾネット形式の6戸が並ぶ。各戸の間取りは2LDK(床面積57.7m2)、加えて約10m2の畑が付いているという、2LDKG(Gはgarden:家庭用の野菜畑)の賃貸だ。敷地の入口には芝生広場があり、ピザ窯を設置。広場の奥は、キウイ棚や果樹などが植えられた共用菜園の緑で彩られ、東京23区にいながらにして畑仕事を満喫できる。
「住む人が気軽にエコライフを楽しめるというアパートです。建物も自然の力をできるだけ活用して建てられ、地球環境への負荷を少なくすることに配慮しています」と、エコアパⅡのオーナー兼管理人の平田裕之さんは話す。
平田さんは、もともとは環境教育とコミュニティづくりの専門家。アメリカの大学に留学中、激流を下るラフティングのガイドをしていたことから環境問題に興味をもつようになったという。その後、国内外で野外教育や環境NPOの活動に関わり、地元足立区で空き地を活用したコミュニティガーデン(市民農園)の立ち上げ・運営を手がけたこともある。そんな平田さんがこのアパートに携わるようになったのは、2006年。老朽化した木造アパート「花園荘」の大家だった平田さんの父・昌孝さんから、建て替えの相談をされたことがきっかけになった。平田さんは畑付きのエコアパートにつくり変えようと思い立ち、2007年11月に誕生したのがエコアパⅠ(木造2階建てメゾネット形式で4戸)。当時、畑付きのエコ賃貸は斬新な取り組みとあって、さまざまなメディアに取り上げられ、注目を集める存在になった。エコアパⅠは区画整理事業のために2016年5月に取り壊されてしまったが、近くに敷地を得てエコアパⅡを建設。2019年4月に完成したのだった。
家賃はエコアパⅠのときから変わらず、管理費込みで月12万3000円。周辺相場より若干高い設定というが、平田さんのブログを通じて入居募集をしたところ、多くの申し込みがあった。エコアパⅠ時代は常に満室で、エコアパⅡも完成してほどなく満室になった。
国産の無垢材を積極的に活用
そんな人気の秘密を探るべく、建物や設備のエコなこだわりを取材した。
まず、特色に挙げられるのは、自然素材を活用していること。構造材と内装材は、エコアパⅠに引き続いて国産木材を使用している。
「使っている木材は、茨城県産です。選定の決め手はコスト、そして産地からの輸送距離が短いこと。輸送に伴って排出される二酸化炭素の量が少なくて済むので、地球環境を守ることにつながります」(平田さん:以下同)
1階、2階ともに床には杉の無垢材、階段にはヒノキの無垢材と、無垢材にこだわる。浴室も樹脂製のハーフユニットバスだが、壁と天井はヒノキの板張りだ。
「無垢材は時間がたつとやせて反りやすくなったり、傷がつきやすいといった欠点があります。そのため、賃貸ではほとんど使われることはなく、私自身、エコアパⅠで無垢材を導入したときは不安でした。実際、反ったりやせたりはしました。でも、それ以上のメリットを住人が感じたので、問題にはなりませんでした。むしろ喜ばれたのです。『無垢の床は、夏は足元がひんやりと気持ちよく、冬は暖かさを感じる』と。また、みなさんが丁寧に手入れをして住んでくれたので、エコアパⅡでは自信をもって無垢材を使いました」
このほか、収納棚などにエコアパⅠで使われていた木材を再利用したことや、2階居室(8帖)は寝室なので調湿効果があるとされる漆喰を内壁に使用していることなどもポイント。
パッシブデザインを取り入れた室内空気循環システムとは
エコな住まいに欠かせないのは省エネ機能だが、エコアパⅡではパッシブデザインの考え方を取り入れて設計されている。パッシブデザインとは先端技術を搭載した省エネ機器などに頼るのではなく、自然エネルギーを活用することで「夏は涼しく、冬は暖かい」という住まいをつくる手法だ。
「近年の東京の猛暑を考えると、夏はエアコンなしでは生活できないので、1階にエアコンを1台設置し、エアコン効率のよい家づくりをしています。エコアパⅠでは屋根で集めた太陽熱を活用した『そよ風』というシステムを採用し、特に冬の寒さ対策に効果がありました。真冬に暖房なしでも室温が14度を下回ったことはなく、入居者さんたちに快適に住んでいただくことができたと思います。エコアパⅡでは、コストとのバランスを考慮した結果、そよ風よりもシンプルな室内空気循環システムを搭載しました」
その室内空気循環システムは、「提案してくれた設計士さんの名前をとって、建築現場ではミノルシステムと呼んでいました」とのことで、筆者も「ミノルシステム」と記述させていただく。
空気には、冷たい空気は下に下がってたまり、暖かい空気は上へ上がっていく性質があり、その結果、室内の上下に暖かい空気と冷たい空気に分かれてしまう。そこで空気全体を循環させて2階と床下の温度差を減らし、家の中の気温を一定にしようというのがミノルシステムだ。室内温度がほぼ均一になれば、快適な室内環境になり、エアコンの稼働時間や設置台数を抑えることが可能になる。
筆者は入居者が引越してくる直前の8月、エコアパⅡを見学させていただくことができたのだが、その日は最高気温36度の猛暑。1階のエアコンの冷房で冷やされた空気が室内に行き渡っていて、エアコンなしの2階にいてもそう暑くなく、過ごしやすいと感じた。
また、夏の直射日光を遮るために1階に長い庇(ひさし)を設ける、通風を確保するために南側と北側に窓を配置、2階の窓は遮光効果の高い複層ガラスを使用。さらに2階の外側に日よけのためのオーニングが設置できるようなフック、外壁にはゴーヤなどの緑のカーテンを這わせることができるフックがあるなど、住む人が工夫しながらエコライフを楽しめるようになっている。
省エネといえば、鍵を握るのが建物の断熱性。エコアパⅡでは断熱材にグラスウールを使用しているが、「コストと性能に加えて、リサイクル素材であることが選定の決め手になりました」と、平田さん。グラスウールは、家庭などから回収される資源ゴミからなるリサイクルガラスを主原料としているうえ、使用済みのものを再生処理して繰り返し利用できる。
各住戸に「雨水タンク」を設置。節水や防災に役立つエコアイテム
特筆したいのは、各住戸に雨水タンクが設置されていることだ。屋根に降った雨は雨どいを通って雨水タンクに貯まり、タンクの容量(約400リットル)を超えた雨水はタンク真下に埋められている浸透ますを通じて地面に浸み込ませる。それでも浸透しきれずにあふれる雨水は、下水道へ流れていくという仕組みになっている。
タンクに貯めた雨水は、畑の水やりや、玄関まわりの掃除などに活用できるので節水につながるのだが、雨水タンクは自然災害に対する備えにもなる。地震や台風などで断水が起きてしまったとき、トイレの流し水といった生活用水に使えるのだ。また、大雨に見舞われた際、ダムのような役割を果たす。雨水が一気に下水道に流れ込むのを多少なりとも防げるだろうから、河川の急な増水を抑えられる可能性があり、水害対策にも役立つだろう。
畑仕事をきっかけに、コミュニティが育まれていく
さて、このエコアパⅡの大きな特色は、畑が付いていること。1階LDKに面して畑があり、住人は毎日、朝の5分、10分の時間を利用して畑の手入れをしたり、休日に集中して畑仕事をしたりと、思い思いに楽しんでいるという。自分で育てた野菜を自分で調理して食べるという「自給自足」、調理で出た生ごみをたい肥にして畑に戻すといったエコライフを実践できる。
「でも、野菜を育てるためだけに畑があるわけではないのです。畑仕事をきっかけに、住人同士の交流が生まれるように、と願っています。だから隣同士の垣根は設置していません。“スナップエンドウがたくさんとれたので、食べませんか?”とか、“ブラックベリーでジュースを作ったけど、飲みませんか?”とか、ご近所づきあいをひっくるめて楽しんでいただきたい。人と人とのつながりが希薄になりつつある東京で、昭和の長屋のようにお互いに顔の見える場所でありたいです」
シェアハウスとは違い、特別なルールは存在しないが、エコアパⅠのときには住人が自主的に集まってミーティングを開いたり、お茶会やパーティなどイベントを開催したりと、「支え合いながらも、のびのびとした自分でいられるコミュニティができていました」と、平田さん。
エコアパⅡもスタートして1年目だが、建設工事にかかわった職人を招いてのバーベキュー大会、住人が講師をつとめての芝生広場でのヨガ教室、共用スペースでのラグビーワールドカップ観戦会など、交流が生まれている。
「一般的にアパートの建物は、竣工したときが最も価値が高いとされています。でもここは違います。時間がたてばたつほど、畑の野菜も人とのつながりも育っていく。お金には代えられない価値が、エコアパにはあります」
地球環境のためにできること、コミュニティが生まれる住環境など、さまざまな示唆を感じさせてくれたエコ賃貸だった。
■参照
「畑がついてるエコアパートをつくろう」(エコアパートⅡ「花園荘」ブログ)
http://blog.canpan.info/eco-apa/
2019年 12月02日 11時05分