第4日曜に行われるマルシェ『スミビラキ』。会場はなんと賃貸住宅!
風がなく陽光が心地よい日曜日の昼下がり、愛知県岡崎市で定期開催されるマルシェ『スミビラキ』に出かけた。スタイリッシュな木造賃貸住宅1階の半屋外や中庭としたスペースがマルシェとして開放され、訪れた人は好きな場所に腰かけておしゃべりしたり、グルメを味わったり。のびのびと寛いでいる姿が印象的だ。
会場となる「竜美丘コートビレジ」は2014年に入居が始まった賃貸住宅で、「2017年度グッドデザイン賞BEST100」に輝いた。広い敷地に住戸は9戸だけで、“賃貸長屋”というコンセプトの通り、離れや軒下でゆるやかにつながる斬新な設計となっている。
「マルシェを始めたのは、この場所とこの建物に心が動かされたからと言えますね」と話すのは、『スミビラキ』を仲間と一緒に主催する山川さくらさん。住民として暮らしながら、住戸内の離れで「森の花畑やおや」を開いている。
お隣さんの気配が伝わる、古き良き“長屋”の暮らしを叶えた「竜美丘コートビレジ」。プライバシーを強固に守りたい風潮がある今、実際の暮らし心地はどうなのか? 家をオープンに開いて交流する魅力とは? 住民を代表して山川さくらさんと、建築設計監理を担当したEureka(エウレカ)の共同主宰者・稲垣淳哉さんに話を聞いてみた。
サイズ感、窓の配置、程よい距離感。「住み心地は最高です!」
「竜美丘コートビレジ」の賃貸住宅9戸は1LDK~3LDKまであり、全住戸が1階から出入りするスタイル。1階を店舗として活用する住民も多く、エステ、英会話、足つぼ、デザイン事務所などが入居している。
山川さんは店舗兼住居を探しているときに、偶然、この物件を知ったという。
「お店と住居部分が1階・2階に分かれていること、サイズ感、敷地のゆとりが気に入りました。相場と同等の家賃も決め手でしたね」
閑静な住宅街という立地は集客に不安があるが、こだわりの野菜を販売する山川さんの店は口コミで訪れる客が多いため、かえって「ゆったりと買い物していただける」と思ったそうだ。
さて、お互いに軒下などを共有するオープンな暮らしの住み心地は?
「お互いの玄関や窓が隣接しない設計になっていて、干渉しすぎず会いたい時に会える、ちょうど良い距離感で暮らしています。住民同士で一緒にごはんに行ったり、お土産のおすそわけをもらうこともあります」
住民同士で「おはよう」「ただいま」と声をかけ合う。マルシェや来客時には互いの駐車場を譲り合う。軒下の共用部は各々が節度を持って使う。これは、この建築スタイルが好きで集まった住民だからこそ。「岡崎の花火大会の日には、住民が家族を招いてみんなで花火をしたんですよ」などと、粋で温かい長屋のコミュニケーションはうらやましい限りだ。
暮らしが見える場所で販売すると、モノや食に親近感が湧いてくる
「竜美丘コートビレジ」で第4日曜に開催されるマルシェ『スミビラキ』は、2014年12月から始まった。山川さんが仲間と主催するもので、のんびりした空気感に魅了されるリピーターが多い。
マルシェ名の『スミビラキ』とは、自宅の一部を開放して仲間や地域と交流すること。
「建築業界の方からこの言葉を聞いて名付けたのですが、Eureka(エウレカ)の方々も偶然、同じコンセプトを住宅設計等でよく使っているそうです。建築家の方は『本当にコンセプト通りになるとは』と驚かれていました」と山川さんは笑う。
街中や公園ではなく、「家」のそばで販売する魅力は、暮らしが垣間見えること。あの人がつくった雑貨、この人が使っているモノというように、親近感を持って買い物を楽しむことができる。
もうひとつ、マルシェには「月に1回は家事や料理から解放され、のんびりと休日を過ごしてほしい」という想いも込められている。マルシェでは軽食やお酒も販売しており、日向ぼっこをしながらワインを楽しむ方が増えているそうだ。
時間を忘れて寛げるのは、場所が「家」であり、軒下でつながる「長屋」だからなのだろう。山川さん自身もマルシェでは石窯ピザを焼いておもてなし。「外に石窯を造らせてくれる賃貸住宅なんて、そうそうないですよね(笑)。大家さんや住民の協力あってこそ。とても感謝しています」。
賃貸住宅に「離れ」があることで、住民の自治が自然に生まれた
「竜美丘コートビレジ」を設計したのは、岡崎市で生まれ育ったEureka(エウレカ)の建築家・稲垣淳哉さん。穏やかな住宅街で大胆な物件を建てたのは、ゲリラ豪雨により建て替えを余儀なくされた集合住宅の設計を依頼されたのがきっかけだった。
「現在も賃貸住宅は飽和し、競争はすでに激化しています。そこでオーナーと話し合い、他の物件との暮らしの『差別化』と、間取りを選べる『選択肢』を増やすことををテーマにし、今後の人口減を迎える状況を見通したいと考えました」
9戸の住戸は40~60平米で1人~家族で暮らせる広さにし、すべて間取りを変えた。とくに挑戦的な試みが、5部屋の「アネックス(離れ)」をつくり、店舗や事務所として借り増しできるようにしたこと。「オーナーの説得は少し苦労しました。でも自宅で塾など教室を開きたいというニーズがその当時もあり、結果的に元気な店主らによって集合住宅に活気がもたらされる、部屋としても貸し出せる、などの可能性を伝えました」と稲垣さんは話す。
とくにやおやを営む山川さんが入居したことは、「竜美丘コートビレジ」の分岐点になった。「平日の昼間にお店を開いている方がいることは、セキュリティ面、そして程よい人間関係の構築という点でもメリットがあります。アネックス(離れ)や軒下を設けたことで住民の皆さんによる自然な自治が生まれたという事実は、設計側も学びになり、建築の可能性が広がりました」と稲垣さん。
設計側が描いたコンセプト通りの、理想的な運営ができている「竜美丘コートビレジ」は“奇跡の出会い”に恵まれており、どこでもマネできる事例とはいえない。でも建築と住民とオーナーの相互作用により、長屋のようなつながりが現代にもマッチすることが分かった。今後、賃貸住宅の選択肢がもっと広がるのを楽しみにしたい。
2018年 01月31日 11時06分