雑木林と向かいあう、これまで見たことのない畑付き物件

雑木林の手間に設けられたウッドデッキから畑越しに建物を見たところ。パラソル、テーブルセットなどはオーナーが用意した雑木林の手間に設けられたウッドデッキから畑越しに建物を見たところ。パラソル、テーブルセットなどはオーナーが用意した

東京都東久留米市。武蔵野という言葉が思わず浮かぶ濃い緑の雑木林に向かい合って、全7戸の新築アパートが建つ。物件名はツクルメ。3つの「ツクル(作る、造る、創る)」と新しいものが芽吹く「芽(メ)」を掛け合わせた造語で、東久留米という地名にもかけてある。建物自体は積水ハウスのごく普通の2LDK、71.5m2(1戸のみ75m2)。だが、訪れてみると、これはただのアパートではないことが分かる。

塀のない、豊かな植栽に彩られた外観を眺め、木の壁に掛けられた白いポストを横目に見ながら敷地内に入るとそこに広がるのは広い畑。L字型になった住戸と目の前の雑木林に囲まれるように作られており、住戸の反対側には小さな小屋。その隣にはアウトドア用のキッチン、バーベキューサイト。さらに今はカバーが掛けられた小さなプールも置かれている。

住戸はすべて畑側から入るようになっており、バルコニーも畑に向かい合う。各戸の玄関ドアの脇に掲げられているのは、エントランスのポストにあったのと同じ、センス良くデザインされた部屋番号のフラッグ。それだけでも十分他にないというのに、各戸の前にはお揃いのアウトドアチェアにパラソル。東京郊外というより、どこかリゾート地ではあるまいかというような風景なのである。

さらに住戸と畑との間には多肉植物などが植えられた小さな植え込みが作られており、2階のテラスからも緑が風に揺れている。畑のある物件だけなら見たことはあるが、ここにはそれらとも違う世界が広がっている。

オーナーは武蔵野を作って来た人達の子孫

オーナーの秋田氏と企画を担当したエイムズの板坂氏。下は取材後に案内していただいた、東久留米市の豊かな自然の代表格、南沢湧水群。冷たく、清らかな水は感動ものだったオーナーの秋田氏と企画を担当したエイムズの板坂氏。下は取材後に案内していただいた、東久留米市の豊かな自然の代表格、南沢湧水群。冷たく、清らかな水は感動ものだった

ツクルメのオーナー秋田茂良氏は江戸時代にこの地に新田開発に入った家族の12代目。290年前、初代が入植した頃は一面ススキの原野だった土地は水に乏しく、痩せていた。18家族が入植したものの、すぐに6家族が離脱。初代も入植後7~8年で亡くなるなど過酷な状況だったそうだが、家族は営々と土地を耕し続け、現在も花卉を栽培している。

農業と並んで手がけているのは賃貸経営だ。現在ツクルメが建つ土地も駐車場として貸してきた場所だが、近隣住宅街の高齢化で空きが目立つようになったことからアパート建設を検討してきたという。だが、この場所は西武池袋線ひばりが丘、西武新宿線花小金井など複数の駅が利用できるものの、どの駅からも歩くと30分前後とかなり遠い。そんなところで経営を成り立たすためにはどうすれば良いか。難問である。

ただ、方向性だけはあった。ひとつは癒しの場にしたいということ。「東日本大震災時、被災地にひまわりを持って行きました。そこで花が人を笑顔にすることを知り、植物の可能性を見ました。ここにもどういう形にせよ、癒しの場を作りたいと思いました」。

もうひとつはこの土地に対する思いだ。前述した通り、武蔵野は元々は何もない原野だった。そこに人々が木を植え、雑木林が代名詞となるまでに育ててきた。秋田氏の自宅にはおそらく初代が植えたであろう欅の巨木があるそうで、それを見ながら育った秋田氏は未来に木を残したいと言う。「東久留米は一般には知られていない場所でしょうが、ここには豊かな雑木林があり、湧水があります。先祖と同じように私もこの土地を大事にし、未来に残していきたいと思っています」。

農園付き物件の失敗例なども見学、企画を具体化

といっても、具体的にどうするかについてアイディアがあったわけではない。ハウスメーカーに建物を頼むとしても、彼らには箱しか作れない。2年ほど試行錯誤していたところで他の所有物件のリノベーションで出会ったのが今回、企画を担当したエイムズである。
「当初のオーダーは雑木林を生かす物件程度で畑など具体的な案は全くなし。雑木林の枯れ枝が生かせるから薪ストーブ付きはどうだろうという話があったほどでした」とはエイムズの板坂宜昭氏。そのため、最初はおしゃれなガラスの温室付き物件というようなアイディアも出たそうだが、実用性がないと却下され、やりとりを繰り返すうちに現在の形になっていったという。

畑付きにすることが決まった後は他物件の見学に。「畑付きといっても、現在は全く使われていない物件、一部の人しか使っていない物件、一度も満室になったことがない物件などもあります。どう作れば自然に使われるようになるか、各戸が顔を合わせるようになるかなど、いろいろ考えながら詳細を詰めて行きました」。

企画を詰めて行くに従い、これは行ける!と思ったという両氏だが、周囲はそうは思わなかった。「社内には駅から30分の賃貸物件は難しいんじゃないという声もあり、一人もくもくと取り組んできました。秋田さんの周囲にも反対はあったと思います」。

共有部の多肉植物、2階から垂れ下がるグリーンなどもオーナーが用意。各戸のナンバーを示すフラッグも可愛い共有部の多肉植物、2階から垂れ下がるグリーンなどもオーナーが用意。各戸のナンバーを示すフラッグも可愛い

「こんな人に住んで欲しい」を明確に募集

植栽に彩られた外観、中に何があるのだろうとわくわくするようなエントランスを抜けると畑。ポストのデザインも一味違う植栽に彩られた外観、中に何があるのだろうとわくわくするようなエントランスを抜けると畑。ポストのデザインも一味違う

だが、そんな中でも工事は着々と進み、2016年2月には内覧会を開始。いよいよ募集がスタートする。その時点で建物は完成していたものの、畑はもちろん、外構も現在雑木林側に作られているウッドデッキも、DIY用具を備えた小屋もまだできていない。むき出しの庭が広がっているだけの状態だ。それでも完成予想図を見ながらの説明に入居を決める人が出始める。

「外側に建物、内側に何かあるという変わった作りだったので、建設中から地元で話題になっており、完成したら住みたいと思っていたという人、ファミリー向けの、人間関係があるシェアハウスを探していたものの物件がなく、そんな時に見つけて即決してくれた人などで順調に決まり、4月を迎える前に満室になりました」(板坂氏)。

元々地元で車利用が当たり前という生活をしていた人以外に都心勤務で現在は駅までの30分を歩いて通勤している人もいるそうで、駅からの距離は必ずしも障壁ではないようだ。
「雑木林、畑という自然に受動的ではなく、能動的に関わってくれる人に住んで欲しいと思っていたので、建物、畑などの配置、作りにこだわっただけでなく、広告でも同じことを伝えましたし、内覧会では『みんなで草取りをして欲しい』と試金石になるようなことを言いました。自然は好きだけれど眺めているだけで良いと言う人はそこで諦めたのではないでしょうか」(秋田氏)。

自然な付き合い、美味しい野菜のある暮らしがスタート

無垢の木の床なら子どもがごろごろしても安心。入居者同士の集まりも頻繁に開かれている無垢の木の床なら子どもがごろごろしても安心。入居者同士の集まりも頻繁に開かれている

その後、4月末にお披露目会を開催、食事会を経て現在に至っているが、「こういう人に住んで欲しいと思っていた通りの人たちが示し合わせたのではないかと思うほど集まっています。ライフスタイルを気に入って入居を決めた方が大半のため、畑当番はもちろん、集まって飲んだり、バーベキューや流し素麺をしたりと自然に付き合いが生まれている様子。メーリングリストにも2~3日に1回、何かしらの情報が流れてきます」(秋田氏)とか。現在の入居者は子育てファミリーを中心にカップルという構成。誰にとっても楽しそうな生活が始まっているようである。

秋田氏が自分の畑から堆肥を入れるなどして作り込んだ肥沃な土を運んできているため、畑の成長は驚くほど順調で、中にはブータンの唐辛子、韓国のカボチャやトウモロコシなど珍しい種類も栽培されている。この採れたて野菜の美味しさは入居者が口を揃えるところだ。

もうひとつ、触れておきたいのは土間を広く取り、無垢の床材を張った室内。土間はアウトドア好きな人を想定、自転車やキャンプ用品が置けるようにという配慮から。無垢の床材はエイムズが自社に大工を抱えていることから可能になった。ハウスメーカーのアパートではなかなかない仕様で、それも魅力のひとつだろう。

ツクルメ
http://tsukurume.com/

エイムズ
http://eims.co.jp/

2016年 09月14日 11時05分