大正時代から造船業で栄えた木津川河口の町、北加賀屋

水の都・大阪の、南西部を流れる木津川。その河口付近にひろがる町が北加賀屋だ。一帯は大正時代から造船業で栄え、高度成長期には約2万人が働いていたといわれる。河岸に造船所群、周辺に下請け工場や倉庫がつくられ、そこで働く人々のための住宅や商店が派生して町が形成された歴史を持つ。しかしその後の産業構造の変化に伴って、造船所は次々に町の外に出て行ってしまった。

その北加賀屋が今、大阪市内でも屈指の“アートのまち”に生まれ変わりつつある。市内外から、さらに海外からも、様々なジャンルのクリエーターたちが移り住み、多彩な活動を展開しているのだ。

近代工業の発展と斜陽を象徴するような町がなぜ、“アートのまち”への方向転換を果たし得たのか。現地に足を運んでみた。

北加賀屋の街並み。地下鉄北加賀屋駅の周辺はいかにも大阪らしい商業地と住宅地。木津川に近付くにつれ、工場や倉庫が増える北加賀屋の街並み。地下鉄北加賀屋駅の周辺はいかにも大阪らしい商業地と住宅地。木津川に近付くにつれ、工場や倉庫が増える

バブル期に転出した造船所跡地が2000年代にアート拠点に

名村造船所跡地、クリエイティブセンター大阪(CCO)。構内には船着き場もある名村造船所跡地、クリエイティブセンター大阪(CCO)。構内には船着き場もある

北加賀屋の大きな特徴は、“まちの大家さん”と呼べる存在があることだ。町のおよそ半分に相当する23万m2の土地を所有する不動産会社、千島土地。創業家の芝川家は江戸時代から続く大阪の豪商で、明治45年(1912年)に所有地の賃貸業を営むために同社を設立した。

北加賀屋変貌の発端は、木津川に面した約4万2000m2を借地していた名村造船所が、製造拠点を佐賀県に移したことだ。時はバブル真っ盛りの1988年。地価が高騰する時期に土地が返却されるだけでも稀有なことで、千島土地は造船所の構造物ごと引き取った。しかし、用途の限られた工業専用地域で、土地の転用は進まなかった。

「当社でも、造船所の建屋を利用してリハーサルスタジオをつくったり、ヨットの基地にしてみたりと、いろいろ試行錯誤したようです」と説明するのは、千島土地の地域創生・社会貢献事業部部長、北村智子さん。「けれども決め手を欠いたまま、15年ほどが過ぎてしまいました」

千島土地がアートに着目したのは、現社長の芝川能一さんとアートプロデューサーの小原啓渡さんの出会いがきっかけだ。小原さんは「名村造船所跡地で何ができるか、クリエイターや文化人を招聘して一緒に考えてみては」と提案。2004年に連続36時間に及ぶ「NAMURA ART MEETING(略称、NAM)’04-’34 Vol.00」を開催し、複数のシンポジウムやパフォーマンス、クルージングイベントなどを行った。

この「NAM」を踏まえ、翌2005年には造船所時代の建物を一部改装して「クリエイティブセンター大阪(略称、CCO)」を開設。さまざまな展示やイベント、大規模な見本市にも使える複合施設とした。COOを含む造船所跡地は、2007年に経済産業省の「近代化産業遺産」にも認定されている。

「NAM」はその後10年以上、回を重ね続けている。CCOは大型のイベント会場として認知されるようになった。しかし、臨海の造船所跡地という特異な条件から、イベント時以外に一般客が立ち入ることはできない。北加賀屋の町なかにアートを拡げていくには、さらなる工夫が必要だった。

約10年で40の創造拠点を集めた「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ構想」

2009年、千島土地は「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ(KCV)構想」に着手する。町なかに増え始めた空き家や空き地にアーティストやクリエーターを呼び込み、「芸術・文化が集積する創造拠点」に再生しようというものだ。

「2004年から5年間の活動を通じて、アート関係者とのネットワークが広がっていました」と前出の北村さんは言う。さらに、千島土地には空き家を安く貸せる事情もあった。「千島土地が所有していたのは土地だけで、上屋はかつての借地人が建てたものです。建物に投資していないので、家賃で地代と固定資産税分が回収できればいい。だから、一戸建てでも相場より安い家賃でお貸しできるわけです」。

千島土地が2011年に設立したおおさか創造千島財団のHP内にある「北加賀屋つくる不動産」は、アーティスト・クリエイター向けの物件紹介サイトだ。家賃が安いだけでなく、改装自由で退去時の原状回復義務もない。家具などの無償提供も行う。近隣にアーティストが集まっていることによる相互交流や、まちづくりへの参加も魅力だ。古くからのものづくりの町だけに、ホームセンターなども充実し、材料や道具が入手しやすい利点もあるという。

KCV構想提唱から約10年が経ち、今や北加賀屋一帯のアート拠点は約40軒を数えるまでになった。その中にはギャラリーもあればカフェもあり、通常は一般公開していない工房やアトリエもある。おのおの、散発的に演劇や展覧会、ワークショップなどのイベントも開催している。

そこで、千島土地とおおさか創造千島財団は、年に1度、一帯のアートマップとイベントカレンダーを発行している。核となるイベントには、CCOで開かれる地域のアートフェスタ「すみのえアート・ビート」や、おおさか創造千島財団が運営する大型美術品収蔵庫「MASK」の一般公開などがある。マップとカレンダーの制作は、北加賀屋に拠点を置くデザインNPO法人「Co.to.hana」が手掛けている。

北加賀屋のアート拠点(左上)家具工場を改装した協働スタジオ「コーポ北加賀屋」。建築家集団「dot architects」、家具工房「102木工所」、市民工房「FABLAB Kitakagaya」、空間設計製作「アトリエカフエ」、映像ディレクターオフィス「adanda」、NPO「remo」が入居している(右上)アートスタジオ「藝術工場◎カナリヤ条約」は元燃料倉庫(左下)オーダーメイドめがねのアトリエ兼ギャラリー「隠れ屋1632秘密基地」。路地の入り口上の看板には「市場東入口」とある(右下)カフェを併設した宿泊施設「Air Osaka Hostel」北加賀屋のアート拠点(左上)家具工場を改装した協働スタジオ「コーポ北加賀屋」。建築家集団「dot architects」、家具工房「102木工所」、市民工房「FABLAB Kitakagaya」、空間設計製作「アトリエカフエ」、映像ディレクターオフィス「adanda」、NPO「remo」が入居している(右上)アートスタジオ「藝術工場◎カナリヤ条約」は元燃料倉庫(左下)オーダーメイドめがねのアトリエ兼ギャラリー「隠れ屋1632秘密基地」。路地の入り口上の看板には「市場東入口」とある(右下)カフェを併設した宿泊施設「Air Osaka Hostel」

街角にも壁画などの屋外アートが増殖中。今や“カベジョ”の聖地にも

「インスタ映え」ブームのおかげで、北加賀屋では最近、若い女性の姿が目立つようになってきた。絵になる壁の前に立って写真を撮る「カベジョ」たちだ。「#カベジョ」というハッシュタグがあるほか、専用のアプリまで登場している。

カベジョのお目当ては、北加賀屋の町内に点在する壁画だ。現在、その数は25点ほどに及ぶ。中には海外から訪れたストリートアーティストが町にしばらく滞在して描いた作品もある。

千島土地には今もときどき「壁画が描ける、空いている壁はありませんか」という問い合わせが舞い込むという。壁画はこれからも増えていきそうだ。アトリエを飛び出し、街並みを直に彩るストリートアートが、“アートのまち・北加賀屋”らしさを増幅させている。


クリエイティブセンター大阪 http://www.namura.cc/
おおさか創造千島財団 http://www.chishimatochi.info/found/
北加賀屋つくる不動産
http://www.chishimatochi.info/found/?post_type=estate

北加賀屋のストリートアート(左上)左側のグラフィックはMASAGONによる壁画、右側にはタムラサトルの立体作品「大阪マシーン」が展示されている(右上)WHOLE9「鯨波の声(ときのこえ)」(左下)イギリスのアーティスト、ベン・アインの作品。描かれた「KK」は「KITAKAGAYA」を指すそう(右下)牡丹靖佳「ろばの家」北加賀屋のストリートアート(左上)左側のグラフィックはMASAGONによる壁画、右側にはタムラサトルの立体作品「大阪マシーン」が展示されている(右上)WHOLE9「鯨波の声(ときのこえ)」(左下)イギリスのアーティスト、ベン・アインの作品。描かれた「KK」は「KITAKAGAYA」を指すそう(右下)牡丹靖佳「ろばの家」

2018年 10月17日 11時05分