戦後の混乱が黄金町を変えた

桜並木で有名な大岡川。最近では水上スポーツも人気だ桜並木で有名な大岡川。最近では水上スポーツも人気だ

横浜市中区黄金町は市内を東西に流れる大岡川沿いに細長く広がる一画。駅でいえば京浜急行電鉄(以下京急)日ノ出町駅から黄金町駅にかけての、大岡川と、並行して走る平戸桜木道路周辺である。

2009年にアートによるまちづくりを掲げた活動が始まって以来、黄金町と総称されているが、実際には黄金町、初音町、日ノ出町の3町が含まれている。町内会は町域の狭い黄金町が初音町と一緒になっており、日ノ出町と併せて2町内会。そこに警察、横浜市、横浜市立大学やこの地に住むアーティストなど幅広い人達が参加、違法風俗店が集積、近寄ってはいけないとまで言われていた街を変える息の長い活動が続けられてきた。

そもそも、ごく普通の、住宅に商店が入り混じるような街だった黄金町エリアが麻薬、売春などが跋扈する街になったのは戦後。横浜に進駐した米軍は港湾施設や横浜中心部のビル、民家などを接収し、接収を免れた黄金町エリアには住む場所を追われた人々が移り住んできた。その人達の中には飲食店などの商売を始める人も。

また、隣接する野毛地区に国内最大規模と言われたヤミ市が形成され、日雇い労働を斡旋する職業安定所が作られたことから、黄金町エリアには各地から集まってきた労働者のための簡易宿泊所が作られるようになる。男性労働者が多かったことから飲食店が増加、さらには売春も横行するようになる。京急の高架下は非公認の売春街を意味する青線と呼ばれており、1958年の売春防止法実施以降も生き残っていたそうだ。

阪神淡路大震災をきっかけに風俗営業店が大幅増

高架下にはこれまでの作品なども残されている。こちらは初回の黄金町バザールで制作された太湯雅晴氏による《Kogane CHANEL》高架下にはこれまでの作品なども残されている。こちらは初回の黄金町バザールで制作された太湯雅晴氏による《Kogane CHANEL》

売春に加え、街の評判を落としたのは麻薬取引である。1963年に封切られ、大ヒットした黒澤明監督の映画「天国と地獄」では誘拐犯が麻薬を使って殺人事件を起こす暗黒街として描かれており、実際には闇の印象を強調したセットで撮影されたにも関わらず、これがこの地のイメージを悪くした。禁断症状でふらつきながらも麻薬を求めて集まる人の姿は新聞などでも報道されており、この地に住んでいると言うだけで就職も縁談もダメになるほどだったと聞く。

この問題に立ち向かったのは地域の人達だ。初音町には横浜市麻薬更生相談室が設置され、地元の人の中には市の委託を受けて麻薬中毒者相談員になった人も。1962年には黄金町と日ノ出町が一体となった麻薬撲滅運動が始まり、昭和40年代に入り、問題は徐々に下火に。とはいえ、2016年2月に覚せい剤取締法違反(所持)の容疑で葉山町議が現行犯逮捕されたのはこの近隣。一度悪くなってしまった街の再生の難しさを感じさせる。

しかし、麻薬問題が落ち着きを見せたからといって街が平穏を取り戻したわけではない。次に地域を悩ましたのは風俗営業店の増加である。昭和40年代以降増加してはいたものの、問題が顕在化したのは1995年の阪神淡路大震災がきっかけ。京急が高架橋の耐震補強を行うため、高架下の小規模飲食店舗に立退きを求めたのである。

ここで違法な売買春が行われていたそれらの店がこの地から退去してくれればよかったのだろうが、店の多くは地域内に再び店舗を構えた。しかも100店ほどだった店が250店ほどに急増、それまで違法店舗がなかった日ノ出町にまで拡散してしまったのである。

町内会が連携、行政、警察も加わり、風俗店撲滅に

さらにこの時期、店で働く女性には外国人が増え、それが不法滞在、エイズなど他の問題にも繋がった。以前は営業時間などで地域に迷惑をかけないという暗黙のルールがあったが、ルール違反が横行、環境の悪化に耐えかねて転居したいという人も出た。また、違法風俗街と小学生の通学路が交差していたこと、大岡川沿いに面した道路沿いにも店が広がり始めたことなどの要因もあり、危機意識を募らせた地元の住民は2002年に風俗拡大防止委員会を結成。翌年には初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会となる。

一般に町内会は商店街同様、隣近所とはあまり連携したがらない。問題が起こっても地域ごとに温度差があることが多く、一緒に問題解決に向かうことは少ない。「だが、黄金町の場合には個別で立ち向かうには問題が大きすぎた。それに過去に麻薬の問題で連携した歴史、20年以上前から大岡川の桜まつりを一緒にやってきたこともあり、連携してこの街の将来をどうするかを考えることになりました」(NPO法人黄金町エリアマネジメントセンター事務局長・山野真悟氏)。

折りしも横浜市は横浜開港150周年イベント「開国博Y150」を控えていた時期。住民同様に行政も危機意識を持っていたのだろう、それまで住民主体だったまちづくり運動に神奈川県警本部、伊勢佐木署が加わった。そこからは一気呵成に違法風俗店への取り締まりが始まる。2004年12月には県警の機動隊が大型バス10台で来襲、一斉摘発が行われ、翌2005年1月からは24時間体制のパトロールがスタート。この猛攻に風俗店は激減した。

地域を見守る、川沿いの交番。屋根にはイセタカ君と呼ばれるハイタカのマスコットが地域に睨みをきかせている地域を見守る、川沿いの交番。屋根にはイセタカ君と呼ばれるハイタカのマスコットが地域に睨みをきかせている

再生を阻んだのはバブル時に売買された投資用物件

次の問題は摘発で空き店舗だらけになった地域の再生である。難しいのはそもそも街が荒れている上に、極端に狭い建物が多いという点。京急の高架周辺には1棟の建物を幅1間(約1.8m)ほどの間口で複数に区切った建物が並んでいるが、かつてはその1軒ずつが違法風俗店だった。2階建てで専有面積20m2ほどの建物はバブル時に流行ったワンルーム投資を想起させる。建物の作りも似ている。前述の山野氏に聞いてみると予想は大当たり。違法風俗店に使われていた建物の多くは投資用に建てられ、売買されたものだという。

「投資用に1500万円ほどで売られたと聞きました。最盛期は家賃が月額70万円ほどだったそうですから、2年もすれば元が取れる。よく売れたはずです」。

元々狭い土地に区分所有の建物が建てられたことで所有者が増え、分散、権利関係が複雑になってしまったのだ。黄金町再生にあたり、横浜市は不動産の所有者を一人ずつ探し、同意が得られれば3年間の定期借家で借りあげ、物件によってはある程度手を入れてから転貸するという方法をとっているが、2005年からの10年間で借り上げられたのは71戸。まだ100戸ほどが借りられずに残されており、これらの住戸の一部が貧困ビジネス等に利用されているケースもある。

各戸が異常に細長い建物が高架下の道路に面して続いており、初めて見る人はなんだろうと疑問に思うはず。こちらは現在、ギャラリーになっている各戸が異常に細長い建物が高架下の道路に面して続いており、初めて見る人はなんだろうと疑問に思うはず。こちらは現在、ギャラリーになっている

歓楽街が少しずつ変化、子どもの声が聞こえる街に

実際に歩いてみると、何軒かの建物には入居者募集の貼り紙が掲出されている。狭い、一部には水の出ない部屋もあるそうだが、賃料は1日3000円。それだけを見ればさほど高くないように感じられるかもしれないが、1カ月30日住めば9万円である。しかも、1戸に3人まで許容しなくてはいけない住戸もあり、そうした住戸の場合、一人で入居しても所有者の都合で知らない2人と同居することになる可能性も。所有者からすると、20m2の部屋が毎月9万円×3人、27万円を生むわけである。

もちろん、それだけ高額の賃料を払う人には払うだけの理由がある。保証人を立てる必要はおろか、本名すら言わずに済む場合もある。何らかの理由で身を隠したい人、居場所を知られたくない人には好都合というわけだ。

だが、まだ、そうした違法風俗店の名残りがあるとはいえ、ここ10年ほどで黄金町の雰囲気は大きく変わってきた。かつては行ってはいけないと言われた場所に子どもの声が響くようになり、女性が一人で歩いている姿も普通になった。次回はどのようにしてその変化が生まれて来たかを見ていく。

黄金町エリアマネジメントセンター
http://www.koganecho.net/

8月に行われた、地域の子ども達による打ち水イベント。かつての黄金町では考えられなかった風景だ8月に行われた、地域の子ども達による打ち水イベント。かつての黄金町では考えられなかった風景だ

2016年 10月02日 11時00分