「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ構想」により多様なアートの拠点が集積

大阪市住之江区の“アートのまち”として知られる北加賀屋。町の約半分の土地を所有する不動産会社、千島土地が2009年から推進する「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ(KCV)構想」により、かつての工場や倉庫、長屋などの空き物件が、次々とクリエイターやアーティストの創作拠点に生まれ変わっている。

その北加賀屋に2017年8月、ユニークな施設がオープンした。食堂やバー、商店、展示スペースが入居する「千鳥文化」だ。まずはその外観を見て欲しい。

いくつもの建物を寄せ集めたようで、その全部がひとつにつながっている。窓の位置も壁の材料もバラバラで、継ぎ目がどうなっているのかよく分からない。壁面は斜めにくねっているし、地面に対して垂直に立っているのかどうかも怪しい。

「千鳥文化」外観。上は改修オープンしたA棟、下は今後改修予定のB棟。2つはつながっており、外からは境目が分からない「千鳥文化」外観。上は改修オープンしたA棟、下は今後改修予定のB棟。2つはつながっており、外からは境目が分からない

昭和30年代につくられ、増改築を繰り返したつぎはぎだらけの建物

「千鳥文化」の前身は「千鳥文化住宅」で、名前の由来はいくら調べても分からなかったそうだ。昭和30年代の建物で、おそらくはかつてこの町にあった造船所の船大工たちの手で増改築が繰り返され、現在のような姿になった。1階道路面は近隣の労働者向けの喫茶店やバー、2階は住居として使われていたらしい。しかし、2014年に最後の住人だった92歳の女性が家族に引き取られ、ついに空き家になった。

建物を所有する千島土地の不動産部門は、当然のように解体を考えていたという。そこに待ったをかけたのが、同社社長の芝川能一さんだ。ひとびとの暮らしの痕跡を刻んだ建物は、一度壊してしまったら、もう二度と取り戻せない。つくろうとしてつくれるものではない、この建物をどう評価するか、地域のクリエイターたちに意見を聞いた。

「これはおもしろい、ぜひ残すべきだ」と活用に手を挙げたのは、北加賀屋に拠点を置く建築家集団、dot architects(以下、dot)だ。同じく共感を示してくれたクリエイティブユニットgraf代表の服部滋樹さんも加わって、「千鳥文化」活用へのプロジェクトが始まった。

「千鳥文化」A棟の道路側中央は、町に開かれたガラス張りの「アトリウム」。2階まで吹き抜けで、半透明の屋根が架けられた、半戸外のような空間だ
「千鳥文化」A棟の道路側中央は、町に開かれたガラス張りの「アトリウム」。2階まで吹き抜けで、半透明の屋根が架けられた、半戸外のような空間だ

部材のひとつひとつを実測して補強し改修。開業までに3年を要した

北加賀屋には造船所跡地を活用した「クリエイティブセンター大阪(CCO)」や、大型美術品収蔵庫「MASK」、dotが事務所を構える元工場「コーポ北加賀屋」などさまざまなクリエイティブ拠点があり、町のあちこちでシンポジウムやアートフェスタ、音楽や演劇など大小のイベントが開かれている。その一方で、地域全体を束ねる窓口がなく、イベントがないときに来訪者に提供できるコンテンツに乏しいことが課題だった。

千島土地の地域創生・社会貢献事業部部長で、千島土地が設立したおおさか創造千島財団の常務理事を兼任する北村智子さんは言う。「今、北加賀屋には約40軒のクリエイターの拠点がありますが、多くは常に一般公開しているわけではありません。ふだんはアトリエや工房に使い、イベントがあるときだけ開く。ふらりと遊びに来た人が立ち寄れる場所はほとんどありませんでした」。

そこで、「千鳥文化」には地域の交流拠点としての機能が期待された。

建物を活用するためには耐震性能も担保しなければならない。しかし、おそらくは本職の大工ですらない人々によって手造りされた建物は、どうやって建っているか分からないほど複雑な構造になっていた。そこでdotのメンバーは、ひとつひとつの部材寸法をすべて実測し、柱の足元、柱と梁の当たり方を写真に納めて番号を振っていったという。想像しただけで気が遠くなるような作業だ。

構造家からは壊したほうがいいと言われた部材もなるべく残し、新しい梁や柱、耐震壁を挿入することで補強した。新旧の柱と梁が入り交じる風景が「千鳥文化」の成り立ちを物語る。一方、壁はグレーの樹脂モルタルで塗りつぶした。タイルを貼るときの下地に使う材料だ。

活用を決めてから実測調査とコンセプトづくり、設計・施工を含め、オープンまでに約3年もの月日を費やした。かかった費用も「まるごと建て替えるのと変わらないぐらいでした」と北村さんは苦笑する。

「千鳥文化」で開かれた、ライター・編集者の林央子さんによる個人雑誌「here and there」新刊発行記念イベント。まるで縁日のように、館内各所で関係者がお店を開くという企画(写真提供:dot architects)「千鳥文化」で開かれた、ライター・編集者の林央子さんによる個人雑誌「here and there」新刊発行記念イベント。まるで縁日のように、館内各所で関係者がお店を開くという企画(写真提供:dot architects)

カフェとバー、セレクトショップ、ギャラリーを有した複合施設

「千鳥文化」の道路面は、改修によって町に開かれた。ガラス張りの吹き抜けは「アトリウム」と呼ばれ、誰もが自由に出入りできる、半ば屋外のような場所だ。廃物の寄せ集めのような椅子やベンチ、テーブルが置かれ、奥には薪ストーブも用意されている。

アトリウムの左手前にランチや軽食を提供する「食堂」、その奥に週に3日、土曜日から月曜日までオープンする「商店」がある。dotが運営するセレクトショップで、古材や古道具など、独自の視点で集めた商品が並ぶ。

アトリウム右奥には、これもdotが週末だけ開くバー。カウンターはここに元々あったものを再利用しているそうだ。dotの建築家たちが自らバーテンダーとしてシェイカーをふるう。建築家たちにとっては、日常業務では出会えない、地域のひとびととの接点でもある。

2階はおおさか創造千島財団が管理するスペースで、迷宮のように複雑に仕切られた部屋を使ってアーティストが作品を展示する「部屋プロジェクト」。現在はアーティスト・金氏徹平さんが2部屋を選んでインスタレーションを展開している。

金氏さんは前述の「MASK」にも大型作品を収蔵しており、2017年には「クリスピーな倉庫」の展示を行った。これと対をなすのが「千鳥文化」の「クリーミーな部屋」だ。今も金氏さんは「千鳥文化」を訪れるたびに作品を足したり置き換えたりしているそうで、かつての「千鳥文化住宅」同様に、月日とともに成長する、生きもののような作品だ。

(左上)食堂。カウンターでコーヒーを淹れてくれたのは、イラストレーターの望月梨絵さん。北加賀屋の噂を聞いて山形県から移住し、アトリエを構えたという(右上)商店。店内には椅子や家具のほか、トレイや弁当箱などの雑貨、雑誌類も並ぶ(左下)バー。既存のカウンターは磨いて設置し直した(右下)「部屋プロジェクト」を展開する2階。部屋の仕切りも斜めで迷路のよう(左上)食堂。カウンターでコーヒーを淹れてくれたのは、イラストレーターの望月梨絵さん。北加賀屋の噂を聞いて山形県から移住し、アトリエを構えたという(右上)商店。店内には椅子や家具のほか、トレイや弁当箱などの雑貨、雑誌類も並ぶ(左下)バー。既存のカウンターは磨いて設置し直した(右下)「部屋プロジェクト」を展開する2階。部屋の仕切りも斜めで迷路のよう

2年以内には、改修範囲を拡げ、面積を倍増して新装オープンの計画も

「千鳥文化」全体の運営に目配りする役目は、映像ディレクターの小西小多郎さんが担っている。dotと同じく「コーポ北加賀屋」に入居していることから声がかかったそうだ。

4年前から北加賀屋でギャラリーを営んでいた小西さん。1年半前に住まいもこの町に移したという。
「ギャラリーで展示をしても、それだけを目的に町に足を運んでもらうことは難しい。おいしい食事ができる場所、一休みできる場所、併せて立ち寄るおもしろいスポットが必要だと感じていました。千鳥文化でその役割を果たしたい」と語る。「今はひとりの生活者としても、この町をよりよくしたいと思うようになりました」。

「千鳥文化」には、まだ改修していない部分が残っている。改修オープン済みのA棟より広いB棟だ。「店舗向きのスペースもあるので、さらに賑わいをつくりたいところです」と小西さん。まだ具体的なスケジュールは決まっていないが、2年以内の新装オープンを目指しているそうだ。

千鳥文化 https://facebook.com/chidoribunka/

金氏徹平「クリーミーな部屋プロジェクト」。壁紙は漫画の作画用スクリーントーンをポスターにしたもの。カーペットは昭和時代の漫画に描かれた日用品をコラージュしている。彫刻の台座はかつてここにあった台所のシンク金氏徹平「クリーミーな部屋プロジェクト」。壁紙は漫画の作画用スクリーントーンをポスターにしたもの。カーペットは昭和時代の漫画に描かれた日用品をコラージュしている。彫刻の台座はかつてここにあった台所のシンク

2018年 10月26日 11時05分