"労働者のまち"だった此花区

大きな商業施設がなく、大阪市内では知名度の低い此花区。すぐそばに海があり、一昔前には港湾関係や鉄工所、町工場の労働者が住んでいたため木賃宿も多かった。そういった理由もあり、土地管理会社が広い土地を所有しており、戦後の復興の際は整備がしやすかったという。まちのあちこちに昭和20年代の雰囲気が残っていながら、整然としているのは、此花区の歴史ならではだろう。

そんな此花区をアートのまちにしようという活動が「此花アーツファーム構想」だ。代表は株式会社POS建築観察設計研究所代表の大川輝氏。昔ながらのタバコ屋を改修した「モトタバコヤ」の2階に事務所を置き、まちづくりに携わっている。1階スペースではカフェを営んでおり、住人たちが立ち寄って相談しやすい雰囲気もある。
そこで今回は、大川氏に構想について教えていただいた。

「もともと大学で都市計画を学んでおり、コンサルを経て、現在は工務店をしています。コンサル時代の2008年に此花アーツファーム構想が立ち上がり、そのご縁で今、この土地に事務所を構えています」
と大川氏。発足当時の目標は、此花区を若い人が住むまちにすることだったそうだ。

どこか懐かしい雰囲気のモトタバコヤ。「見っけ!このはな」の開催日には、今まで無関心だった地元の人が訪ねてくることもどこか懐かしい雰囲気のモトタバコヤ。「見っけ!このはな」の開催日には、今まで無関心だった地元の人が訪ねてくることも

8年で移住者が50名を越えた、此花アーツファーム構想とは

懐かしい雰囲気の街並みの此花区だが、幅広い道が整備されている懐かしい雰囲気の街並みの此花区だが、幅広い道が整備されている

空き家問題は日本各地で起きているが、此花区もご多分に漏れず、早急な対策が望まれた。幸い、土地管理会社が広い土地を有しているので連携がスムーズで、空き家の状況もわかるので、移転希望者に物件を紹介しやすいという利点がある。
此花区の魅力はなんといっても、比較的物価が低く、大阪中心部へのアクセスがいいこと。さらに昔ながらの近所づきあいが残っていることだろう。また、町並みが整理されており、道路も幅6メートルと広いので、移住者が暮らしやすい雰囲気が整っているのは大きな強み。人は、見知らぬ人が近くに寄ってくると本能的に恐怖を感じるが、道が広いとすれ違うときにも心理的な距離間が保たれ、安心感があるのだ。

そこでまず、交友関係の広い舞台監督や建築家といったキーマンを最初に誘致して活動しやすい土台を作り、「物件ツアー」や「お試し暮らし」に取り組んだ。
「物件ツアー」では、普通の不動産屋では扱わない、しかしアーティストが暮らしたくなるような、ユニークな物件を巡る。たとえば遊郭跡地や、屋上にカフェブースを設置できる物件などを紹介し、住み手と大家をつなげるのが目的だ。リノベーション可能な物件がほとんどなので、POS建築観察設計研究所が改修を請け負うことも多いという。
また、お試し暮らしは、希望者に1日から2週間程度、此花区の物件で暮らしてもらうもので、体験の後に移住してくる人も少なくないそうだ。
今年で構想の開始から8年目。移住者は50名以上、アトリエや事務所、店舗などを持つ人も100名を超えているというから、「若い人が住むまち」という目標は、達成しつつあると言っても良いかもしれない。

「活動しやすい」との口コミで集まったアーティストが多く、ウェブ系、建築家、デザイナー、ダンサーなど、ジャンルは様々。そして移住してきたアーティストにとってPRの場となるのが、年に一度のアートイベント「見っけ! このはな」だ。「お披露目」をテーマとして、オープンアトリエで作品が展示されたり、ミニコンサートやワークショップが行われたりして、毎年たくさんの人が集まる。

徐々に地元にも溶け込んで

アーティスト同士の交流は、イベント時だけではない。たとえば、毎月第二火曜日にはモトタバコヤに寄り合い、飲み会がひらかれる。また、モトタバコヤで落語会やミニライブなど、小さなイベントを開催することもあるという。風呂のない物件もあるため銭湯もにぎわっており、アーティストのアトリエでも頻繁に飲み会が開催されるから、新規住人同士の交流の場は多いのだ。

昔からの住人たちとも、徐々に交流が深まりつつあるそうだ。此花区の住民は、もともと労働のために移住して来た人が多く、新しい住人に対しても排他的な雰囲気はない。干渉してくることもなく、良い意味で無関心。「放っておいてくれる」雰囲気があるのだそうだ。しかし、大阪らしい人懐こさがないわけではない。「見っけ! このはな」で、モトタバコヤの入口を開放していると、「あんた、こんな活動しとったんか」と入ってきて、顔なじみになったりするのだとか。さらに、新規住人家族に子供ができると、近隣とのかかわりは、さらにスムーズになるという。

「活動している中でチャレンジしてみたいアイデアが生まれたとき、このまちなら実験させてもらえます。また、若いアーティストが何かに挑戦するときは、地元との橋渡しができるような土台造りがしたいと考えています。そのためには地域の広報物を作ったりして、日ごろから地元と交流しておくことが大切なのです」
と語る大川氏。その思いが実を結んでもいるのだろう。

「見っけ! このはな」ではさまざまな催しが開かれ、たくさんの人が集まる「見っけ! このはな」ではさまざまな催しが開かれ、たくさんの人が集まる

今後は子育て事業も視野に

株式会社POS建築観察設計研究所代表の大川輝氏株式会社POS建築観察設計研究所代表の大川輝氏

「此花アーツファーム構想のモットーは、地域を元気にし、生活しながら楽しく。住人たちはみな、自分たちの住むまちが好きです。アートに惹かれて欧米から移住して来た人も4人おり、デイサービスもあることから、老人もいる。住人は雑多ですが、それこそが生活ではないでしょうか。自分勝手なことをする人もいますが、問題を起こすから話し合いにもなるのです」
と、大川氏が言うように、此花区は、「生きているまち」なのだろう。現在は人気のあるまちとは言えないが、その分、新しい挑戦をしやすい雰囲気がある。

今後はもっと店舗を増やしたいという。現況では、生活ができるだけの収益をあげるのは難しいが、物件ツアーの際、「お店をしたい」という人が参加することも多いので、積極的に希望を聞いて土地管理会社とつないでいる。また、子育て世代のママさんが好むイベントを開くなど、子育て事業にも手を広げていきたいと考えているそうだ。

まだマイナーではあるが、大いなるポテンシャルを感じる此花区。このまちに集まったアーティストたちが、どんな情報発信をしてくれるか、そしてどのように発展していくか、今後の展開が楽しみだ。

2016年 11月08日 11時05分