一人親世帯で育った人たちの声を参考にサービスを組立て

右が運営に当たる山中真奈氏、左がシニア管理人関野紅子氏。山中氏はオープン以来住み込んで課題を経験、それを運営に生かしているという右が運営に当たる山中真奈氏、左がシニア管理人関野紅子氏。山中氏はオープン以来住み込んで課題を経験、それを運営に生かしているという

ここ2~3年、シングルマザーや子どもを巡るニュースが増えた。それに触発されてか、シングルマザーの支援を目的とした住まいが少しずつ登場し始めている。2017年6月にオープンしたシングルマザー向けシェアハウスMANA HOUSE上用賀(東京都世田谷区。以下、MANA HOUSE)もそのひとつ。入居者が限定されていることから、この施設には一般的なシェアハウスとは異なる点がある。

それは、働くシングルマザーの元で一人で過ごす時間が増えがちな子どもたちが寂しい思いをしないよう、できるだけハッピーに過ごせるようにと考えられたサービス、配慮があること。同物件を経営するシングルズキッズ株式会社の山中真奈氏はオープン前にひとり親家庭で育った20~40代の男女34人にアンケートを実施。何が辛かったか、その経験が自分の人生にどう影響しているかなどを聞いた。シングルマザーに聞くアンケートはあっても、そこで育った子どもたちの声を聞いた調査はないと感じたからである。

出てきた声としては「母が仕事で忙しく、ずっと一人で孤独だった」「小・中学生の頃、親と喧嘩したら逃げ場がなかった」「日本の風習を知る機会がなかった」「円満な家庭のイメージが持てず、自分の結婚生活がイメージできない」「楽しい家庭、兄弟が欲しかった」「今でも父親世代の男性が苦手」「父親がいたら進路の選択が広がったと思う」などなど。もちろん、そのうちには住む場所やサービスで解決できない点も多い。だが、できることはやるべきではないかと山中氏は考えた。

食と見守りで母親が安心して働ける環境を

子ども達がデコレーションしたクリスマスケーキ。季節ごとのイベントも頻繁に開かれている。普段手伝ってくれている人は女性が多いため、季節ごとのイベントでは男性にも手伝いをお願いしているとか子ども達がデコレーションしたクリスマスケーキ。季節ごとのイベントも頻繁に開かれている。普段手伝ってくれている人は女性が多いため、季節ごとのイベントでは男性にも手伝いをお願いしているとか

注目したのは食である。厚生労働省の平成28年度「第2回子供の貧困対策に関する有識者会議」の資料によれば、ほぼ毎日朝ご飯、晩ご飯を食べる子どものうち、朝ご飯で4割余、晩御飯で3割弱の子どもが一人で食べることがあるという。大人ですら孤食は楽しいものではないのに、子どもが一人ぼっちの家で一人きりの食事という光景を思うと心が痛む。

そこでMANA HOUSEでは平日の夜は食事を提供している(共益費に含む)。しかも1階の広いリビングは地域食堂として開放されているので、地域のひとり親世帯の人たちや同物件を応援しているサロン会員の人たちなども集まる、多世代、大人数の食卓となる。孤食をなくし、子ども達が他年代の子どもと仲良くなるだけではなく、多世代の大人との繋がりが生まれる仕組みである。月に一度は地元用賀で開催されている「ようがこども食堂」にも参加しており、ここでも子ども達は多様な人達と知り合う。

孤独を感じるのは食事時だけではない。保育園、小学校から帰宅後に子どもが一人で過ごすことがないよう、同物件には火曜日を除く平日の13時~15時には保育士・幼稚園教員として30年のキャリアを持つ関野紅子氏が、それ以降の時間はご近所に住むシニアを中心としたスタッフが夜9時まで常駐。子どもを迎え、見守る。食に加え、地域、ご近所がキーワードになっているのである。これにより、働く母親は平日の夕食の準備が不要になり、家事の負担が軽減され、夜21時までの見守りで安心して仕事に集中できるようになる。

母親の精神状況が子どもの幸福度を左右する

暮らし方のルールがまとめられており、その中には子ども達の幸せを最優先することが謳われている。それ以外でなるほどと思ったのは無理して仲良くする必要はないこと、それぞれの家庭の子育てを尊重することなど。共同で住むためにはこうしたルールも必要暮らし方のルールがまとめられており、その中には子ども達の幸せを最優先することが謳われている。それ以外でなるほどと思ったのは無理して仲良くする必要はないこと、それぞれの家庭の子育てを尊重することなど。共同で住むためにはこうしたルールも必要

だが、こうしたサービスは基本、母親がラクするためのものではないと山中氏。「ママと過ごす時間、ママの笑顔が子どもを幸せにすると考え、その時間を作ってもらうために家事を軽減できる、仕事に集中できるサービスを提供しているのです。ここは子どもたちがハッピーになれる場所を目指しているのですから」。

実際、MANA HOUSEに入居、ママの精神状態が落ち着いたことで問題行動が無くなった子どもも出てきている。「入居時には不安定だった子どもが徐々に安定し、半年後の今では生まれた頃からその子を知る人に『明るくなったね』と言われるまでになっています。帰ってきても挨拶する習慣の無かった子どもが大きな声で『ただいま』と言うようにもなりました。嬉しい変化です」。

そのママの精神的な安定は同じ境遇の人たちが集まっており、共感しあえることから生まれている。夫婦で子育てをしていてさえ、共働きの女性は仕事、育児、家事の板挟みになりがち。それをひとりで引き受け、しかも罪悪感から、自分が父親役も母親役もやらなくてはいけないと思いつめ、自分が倒れたらどうなるのだろうと不安を抱える。そんな母親の精神状況が子どもに影響を与えないはずはない。母親の気持ちが子どもを幸せにも不安にもするのである。入居の相談に来た際に泣きだす人もいるという状況を聞くと、シングルマザーの置かれた肉体的、精神的な過酷さが分かるというものだ。

今のニーズに合わない大型一戸建て利用なら空き家対策にも

独自のサービス、地域やご近所との繋がりに加え、特徴的なのは住宅としての広さだ。駅から15分ほど歩くこの辺りは一戸建て中心のエリアで、MANA HOUSEもそのうちの1軒。当初は通勤時間が短縮できる都心でやろうと考え、港区、渋谷区で探していたが、広さと賃料が障壁となり、最終的には世田谷区になったという。

建物は一戸建てで1階に地域のサロンとしてレンタルしている10畳の和室、20数畳ほどのLDK、さらに6畳1室と管理人室としている8畳の和室、浴室などの水回りがあり、2階には10畳2室、7.5畳2室に7.8畳1室、さらにダイニングキッチン、浴室・シャワーブースや洗面所・トイレなど。不動産広告的に言うと8LDK以上になる。親子3人で入居している家族もあるが、それでも10畳の部屋ならさほど狭さを感じることはないだろう。

これほど広いのはオーナーが営む製薬会社の事務所、工場なども兼ねていたためで、庭にはそのための建物もあった。ただ、現在の一般的な家族構成からすると住宅として広すぎたためか、当初想定した家賃ではなかなか決まらなかったとか。

歩いてみると周辺には空いているとみられる一戸建ても多く、山中氏はいずれは近くにもう1棟、作りたいと考えている。大きすぎる空き家は使いにくいと言われがちだが、シェアハウスであれば広くても可。上手に使えば地域の空き家対策にもなるはずだが、問題はシェアハウス利用は不動産会社に断られがちという点。山中氏はオーナーに直接アタックすることでなんとかしたいと、地域の活動に参加、いろいろなつてを探しているという。

ゆとりのある広さが特徴のひとつ。左上から時計回りに2階の水回り、2階のキッチン、外観に10畳の個室。家具はついていない。この部屋はたまたま前入居者の家具が置かれていた。いずれの個室も窓があり、明るいゆとりのある広さが特徴のひとつ。左上から時計回りに2階の水回り、2階のキッチン、外観に10畳の個室。家具はついていない。この部屋はたまたま前入居者の家具が置かれていた。いずれの個室も窓があり、明るい

貧困以外にもシングルマザーは問題を抱えている

改装工事費用をクラウドファンディングで集めるなど、あの手この手の経営努力をし、軌道に乗せつつある。一方で庭が売りに出ているなど新たな問題も生じており、経営は安易な気持ちでは始められないことが分かる改装工事費用をクラウドファンディングで集めるなど、あの手この手の経営努力をし、軌道に乗せつつある。一方で庭が売りに出ているなど新たな問題も生じており、経営は安易な気持ちでは始められないことが分かる

オープンから約1年。メディアに取り上げられることもあるMANA HOUSEにはシングルマザー向けシェアハウスを作りたいという人が多く相談にやってくる。だが「かわいそう」だけで始めてはダメと山中氏は厳しい。「かわいそうな子のために頑張ってあげていると考えると疲れてしまう。また自分の子どもの頃の辛さを支援対象に投影しても、自分の辛さが消えるわけではありません。前述のアンケートでは母に感謝している、人の痛みが分かるようになったと一人親家庭で育ったことを肯定的にとらえる声も多く、かわいそうと決めつけるのは偏見かもしれません」。

日本では社会問題解決のための福祉的な取組みとなると収益度外視の計画をする人が少なくない。だが、適正な収益を上げ続けなければビジネスは続けられない。一方的なかわいそうで始めて、すぐに施設、サービスが潰れるのは逆に迷惑な話である。

山中氏の場合は収益を確保するため、シングルマザーのうちでも比較的年収が高めで、これまで支援とは無縁だった層を対象にした。「都心近くでは収入が少なく、公的支援が必要な層以外に、働いていて金銭的にはやっていけているものの子育てに支援が必要な人達がいます。MANA HOUSEではシングルマザーが抱える貧困以外の問題解決を目指して、今のサービスを構築しました。賃料、共益費を合わせると、他のシングルマザー向けシェアハウスよりはかなり高くなりますが、6室中5室が決まっている状況を考えるとニーズはあったと。ただ、これを地方で展開するのは難しいだろうなと思っています」。

都市ならではのシングルマザー支援の新しいあり方というわけである。

2018年 02月21日 11時04分