空き家を利用、移住前お試し住宅が誕生

徳島市から車で40分ほど。鮎喰川(あくいがわ)沿いに広がる神山町は2010年以降、IT系企業のサテライトオフィス進出が相次ぎ、移住希望者にも人気のまちとなっている。だが、住みたい人は数多いものの、住宅がない。町には不動産会社がないため、ふらっと来て探せるわけではない。2017年12月1日現在で人口5500人弱の小さな町では、都会でのように「隣は何する人ぞ」的な関係はあり得ず、顔の見える関係が基本となる。となると、空き家はあってもそれを借りる、買うためには互いの相性を見定める必要がある。そのための滞在場所として整備されたのが「すみはじめ住宅」である。

具体的には空き家を改修したシェアハウスで、2017年6月に1軒目が誕生し、すでに4人が居住している。堂々としたこの地域独自の石積みの擁壁の奥に建つ古民家で、20年ほど空いていた建物だという。改修前には北側の床の一部が抜けていたり、裏山の樹木が鬱蒼と影を落とすなどしていたそうだが、リノベーションで再生。杉は造園土木科のある地元の県立城西高校神山分校の生徒たちが伐採、日当たりを蘇らせた。

今後、町内の7地区に1軒ずつ整備する予定で、すでに2軒目が建設中。こちらは商店街立地で1階に店舗の入った併用住宅の改修。場所に合わせて様々なタイプの住宅を用意していく予定だ。

町の人口を増やす神山町の住まいづくりの2本の柱として行われているのが民家改修と町営住宅建設。写真は民家改修の第一号物件町の人口を増やす神山町の住まいづくりの2本の柱として行われているのが民家改修と町営住宅建設。写真は民家改修の第一号物件

職人が学ぶ、住民がリノベーションに触れる場としても活用

1階の広間とキッチン。建具などは元々あったものを利用しているそうで、既存の住宅の質の高さが伺える1階の広間とキッチン。建具などは元々あったものを利用しているそうで、既存の住宅の質の高さが伺える

シェアハウスの内部を見せていただくと1階にはキッチンと水回り、広間、洋間があり、2階は洋室、和室がある。想定される居住期間は3ヶ月から1年半。地域とのお見合い期間とも言える。1階に作られた、地域の人にも開放された広間は交流を生むための場でもあり、ここで少しずつ距離を縮めて行くことが期待されている。

改修に当たったのは地元の、特に若手の職人。「大工はもちろん、それ以外の職人もすべて地元の若手にお願いしました。町内の職人の大半は親方と一緒の仕事が多く、建築家と協働する機会はあまりありません。今後、町の社会資本となるような住宅を建てていってもらうためにはきちんと構造計算が分かるなど、これからの時代に合わせた仕事ができるようになっていただきたい。『すみはじめ住宅』はそのために、職人が学んだり、経験する場になればと考えています」(神山町つなぐ公社すまいづくり担当・赤尾苑香氏)

「すみはじめ住宅」には地元の人たちにもっとリノベーションに触れてもらう場という意味もある。町内にはサテライトオフィスや移住者が営業するレストランその他、空き家を利用した建物があるが、すべての町民がそれらの建物を目にしているわけではない。だが、町内各地区にリノベーション事例があるとなれば、空き家に対する見方は変わるだろうし、住宅は手を入れれば長く使えることも自然に感じられるようになるはず。その結果、空き家を活用しようと思う人が増えれば、移住希望者を受け入れることができるようにもなるだろう。

移住者と町民の相互理解を大事にする

町内には移住者のオフィスや店舗などが点在している。写真はえんがわのあるオフィスとして有名なIT企業のサテライトオフィス町内には移住者のオフィスや店舗などが点在している。写真はえんがわのあるオフィスとして有名なIT企業のサテライトオフィス

もうひとつ、地元の人たちの意識を変えようと試みられていることがある。それが町民のための町内バスツアーである。「川沿いの細長い町で各地区が離れていることもあって、同じ町内に住んでいても他の地区を知らない、テレビで町の変化を見たことはあっても行ったことがないという例が少なくありません。そこで、町民を連れて町内のあちこちを案内するツアーを始めました」(神山町総務課主事・馬場達郎氏)

当初は月1回の予定で始めたが、想像以上の好評ぶりに2017年11月には3回も開催。2016年10月に開始以来、2017年12月8日の時点で22回を数えた。1回の定員が10数人というから、すでに267人。町の人口の約5%が参加した計算になる。

「最初、バスに乗る時には『テレビでは見たけれど、最近の神山はよう分からん』と言っていた人が1日町内を巡り、移住してきた人やここで働いている人と話をして帰ってくると俄然、反応が変わります。町の変化を理解、自慢に思うようになるのです。考えてみると5年前、移住者が増え始めた頃には『移住者などいらん』という人がいましたが、それは移住者が何をやっている人か、どんな仕事をしている人かが分からなかったため。自分の町のことを知らないのは居心地が悪いことですから」。

自分のまちを知る努力、伝える工夫

馬場氏はごく当たり前のように「自分の町のことを知らないのは居心地が悪い」と口にしたが、私の知る範囲では、そうは思わない公務員も少なからずいる。特に都会では勤務する自治体に居住していない人も多く、役所の中しか知らない人もいるようだ。

馬場氏はこのツアーをやることで自身も人間関係が広がり、多くの取組みを深く知ることができるようになったと語るが、そうした自分のまちを知ろうとする努力、知ってもらおうとする努力が神山町で移住がうまく行っている要因のひとつではないかと思った。移住してきた見知らぬ人に向ける不審の目を温かいものにするためには互いを知ることが第一歩だからである。

神山町では現在、町に戻ってくる人、住んでいる人を対象にした集合住宅建設も行われているが、そこでも伝える努力、工夫が行われている。毎月1回、集合住宅プロジェクトの実務スタッフが手書きで「集合住宅だより」なる新聞を作り、回覧板を利用して全戸に配布しているのである。

しかも、見せていただくと、小学生にも読めるようにと全ての漢字にふりがなが振られている。「今回の集合住宅は町の一大プロジェクト。大きなお金をかけていますし、これまで常識とされていたことと異なるやり方が多く取り入れられています。建築工事は大きなお金がかかるものの、専門的で理解されにくく、全体像が見えにくいところもあります。でも、工事にはたくさんの人の想いや技術があるので、それらを理解していただき、みんなの資産と思ってもらえるよう、情報発信は大事にしたいと考えています」

建設中の町営住宅の進捗状況、背景や思いなどを伝えるための新聞。子どもにも読めるよう、漢字にはすべてふりがなが振られている。関係者の似顔絵入りで親しみやすさも建設中の町営住宅の進捗状況、背景や思いなどを伝えるための新聞。子どもにも読めるよう、漢字にはすべてふりがなが振られている。関係者の似顔絵入りで親しみやすさも

移住者にまちの将来に繋がる多様性を見る

すみはじめ住宅、町営住宅を案内していただいた左から神山町総務課の馬場達郎氏、北山敬典氏、町と協働する神山つなぐ公社の高田友美氏、赤尾苑香氏すみはじめ住宅、町営住宅を案内していただいた左から神山町総務課の馬場達郎氏、北山敬典氏、町と協働する神山つなぐ公社の高田友美氏、赤尾苑香氏

行政サイドからの「知ってもらおう、伝えよう」という試みが功を奏しているのだろう。何人か話をした町の人たちが移住者に町の将来に繋がる多様性を見ているのが印象的だった。

かつて町で仕事といえば役場に勤めるか、農協の職員になるかなどの選択しかなかった。そのどちらかに就けなければ、外に仕事を求めるしかない。しかし、今、神山では様々なIT系企業がオフィスを構え、仕事のやり方、内容は多様。移住者が小学校で出前授業としてドローン教室を開くなど最先端の仕事に触れるチャンスもある。その中で育つ子ども達は社会にはかつての二択以上の選択肢があることを知っている。外に求めずとも町内で新しい仕事が生まれる可能性も知っている。その意識が将来、町を変えてくれるのではと期待されているのである。

「中学生の子どもを持つお母さんが町内バスツアーに参加。若い移住者が頑張っていることに刺激を受けたそうで、将来はまちを出て行きたがっているらしい子どもに『神山はいいところだし、可能性がある』と伝えたいとおっしゃる。ツアーをやって良かったと思いました」。

ツアーに協力する移住者も町民からの期待は嬉しいはず。もちろん、こうした努力だけが移住者やサテライトオフィス利用者を惹きつけているわけではないだろう。だが、目に見えないものの大きな力になっていることは間違いない。今後、すみはじめ住宅が町の各地区に生まれることが町にさらなる可能性をもたらすことを期待したい。

2018年 01月29日 11時04分