自立のためには住まいと仕事が必須
かつて読んだシングルマザーを含む女性の貧困に関する文章の中でひとつ、深く頷いた記述がある。
「日本の貧困対策で根本的に抜けているのは住まいと仕事を同時にケアする仕組みがないこと。唯一、それを行っているのは風俗で、だから、多くの女性は風俗で働く選択をせざるを得ないのだ」というような内容だった。風俗で寮が用意されていれば、一般の賃貸住宅のように住民票その他書類を揃えなくても、初期費用を用意しなくても住む場所が確保でき、働き始めたらすぐお金が入る。住まいも仕事もなく途方に暮れている女性のニーズを実によく考えた仕組みなのである。
日本では住宅がないと仕事に就くのが難しい。携帯電話の契約もできないし、生活保護の現場では住所がないと受けられませんと断りの口実に使われることもある(実際には住所はなくても申請可能)。また、仕事がなければ住宅は借りにくく、住む場所がなければDV夫の元から出ることも難しい。最低限の自立のためには住まいと仕事を同時になんとかする必要があるのだ。だが、これまで風俗以外ではそこを支援する仕組みはなかった。
そんな状況の中、ようやく誕生したのが名古屋市にある株式会社リンクリンクが経営するシングルマザーの自立支援シェアハウス「パークリンク米野」である。
リンクリンクは自らもシングルマザーである大津たまみ氏が2016年6月に設立した。同年2月に行われた「みんなの夢AWARD」という夢を語り、応援するというイベントで「母子家庭に住まいと仕事を提供したい」という大津氏のプランがグランプリを受賞。それがきっかけになった。
シングルマザーが作ったシングルマザーのためのシェアハウス
大津氏は離婚後、生活のために求職活動を始めたが、待っていたのは母子家庭というだけでどこも雇ってくれないという厳しい現実。シングルマザーに対する世間の信用の無さが身に染みた。「働く場所がないから、自分で作るしかない」。そう考えて起業を決意。2016年時点では女性の起業を応援し、サポートする会社を含めて4社を経営していた。
そんな折、シングルマザーになった時に9歳だった子どもが成人を迎えた。親としての勤めは一段落というわけだが、やり残したことがあると大津氏は思ったそうだ。それがあの時、寂しい思いをさせた息子同様に、今、世の中で寂しい思いをしているシングルマザーの子どもを笑顔にしたいという夢である。
「みんなの夢AWARD」グランプリという後押しを得て、最初のシェアハウスが誕生したのは2016年11月。夢を語ってからたったの9ヶ月での実現である。場所は名古屋駅徒歩圏。利便性の高い場所は家賃が高い、もっと安い場所で始めれば良いのにという非難めいた声もあったそうだが、利便性が高い駅近くなら仕事も多く、通勤に時間がかならないため、子どもと過ごす時間が増えるという判断だという。
シェアハウス用に建設されていたが入居者がいない状態で空き家いなっていたもので、1階に広いリビングと風呂、洗面所などの水回りがあり、2階に5室。数ヶ月で満室になり、空き待ちが出たことから、2017年10月には2棟目も誕生した。
離婚するまでの辛い時期も住まいで支援
家賃その他だが、礼金、敷金、仲介手数料はなく、初月は家賃も、掃除・洗濯、子どもの世話や宅配の食事利用などの生活支援金も含めて無料。家賃には水道光熱費、Wi-Fi使用料、ゴミ袋やトイレットペーパーなどの共用部消耗品なども含まれており、仕事がなく、身ひとつでもなんとかなる。「これで救われるのはプレシングルマザー」とリンクリンク副代表の神朋代氏。
世はシングルマザーの大変さとして離婚後ばかりを取り上げるが、実は離婚するまでにも困難がある。「DVがあれば行政の支援がありますが、夫の浮気、金銭的問題その他が原因の場合、お金も仕事もなく出て行けないために、離婚するまで夫と暮らし続けなくてはいけないこともしばしば。そんなプレシングルマザーからの相談が少なくありません」。
だが、ラクそうに見えるのは初月だけ。2ヶ月目からは家賃、生活支援金が発生し、5万円~の支払いが必要。これは最初は仕事のない状態でも、早い時期にリンクリンクからの就職あっせん・紹介や研修などを経て仕事を見つけることが前提になっているため。仕事が見つかり、正社員になるなどして自立への目途がついたら退去という運びになる。
すでに、離婚後に名古屋に来て派遣から正社員になり、半年勤務した後に賃貸住宅が借りられるようになって退去した人など、卒業していく例も出ている。ここは離婚直後の大変な時期に心、身体を休め、自立するまでを支援する場であり、住み続ける場ではない。最近は保育所併設のシングルマザー向けシェアハウスもあるが、同社では卒業していくことを前提としているため、一般の保育所を利用してもらっている。個人差はあっても、最長2年で自立が目標で、それを促すため、2年経つと家賃は相場並みまであがる設定だ。
また、離婚を推奨しているわけではなく、ここでしばらく夫と距離を置いた後、やはりもう一度やり直すという形で卒業していった例もある。離婚前、離婚後いずれの場合も支援するシェアハウスなのである。
当事者同士が助け合うことで精神的にも救い
住まいを提供、就職を支援するだけでなく、住んでいる母子が快適に暮らせるよう、ソフトのサービスも充実している。週に二度はおばあちゃん世代の女性が清掃に来て、子どもたちの面倒も見てくれるし、クリスマスなどのイベントも行われている。近くにある愛知大学の学生たちが勉強を見てくれることもある。また、仕事から帰ってきて子どもと過ごす時間を長く取れるようにと、平日は食事の宅配サービスを利用できる。
こうしたサービスに「甘やかし過ぎている」という声もあるそうだが、神氏はサービスは親のためではなく、子ども達のためという。「父親を知らずに育って男性を怖がるようにならないため、大学生と接することで大学進学という道を知るようになるためといろいろ目的はありますが、様々な年代、職業、性別の人と触れ合って社会の多様性を実感してほしいと思っています」。
母親にとっては離婚当事者が集まることで精神的に支え合う結果になっている。「実家に帰っても親から『世間体が悪い』『我慢が足りない』などと責められる例を聞きますが、ここでなら理解してもらえる。しばらくシェアハウスで気持ちを落ち着けてから実家に帰る例などもあります」。
当事者同士という点では大津氏以下、スタッフもシングルマザーという点が大きい。子どもの成長に応じてどんな問題が起こりうるか、お金がいつ、いくらかかるかその他、母親の悩み事に実体験から応じられるのである。加えて大津氏がシングルマザーのロールモデルとなっていることも指摘したい。世の中では母子家庭=貧困と決めつける風潮があるが、そこから抜け出し、社会のためにと働き、尊敬されている人がいる。そうした存在があることを知るだけでも自立しようという気持ちが奮い立つはずである。
働く女性、貧困に陥る人に優しい施策を
運営は様々な企業や個人のサポーターからの支援で成り立っている。金銭的援助だけではなく、物品で、イベントの手伝いで、母親たちのスキルアップの手助けでと支援のやり方は多様。シングルマザーだった人達や関係者のサポートもある。また、支援企業からはシングルマザーの求人依頼もあるという。
「シェアハウスに入居している人のうち、7割は無職あるいは非正規雇用。長く働いていなかったから不安という人もいます。でも、子どものために働きたい、自立したいという強い意志があるので、人材不足の今、得難い戦力になってくれるのではと思います」。
支援してくれる企業の場合、保育園が決まるまで待ってくれたり、就職が決まっていると保育所宛ての文書を出してくれたりと働きやすいよう配慮してくれるというが、社会全般としてはまだまだ働く女性に理解がないと神氏。
「6時の保育園お迎えを前提にすると仕事は限られますし、小学生がいるとイベント参加、授業参観その他でまる一日休まざるを得ないことがしばしば。シングル、共働きに関わらず、そのために非正規雇用に甘んじている人もいます」。
また、貧困家庭への助成は使い勝手が悪すぎるとも。大半の助成は6月に年収が決まってからになるため、後から支払われることもある。プレシングルマザーの場合、世帯年収で保育料が決まるため、月額5万円など払えないような金額になることもあるそうだ。いずれ助成する金額を少し前倒しにすることで、貧困から自立へ歩み出す人が増えるのであれば惜しむところではないと思うが、為政者はどう考えているのだろう。何かを無料にするような目立つ施策より、小さな配慮が成果を出すこともあるはずだ。
2017年 12月19日 11時05分