建築・保育・シェアハウス運営のプロが結集し、2012年に誕生

ペアレンティングホームを企画する秋山さん(右)と、ペアレンティングホームを管理する細山さん(左)ペアレンティングホームを企画する秋山さん(右)と、ペアレンティングホームを管理する細山さん(左)

離婚の増加と未婚率の上昇にともない、全国のシングルマザーは増加の一途をたどっている。総務省統計研修所の調査によれば、2010年のシングルマザーの数は108万人。こうした1人親世帯では、さまざまな困難に直面しながら、仕事と育児の両立を目指して孤軍奮闘しているのが実情だ。
子育て中のシングルマザーが、助け合って暮らせる住まいが作れないものか――そんな発想から、2012年3月、川崎市にユニークな賃貸物件が誕生した。シングルマザー専用シェアハウスとしては国内初となる、『ペアレンティングホーム高津』だ。設立者の1人である一級建築士・秋山怜史氏はこう語る。
「日本では、仕事と育児の両立は大変困難な状況にあります。このため、出産後にキャリアアップをあきらめたり、キャリアアップのために出産をあきらめたりする女性も少なくない。仕事と育児の両立が可能な社会を作るために、設計事務所として何ができるのか――そう考えていた矢先、たまたま知り合ったのが、自らもシングルマザーとして子育てと仕事を両立させてきた経験を持つ、保育園経営者の石尾ひとみさんでした。さらに、シェアハウスの運営を手がける内野匡裕さんとランドデザイナーの豊田浩司さんも加わり、ペアレンティングホームのプロジェクトを立ち上げることになったのです」

週2回のチャイルドケア・サービスで、ゆとりある生活を実現

共用スペースのリビングダイニング共用スペースのリビングダイニング

ペアレンティングホーム高津は、8つの個室とリビングダイニング、キッチン、洗面所、風呂・シャワー室などの共用スペースからなる。現在、入居しているのは20代後半~40代前半のシングルマザー8名と、1歳児から小学校3年生までの子供9名。家賃は6万5000円~7万円で、この他に月々2万5000円の共益費がかかる。共益費に含まれるのは、水道光熱費やインターネット接続料、チャイルドケアの費用など。このチャイルドケア・サービスが、ペアレンティングホームの最大の目玉となっている。
チャイルドケア・サービスが提供されるのは、毎週2回、夕方5時から夜9時までの4時間。専門の研修を受けたチャイルドケア・シッターが来訪し、子供の見守り保育や、玄米菜食による夕食作り、育児相談などを行っている。
「仕事と育児に忙殺されているシングルマザーも、チャイルドケアの時間だけは、ホッと一息つくことができる。その時間を利用して、部屋の掃除や洗濯をすませたり、持ち帰った仕事をこなしたりする方もいらっしゃいます。毎回決まったケアシッターが訪問するので、仕事や育児の相談にも乗ってもらえる。今では、ホームの“お母さん”的な存在になっているようです」
ペアレンティングホームの管理を行う株式会社ストーンズ取締役社長・細山勝紀氏は、こう語る。

入居の動機は「豊かな子育て環境」と「キャリアアップ」

入居者の要望により導入したリビングのマット入居者の要望により導入したリビングのマット

シングルマザー専用のシェアハウスといっても、ペアレンティングホームは、いわゆる「駆け込み寺」的な福祉施設とは異なる。入居者は一定の収入がある女性に限定され、子育てと仕事を楽しく両立させながらキャリアアップを図りたい、と考える人が大半を占めるという。
「シングルマザーに対する行政の支援もあるにはあるのですが、いざ仕事と育児を両立させようとすると、さまざまな壁に突き当たる。同じ立場の女性たちと助け合い、仕事でキャリアアップしながら、より充実した豊かな環境で子育てをしたい――そんな動機で入居される方が多いですね」(細山氏)
とはいうものの、そこは教育方針も生活習慣も違う他人同士。長く一緒に生活していれば、行き違いや摩擦が起こることもある。そこで運営スタッフは、入居者からのメール相談や座談会を通じてヒアリングを行い、問題の解決を図っている。
「リビングと居住スペースとの間に防音用のドアを付けてほしい、子供たちの食べこぼしを清掃しやすいマットを敷いてほしいなど、入居者からはさまざまな要望が寄せられます。時には、『自分の子供をリビングに放ったらかしにしたまま自室にこもり、他のお母さんに面倒を見させるのはおかしい』と、不満が出たことも。そんなときは、座談会を開いてじっくり話し合い、皆が気持ちよく共同生活を送るためのルール作りを行っています」

子供たちのコミュ力がアップ!共同生活で培われる「住育」の効果

玄関の黒板には子供たちからのメッセージが玄関の黒板には子供たちからのメッセージが

このように、シェアハウスでの生活にはそれなりの気遣いと工夫が必要だ。だが、多少のマイナス面を差し引いても、1人親世帯が共同生活によって得るメリットは少なくない。
最大のメリットは、同じ立場の母親同士が、協力しながら子育てできるという点だ。たとえば、残業で遅くなりそうな時は、他の入居者に頼んで、代わりに保育園に子供を迎えに行ってもらう。また、他のお母さんに子供を預けて、ちょっとそこまで買い物に出かけることも。同じ悩みを持つシングルマザー同士、ギブ・アンド・テイクで支え合いながら、仕事と育児を両立するために必要なサポートを得ることができるのだ。
共同生活のメリットは、それだけではない。近年、住まいを通じて子供の健全な成長を促す「住育」が注目されているが、この点でも、ペアレンティングホームは成果を上げている。
「ここでは、子供たちは家の中で“兄弟姉妹”のように育ちます。時には喧嘩もし、たくさんの大人に見守られながら、子供たちは遊びを通じて社会性を育み、コミュニケーション力を磨いていく。それが、子供たちの成長にもたらすプラスの影響ははかり知れません」(細山氏)

商店街の空き店舗を利用し、ペアレンティングタウンを作る構想も

こうした中、ペアレンティングホームへの期待は日増しに高まっている。オープンから1年半の間に寄せられた問い合わせは、メールだけで150件以上。その理由としては、シェアハウス自体に対する認知度が高まっていることも大きい、と秋山氏は語る。
「今、シェアハウスが注目されている背景には、個人があまりにも社会から隔絶されてしまったことへの反動があるように思います。人類の歴史の中でも、ここまで個人が孤立している時代はなかったのではないか。それに対する揺り戻しが、シェアハウスへの関心につながっているように感じます」(秋山氏)
今年10月1日には、第2号となる『ペアレンティングホーム二子』がオープン。さらに、港区や世田谷区など、都心での開設を求める声も高まっているという。
「今後は家族型、多世代型など、子育てをコンセプトとしたシェアハウスを増やしていきたい」と細山氏。「シャッター街の空き店舗を利用して、商店街を丸ごとペアレンティングタウンにできないか、と考えています」と、秋山氏も意気込みを語る。
かつて日本の子供たちは、近所の人々と深く関わりながら、生きる知恵を学び、社会人としてのルールを学んでいった。しかし、都市化で”ご近所づきあい”が失われた結果、子供たちは地域から切り離され、周囲の大人たちに対する警戒心を強めているように思える。
実際にペアレンティングホームを訪ねてみて感じたのは、子供たちがとてもオープンで明るいということだった。ここには、日本の子供たちを豊かに育んできた「ご近所」がある。シェアハウスという住まいのあり方は、地域の”子育て力”を再生するという点でも、大きな可能性を秘めているといえそうだ。

2013年 09月24日 10時02分