独特な雰囲気と良好な人間関係が人気の大森ロッヂ

敷地入口。雰囲気は伝えるが、視線は遮る大和塀が印象的な外観敷地入口。雰囲気は伝えるが、視線は遮る大和塀が印象的な外観

コミュニティ賃貸という言葉が普及しつつある。緩やかな人間関係のある賃貸住宅というほどの意味だろうか。その先駆けとなったのが昭和の趣を生かし、築40年以上の長屋、一戸建てを順次改装して生まれた大森ロッヂ(京浜急行大森町)である。雰囲気のある大和塀に囲まれた敷地内には入居者の共用空間として使える東屋、ギャラリー、広場などがあり、こうしたスペースは四季折々に入居者が主催してのイベントの舞台になる。敷地内を開放してのイベントには入居者の友人たちなどが集まり、多い時には数十人以上になることもあるほど。良好な人間関係が育まれていることが分かるというものだ。

敷地、建物のレトロでほっとする雰囲気に加え、こうした気持ちの良いコミュニティがあることが人気を呼び、長らく満室状態が続く大森ロッヂに2015年6月、新しい建物が完成した。それが木造3階建て、2戸の店舗付き賃貸住宅からなる「運ぶ家」である。ちょっと変わったネーミングの由来は大森ロッヂに新しい風を運ぶのはもちろん、「夢を運ぶ」「足を運ぶ」「コトを運ぶ」など各種の「運ぶ」意味を重ね合わせ、かつ、独特の建物形状が箱舟を思わせることから、はこぶねの音感も意識したものとか。もちろん、大森ロッヂのことである。ネーミングだけが変わっているわけはない。他にない仕組み、仕掛けについてご紹介していこう。

入居者、建築家、大家が一緒になって計画を進行

新しく作られた「運ぶ家」を正面から見たところ。2階部分は柱が見えているものの、壁はずいぶんと奥まったところにある新しく作られた「運ぶ家」を正面から見たところ。2階部分は柱が見えているものの、壁はずいぶんと奥まったところにある

普通の賃貸住宅では所有者と入居者が出会うのは建物ができてから。早くても工事中だが、「運ぶ家」では建物の詳細以前にまず、入居者が決まり、その後、施主、設計者、2組の入居者の4者で計画が進められた。最近では入居者の好みに合わせてリノベーションを行うような試みはあるが、更地の段階から入居者が加わって対等な立場で建物を作り上げていくというケースはほぼ初めてだろうと思う。入居者にとっては借りる家ではあるものの、まるで我が家を建てるかのように楽しく感じられたであろうことは想像に難くない。自分たちのやりたい店のイメージに合わせて作られた店舗であれば、やる気も価値も層倍だろうなあとも思う。

この方法についてオーナーである矢野一郎さんは見学会時に配られた資料の中で以下のように思いを書いていらっしゃる。

「『買う』か『借りる』かの二元論を超える住まいのあり方を提案しています。入居者、施主、設計者が計画当初よりプロジェクトに当事者として参加することにより、入居者と施主が実現したいことを互いによく理解することができます。賃貸借契約上の賃借人という立場であっても新築の理想の住まいや店舗を得る可能性を、また賃貸人の立場からは単なる賃借人の確保ではなく、その事業のよき理解者を得る可能性を示すものと思います。竣工後も、入居者と施主が互いによきパートナーとして協力していけるものと感じています」。

借りる人と貸す人を対立関係ではなく、パートナーと位置づけて協働するという考え。こうした考えが広まってくれば、住宅の選択肢が広がるのはもちろん、暮らしはもっと自由になるのではないだろうか。

「この空間が好き」という人たちが集まる気持ちいいコミュニティ

実際の店舗は羽釜で炊いたご飯で作られたおにぎり定食をメインに出す食堂と、鞄職人さんのショップ兼カフェとなっており、広さは変わらないものの、店内の作りはそれぞれ異なる。食堂はおくどさん(京都弁でかまどのこと)を思わすタイル貼りのカウンターが印象的。店主の好みだという民芸品が似合う空間だが、ギャラリーはコンクリートの内装がきりりとした雰囲気だ。15畳ほどのコンパクトな店なのに、それでも十分、店主の個性が感じられるのが面白い。

ちなみに食堂店主はこの建物を設計した建築設計事務所の関係者、鞄職人さんは元々大森ロッヂに入居を希望されていた人と、いずれも大森ロッヂをよく知っていた人たち。今回の店舗付き住宅に限らず、大森ロッヂ入居者は偶然にこの物件を見つけたという人ではなく、入居者やその友人などを介して大森ロッヂを以前から知っており、空きが出たら入りたいと思っていたという人たちが少なくない。大森ロッヂでは季節ごとにイベントが開かれ、少なからぬ人が訪れていると書いたが、そうした人たちが大森ロッヂファンになり、その中で入居者が決まっていく。そんな循環が生まれているのである。

この循環の良いところは、同じ空間が好きな人が集まるということ。当然、仲良くなりやすいし、環境をよく保とうと自然に思う。誰かに言われなくてもゴミは捨てないし、互いに気持ちよく暮らそうとする。居心地が良い暮らしは好きという気持ちからというわけだ。

上は敷地内の中庭、路地。下は「運ぶ家」の住居部分で左が3階にあるリビング、右は2階の和室上は敷地内の中庭、路地。下は「運ぶ家」の住居部分で左が3階にあるリビング、右は2階の和室

1階が3階を支える不思議な構造、外観

2階のルーフテラス。高さが異なるので路上の人と目が会うことはなく、意外に周辺からの目も気にならない2階のルーフテラス。高さが異なるので路上の人と目が会うことはなく、意外に周辺からの目も気にならない

建物そのものも変わっている。3階建てで1階に店舗、2階、3階が住戸となっているのだが、注目は2階部分。ぱっと見ると1階の上に高床式住居が載っているというか、御神輿が載っているというか……。2階は住戸部分が少なく、3方にルーフテラスが設けられているのである。普通だったら、貸す面積を増やして収益を上げたいと、テラスではなく住戸にしてしまいそうなものだが、ここでは既存の建物との調和、地域との繋がりが優先された。もし、テラスがなく、普通の3階建ての建物だったとしたら、周囲に圧迫感を与える存在になったことだろう。

住戸へは店舗裏手の玄関を利用することになっており、2階には5畳ほどの部屋。1戸は和室となっており、客間として使うそうだ。もう1戸はアトリエになる予定とのことで、ここにも住む人の要望が反映されている。

ルーフテラスには2階から出る。今の段階では手すりなどはなく、周囲に細いワイヤーが張られただけの空間だが、子どもが利用する時などにはネットを張るなどの配慮も考えているとか。上がらせてもらうと、3階を支える木の柱はあるものの、あとは本当にすこんと開放的。デッキチェアやハンモックでだらだらするにはなんとも楽しそうだ。道行く人の視線や周囲の建物との見合いもほとんど気にならない。だが、道行く人は妙な外観が気になるようで、大半の人は不思議そうに見上げて通る。建物自体が良い広告になっているようだ。

敷地内の広場も緑を添えて整備

新しく整備された広場。これまでもイベントなどに使われていたが、今後はもっと使いやすくなることだろう新しく整備された広場。これまでもイベントなどに使われていたが、今後はもっと使いやすくなることだろう

大森ロッヂが建つエリアは準防火地域で、防火性能の高い建物を建てる必要があるのだが、そこでこの妙な形の木造建築物を可能にしたのは燃え代設計というやり方。簡単に言えば表面が燃えても、強度を保ち続けるように太い柱、厚みのある材を使うという考え方で、それが2階でむき出しになっている150角(150ミリ×150ミリ)の柱。ただ、考え方としてはあるものの、まだあまり一般的ではないせいか、この建物を認めてもらうにはいろいろと苦労もあったようだ。

3階は約14畳強のLDKになっており、その上には4畳ほどのロフトも。間取りでいえば1LDK+ロフトということになるのだろうか。コンパクトながら、フロアが別れていることから空間を分けて使え、一戸建て気分も味わえる。個人的にはモノの配置などのセンスの良さにちょっとため息。床や手すりなどの木の質感も好もしい。

もうひとつ、今回は敷地内の広場も整備された。ここは夏祭りや新酒ワイン、ピザの会などのイベントの会場になる場所で、5.4m×5.4mのタタキが作られ、より使いやすい形に。「運ぶ家」その他の敷地内同様に植栽されている。大森ロッヂではそこここに緑が配されており、それが独特の雰囲気に繋がっているのだが、広場であっても手を抜かない徹底ぶりはお見事。敷地内に入ると、他の場所と違う時間が流れているように感じられるのはこうした細かい気配りが行き届いているからだろう。次回、ここで行われる夏祭りが楽しみである。

大森ロッヂ
http://www.omori-lodge.net/

2015年 07月10日 11時00分