食いだおれの街・大阪を体現する「黒門市場」。そこに、ある変化が

外国人観光客にわかりやすいように、横断幕によって「フリーwi-fiの無料休憩所」や「トイレ」を案内。<br>よく見ると、手荷物預かりや外貨両替機もあることが示されている外国人観光客にわかりやすいように、横断幕によって「フリーwi-fiの無料休憩所」や「トイレ」を案内。
よく見ると、手荷物預かりや外貨両替機もあることが示されている

プロの料理人から外国人観光客まで訪れる商店街

“食い道楽”と称されるように、浪花っ子は食へのこだわりが強い。
「黒門市場」と言えば、戦前から続く大阪ミナミの台所。難波から歩いて5分の商店街は、鮮魚や精肉をはじめ日用品や飲食店などおよそ180の店が軒を連ねる。年の瀬、手にいっぱいの買い物袋を抱えた人でにぎわう光景をテレビで目にしたことがあるかもしれない。また、NHK朝の連続テレビ小説のロケ地になったことでも知られる。

古い書物『摂陽奇観』によると、文政5~6年(1822年~3年)の頃より「毎朝、魚商人、この辺に集まりて魚の売買をなし、午後には諸方のなぐれ魚を持ち寄りて、日本橋にて売り捌くこと南陽の繁昌なるや」と記されている。これが、黒門市場の起源であると言われる。『黒門』の名は、明治末期まで市場の近くにあった寺院の山門が黒塗りであったことに由来する。

昔から黒門市場は、地元の人からプロの料理人も仕入れに行く“庶民的な市場”として親しまれてきた。だが、飲食店の衰退や相次ぐ食品スーパーの出店などにより、客足が減って苦しい時代が続いた。

しかしここ数年で大きな変化を遂げ、外国人観光客が集まる活気のある市場となっている。商店街を歩くと、威勢のいい大阪弁と片言の英語で接客する姿が目に入り、道行く人の半数以上が外国の旅行者であることがわかる。商店街にいったい何があったのだろうか?

黒門市場商店街振興組合の理事長・山本善規さん、副理事長・吉田清純さんにお話をうかがってきた。

「ええもん、ほんまもん」が味わえる食べ歩き天国

外国人観光客向けの無料休憩所『黒門インフォメーションセンター』前にて。黒門市場商店街振興組合の理事長・山本 善規さん(右)、副理事長・吉田 清純さん(左)外国人観光客向けの無料休憩所『黒門インフォメーションセンター』前にて。黒門市場商店街振興組合の理事長・山本 善規さん(右)、副理事長・吉田 清純さん(左)

黒門市場では、何でもその場で味わえる“食べ歩き”が訪れる外国人観光客にうけている。

食べ歩きといっても、この商店街のスケールは違う。高級食材の河豚(ふぐ)の刺身「てっさ」、鮪トロ、生カキ、ほたて貝の天ぷら、焼きたての神戸牛などが店先に並ぶ。外国人らしき女性2人がウニを箱買いし、まるでアイスクリームを食べているかのように小さなスプーンで味わう姿もあった。

「外国人は日本食に強い関心を持ち、安心しておいしく食べられるものを求めているんですよ。自国に持ち帰ることが難しい刺身や寿司、甘いフルーツなんかも人気。しかも、高いものから売れていく」と、山本理事長。さすが大阪商人。観光客の「価値あるものにはお金を惜しまない」という傾向に気づき、商店街をあげて“ええもん、ほんまもん”が味わえる食べ歩き天国をつくった。

「インバウンド受け入れのきっかけは8年ほど前、組合の理事会で中国に支店をもつ鮮魚店の店主が『これからは中華圏の人々が多くなる。その時組合として、いかに多言語対応をされるのか?』と提言されたことからでした」(山本理事長)

商店街振興組合として、まず外国語表記の横断幕や日本的な提灯の設置をおこなう。また、2013年からは大阪市の補助金を原資に「黒門市場特集」のパンフレットを発刊。日本語だけでなく、多言語パンフレットをつくり近隣のホテルや宿泊施設にも配布するようになってから、目に見えて訪日客が増えていった。効果が大きいことから、現在は組合の自主財源と掲載広告のみでパンフレットの発行を継続する。

SNSによるクチコミが黒門への関心を高める

黒門市場の強みは、振興組合がしっかりと連携し団結していることにある。
2013年にゆるキャラ「もおんちゃん」が生まれ、同年12月、市場内の空き店舗を組合で購入し外国人観光客向けの無料休憩所をオープン。2016年には、国の補助金を得て『黒門インフォメーションセンター』に拡充させた。このセンターは、フリーWi-Fi設備、外貨両替機、手荷物預かり所(有料)、ゴミ箱、2階にトイレなどを設置。しかも、英語や中国語が話せるスタッフによる案内も行っている。2014 年からは接客にあたる店主やスタッフ向けの英会話教室をはじめた。

「センターの役割は大きいですよ。お客さんが座ってくつろぐばかりか、買ったものを食べたり、これから欲しいものをスマートフォンで調べたりする。またSNSを使って、美味しかったものやおもしろい体験をすぐさま投稿したいというニーズにも応えています。このクチコミ効果は絶大。言わば、来ているお客さんが世界に向けて情報発信してくださっているわけです」(吉田副理事長)

インバウンド対応が細やかなのは、2012年以降、毎年行われている外国人対象のアンケート調査によるところが大きい。同センターに語学の堪能な調査員が駐在し、2017年4月度のアンケートでは1,043件もの回答を得ている。

調査によると、黒門市場を知ったきっかけの一位は「インターネットで調べて」(561件)
二位は「友人や知り合いから教えてもらった」(343件)、三位は「ガイドブックなど」(256件)

また黒門市場の印象を尋ねると、一位は「食べ物がおいしい」(643件)二位は「日本的な印象がした」(409件)「食べ歩きが楽しい」(360件)という結果だ。※2017年4月1日~15日 黒門市場調べ

また、アンケートで得た要望から、外国人観光客の「食の好み」を分析し、気軽に食べ歩きできるよう串焼きにしたり、イートインや店先で食べられるテーブルを置いたりといった工夫を重ねる。

「外国人のお客さんは表現がとても豊かですね。当店のカレーを食べても、日本語でオイシイと言ったり、ナンバーワン!と親指を立ててくれたりします。うれしくて、自然と笑顔になりますよ。英語で商品説明したり道案内することも、おもてなしの一つだと思っています」と、朗らかな吉田副理事長。「英会話のできる商店街」をめざし、それぞれが自発的に英語でのコミュニケーションを図っている。

左上:商店街でよく目にする外国人向けのパンフレット『エクスプローラー』右上:総合インフォメーションセンター。休憩スペースのほか、大阪限定の手土産なども販売する 左下:カレー店『ニューダルニー』にて。訪日客の質問に店主の吉田清純さんがなめらかな英語で応える 右下:マグロ解体ショー時は人だかりができる『まぐろや黒銀』左上:商店街でよく目にする外国人向けのパンフレット『エクスプローラー』右上:総合インフォメーションセンター。休憩スペースのほか、大阪限定の手土産なども販売する 左下:カレー店『ニューダルニー』にて。訪日客の質問に店主の吉田清純さんがなめらかな英語で応える 右下:マグロ解体ショー時は人だかりができる『まぐろや黒銀』

外国人観光客と地元のお客さんが共存する市場へ

訪日外国人でにぎわう商店街の悩みは、従来の得意客であった人の足が遠のきがちになっていることだ。
「黒門では混雑でゆっくり品定めができないと、これまでのお客さんが離れてしまっている問題があります。本来、市場を支えてくれてきたのは地元の人らです。私はここで店を構える漬物屋『伊勢屋』の4代目。今は6代目が継いでいますが、昔は白衣を着た板前さんが早朝から仕入れにくる姿が目立ち、昼前になると買い物袋をさげた主婦が訪れるのが日常だったんです。個人の思いとしては、古き良き時代の光景を呼び戻したい。今も『まってるで』と声をかけてくれる日本のお客さんがいっぱいおるんです」(山本理事長)

黒門市場では今年を原点回帰の元年と位置づけ、地元のリピート客へのアプローチを検討中である。現在、「スタンプ事業委員会」が中心となり、お買い物ごとにポイントがたまり金券で還元する仕組みを復活させたいと考えている。なかでも地元客向けの店舗には、ポイント率をアップするなどの利点をつけたいそうだ。

「観光立国を掲げる日本、もちろん訪日のお客さんは大切です。一方、外国人がおらんようになったら、どないするんやという声もある。これまでのインバウンド対応で一定の成果は得たけど、地元のお客さんや日本人の観光客も並行して呼びこんでいきたい」と、山本理事長。 最近のマスコミ報道で市場に関心をもち、はじめて訪れる日本人の若者が増えているのだと言う。

活気が活気を呼ぶ黒門市場。時代の変化に対応する商店街として、これからもにぎわいを創出し、楽しませてくれるのだろう。

黒門市場 http://www.kuromon.com/

毎日がお祭りのような雰囲気の黒門市場。お客様の実態やニーズを知ることによって商いを発展させている毎日がお祭りのような雰囲気の黒門市場。お客様の実態やニーズを知ることによって商いを発展させている

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