簡易宿泊所からゲストハウスへ。変わりつつある釜ヶ崎

取材当日のココルームにて。マカオ出身の写真家、アメリカ人ミュージシャン、自転車で日本一周をめざす旅人、地域の人などさまざまな人が集う取材当日のココルームにて。マカオ出身の写真家、アメリカ人ミュージシャン、自転車で日本一周をめざす旅人、地域の人などさまざまな人が集う

釜ヶ崎は、大阪市西成区にある日本最大の日雇い労働者の街である。行政が定めた「あいりん(愛隣)」という名でも知られる、広さ620m2の地域だ。交通アクセスがよく、関西国際空港にほど近いことから、近年、外国人バックパッカーにも人気である。

釜ヶ崎と聞くと、どんなイメージを抱くだろうか?もしかすると、「恐いから、近寄らない方がいい」と思う人が少なからずいるかもしれない。

その理由は、暴動や貧困などネガティブなイメージで報道されてきたことに大きいようだ。釜ヶ崎は、1960年から70年の大阪万博(日本万国博覧会)にかけての建設ラッシュで、全国から若い労働者が集められた。言わば、今の暮らしの基礎をつくってきてくれた人たちである。
しかし、労働環境が改善されず、人としての権利獲得のために起こる暴動が、差別の目を生んできた。

現在、釜ヶ崎は高齢化が進み、歩行器で歩く姿や、デイサービスの送迎車が目立つ。日雇い労働の仕事も減り、まちの様子は変わりつつある。

その商店街の一角に、「ドヤ」と呼ばれるかつての簡易宿泊所をリノベーションした一風変わったアートな建物がある。地域に根ざしながら、多様な出会いを重ね、表現と学びあいの場をつくる「ココルーム」。カフェやゲストハウスの「ふり」をして、そこに集う人たちとの会話や問いから、さまざまな活動が生まれている。

いったい「ココルーム」はどのようにして生まれ、釜ヶ崎に拠点を構えるようになったのだろうか?

詩人・詩業家であり、アートのNPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)の代表・上田假奈代さんにお話を伺ってきた。

テーマは「表現と自立と社会」。アートと社会の関わりの可能性をさぐる

ココルームの野生的な庭をバックに上田假奈代さん。東南アジアにきたのかと思うほど珍しい植物が生い茂るココルームの野生的な庭をバックに上田假奈代さん。東南アジアにきたのかと思うほど珍しい植物が生い茂る

お母さんが詩人だったこともあり、わずか3歳から詩作をはじめたという上田さん。興味は、言葉や表現、生きづらさゆえの思索に一貫してきた。

ココルームの設立は2003年、法人化は2004年。大阪市から浪速区・新世界にあったフェスティバルゲートの一室の運営をまかされたことにはじまる。「公共的な空間に対し、閉塞する社会に対し、アートに何ができるのか」が、大きな課題だったという。

「この事業は5年で終わり、移転先として浮かんだのが、となりまちの釜ヶ崎でした。アルミ缶を積んだ自転車や、ダンボールを積んだリヤカーのおじいさんがハーモニカを吹く姿を目にしていましたから。私は表現の仕事をつくろうと必死になっているけれど、それで彼らのお腹は膨れないのはすぐわかる。だからといって、考えないという態度もとりたくなかった。日本の高度経済成長を底辺で支えてきた人たちの話を聞きたいという気持ちが大きくなっていったんです」(上田さん)

無名の声にならない声をもっと聴きたい。「表現」という軸で釜ヶ崎に関わる活動をしたいという思いから、動物園前商店街1番街でカフェ形態の店を開いた。

「ここに住む人のほとんどは、地元の人でなく移住者です。私は釜ヶ崎に住んで6年で子育て中ですが、危ない目にあったことなど一度もありません。むしろ、子どもが少ないせいか、おじさんたちが見守ってくれているようです。自転車の後ろにいつもの娘がいないと、『今日はどうしたんや?』と、先々で声をかけられるぐらいあたたかいところがある」と、上田さん。

釜ヶ崎には、当たり前ではなかった人生を歩んできた人がいる。そして、人の痛みをわかる人も多い。時には本気でケンカをすることもあるけど、他人を気にせず本音で生きられる場所。生き抜くための知恵が詰まっているんですよ、と穏やかに話してくれた。

現代美術家や著名な詩人も滞在した、個性的な部屋の数々

2016年春、同商店街の2番街に移転し、36ベッドの「ゲストハウスとカフェと庭 ココルーム」を開いた。色鮮やかな間口から入ると、その奥には団らんスペースがあり、緑生い茂る大きな庭が広がる。敷地の隣は1993年に廃線になった南海天王寺支線跡があり、人口密度の高い地域だと思えないほど見晴らしがいい。

1階にカフェと庭があり、2階、3階がゲストハウスとなっている。宿泊は、現代美術家の森村泰昌さんと、元日雇い労働者の坂下範征さんとの出会いから生まれた個室。詩人・谷川俊太郎さんが滞在し、作った詩「ココヤドヤにて」を展示する「詩人の部屋」などの個性的な部屋が並ぶ。

訪れた日も、旅人やふらりと顔を出す地域の人などが集い多国籍でにぎやかだった。

新たな場づくり「ゲストハウスとカフェと庭とココルーム」 写真©若原瑞昌新たな場づくり「ゲストハウスとカフェと庭とココルーム」 写真©若原瑞昌

釜ヶ崎で表現の場をつくる。表現することは、お互いを尊重し合うこと

ココルームの活動は幅広い。おむすびを作り野宿者に配る「夜回り活動」、聴き書き考察のプロジェクト「こころのたねとして」、ココルーム前での「まちかど保健室」、ホームレスの詩人やピアニストのマネジメントなどなど。自らを“素人のプロ”という上田さんは、さまざまな声に耳を傾け、時には専門家につなぐこともあるようだ。

アートNPOではあるが、絵や音楽ばかりではなく、自分の気持ちを表に出し、相手に伝えること。自らその声を聞くこと。お互いの存在を認め合い、表現できる場づくりを大切にしている。

「学びたい人が集まれば、そこが大学になる」と、開かれているのが「釜ヶ崎芸術大学」。通称、釜芸(かまげい)。開校のきっかけは、「やることがない。話をする人もいない。朝からお酒を飲むしかない」という声からだった。

釜芸は、地域のさまざまな施設を会場にして、天文学、哲学、美学、表現、お笑い、狂言、書道、創作ダンスなど多彩な講座やワークショップを開く。参加者のエネルギーの高さと、学ぶ姿勢に講師も刺激を受けることが多いそうだ。

「表現の原点を釜ヶ崎で教わった」という上田さん。「東京五輪に向けて、釜ヶ崎から芸術や表現をもっと発信していきたい」と、これからの展望を語ってくれた。

釜ヶ崎芸術大学の成果発表会「釜ヶ崎オ!ペラ」の一場面。見る者を励ましてくれる力がある 写真©中川あい釜ヶ崎芸術大学の成果発表会「釜ヶ崎オ!ペラ」の一場面。見る者を励ましてくれる力がある 写真©中川あい

2016年 12月22日 11時06分