天竜浜名湖鉄道二俣本町駅の無人駅の駅舎ホテル

地方に行くとローカル線には多くの無人駅がある。駅員がいない小さなホームと駅舎・待合室のみ、という駅である。
静岡県浜松市天竜区二俣町に位置する天竜浜名湖鉄道(通称:天浜線)二俣本町駅も、その無人駅のひとつ。しかし、ここに「無人駅に泊まれる」という宿がオープンした。駅舎に隣接する宿に泊まる一日一組貸切のホテル「駅舎ホテル INN MY LIFE」だ。

無人駅の駅舎ホテル……というと、簡易ベッドをおいた宿舎のような空間をイメージしていた。
ところが、訪れてみると白を基調としたモダンな部屋。間接照明が仕込まれたフローリングにベッドがしつらえられている。バスやトイレ、洗面所も広々として気持ちがいい。ミニマムだが、清潔感のあるキッチンの天井は高く、あらわしとなった梁がアクセントとなっている。

そして窓からの眺めは、旅好き・電車好きにはたまらないであろう眺めである。
この日は6月の雨の日であったが、新緑の中の小さなホームが間近に見える。天竜浜名湖鉄道の時刻表を見てみると、通勤時以外は1時間に1本ほどの運行であるため、“静かな自然の中の宿の窓から時々電車が走るのを見られる”といった感じであろう。

この無人駅にある駅舎ホテルをしかけたのは、山ノ舎(やまのいえ)旅社の代表 中谷明史さん。東京からUターンし、今は二俣町でKISSA&DINING「山ノ舎」を営む。
「駅舎ホテル INN MY LIFE」で、中谷さんにお話を伺った。

白を基調とした清潔でシンプルな部屋。小さな窓を開けると駅のホームが見える白を基調とした清潔でシンプルな部屋。小さな窓を開けると駅のホームが見える

シャッター街になる商店街、人がいない通り…。ひとつひとつのまちの想い出が消えていく寂寥感

山ノ舎(やまのいえ)旅社の代表 中谷明史さん山ノ舎(やまのいえ)旅社の代表 中谷明史さん

大学、就職と東京で過ごした中谷さん。何故、この地でお店を開こうと思ったのだろうか。

中谷さんは、大学時代に醸造を学び、食の世界に興味をもったという。みんなで食べたり飲んだりする空間を楽しむことが好きで、食といっても食を通じてコミュニティを生み出せる場に興味があったという。大学卒業後は、サービスする側になりたいと思って、レストランに就職した。その後、不動産を活用した場づくりに共感を抱き、東京R不動産に入社する。

「地元に帰る機会があり、改めてまちを見渡してみると高校生のときに楽しかったまちの記憶と照らしてみると様変わりしていることに気がついたんです。商店街はシャッターが降り、人の通りも少なくなっている…。どのまちにも起こりつつあることが、自分が育ったまちにも起こっている。なんともいえない寂寥感を感じました。
その後再び、地元に帰る機会があり、たまたま商店街で移転するお店の物件をみて空き物件になるなら“何かできるかもしれない”と電話したんです。家賃等で悩んだのですが、まずはチャレンジだとお店をオープンしました」
それがKISSA&DINING「山ノ舎」だった。

「最初は東京で仕事をしながら、このまちを行き来して店をみていたのです。しかし、人がやめてしまったりで、しっかりとこのまちにコミュニティの場所を作り上げていくためには、自分も半端に関わることができないと思い、お願いしてR不動産を退職しました。職場のみんなからは“チャンスを活かして、頑張れ”といってもらいました」

好きだった食を楽しむ場を提供するという取り組みと不動産の経験を活かして、このまちでコミュニティを拡げることを決意したという。

何もないことが魅力と捉える。「自分たちのやりようで変わる場所」

「このまちにコミュニティをつくる!と意気込んで帰ったものの、じっくり挑んでみるとそんなに甘いものではないことを思い知りました。最初は、空回りしていたと思います(笑)。周りをもっと知ることが大切だと気づいた、ということです。

歴史や文化、その土地の慣習、おいしいもの・素敵な人・土地に住む人たちの思いやりやこだわり、今に至るまちの変遷…いろいろな人に話を聞いたり、まちの様子が見えてくると、自分が足元で少しずつでも何をやるべきかの手がかりがようやく見えてきた感じでした。

まちには何もない、という人もいます。でも僕は“何もないことが魅力だ”と感じています。自分たちのやりようで変わる場所がある、ということは素敵なことだと思うんです」

そんな思いが通じてきたのか、KISSA&DINING「山ノ舎」が、少しずつまちの人たちのコミュニティの場としても育ってきたという。そして今回の二俣本町駅に無人駅舎ホテルをつくる、という考えにいたる。

KISSA&DINING「山ノ舎」。中谷さんは「山ノ舎のミッションは、飲食店という媒体を通して(あるいはきっかけとして)、天竜をはじめとする、遠州地方の情報を多くの人に届け、その魅力を知って頂く事」というKISSA&DINING「山ノ舎」。中谷さんは「山ノ舎のミッションは、飲食店という媒体を通して(あるいはきっかけとして)、天竜をはじめとする、遠州地方の情報を多くの人に届け、その魅力を知って頂く事」という

地元の上質を発信する場所をつなげて、線にする。
この駅舎ホテルが土地を体験する拠点となってもらえれば…

「駅にホテルがあったら面白いだろうなあ、という考えは以前から持っていました。また、鎌倉にあるaiaoiさんという宿に泊まったとき、“大切なこのまちと空気を感じて泊まる”というコンセプトに共感して、いつかこういう宿をやりたいと思ったこともありました。
そんな中、ちょうど二俣本町駅に併設されたお蕎麦やさんが閉店して、どうするんだろうと気になっていたんです。チャンスがあるならやるしかない、と決心してこの場所を借りてリノベーションしました」

デザインやリノベーション工事など、できるだけ地元の人々の力を借りて行った。
宿泊客に好評だというパジャマも、この地のクラフトのひとつである遠州織の肌触りのよいものが用意されている。朝食は、希望があれば届けてもらえるが、こちらも自家製天然酵母のパンや地元の採れたて野菜のサラダ、季節の蜂蜜、そのまま生でも食べられるお肉屋さんのベーコンなど、地元のものが供される。どれも“この地に泊まるからこそ”が考えられたおもてなしだ。

「この宿には沿線のフリーパスチケットを付けているんです。天竜浜名湖鉄道は昭和の鉄道遺産でもあり、1940年の開業当時の駅舎や橋梁・隧道などが残っていて、その多くが国の登録有形文化財になっています。せっかく駅に宿があるのだから、ここを拠点にローカル線でまちの日常の風景を楽しんでほしい。自然豊かな場所なので、天竜川や山でのアクティビティも紹介しています。

駅に宿をつくったことで、点で展開するまちの場所を線でつなげていければと思います。旅行者だけでなく、このまちで育った人がいつかまた帰ってきたいと思える場所をつくっていきたい」という。

ところでホテル名にある「INN MY LIFE」という名前は、中谷さんが好きなビートルズの曲にちなんでいる。
「邦題は“いとしき人生”というんです。いとしい人生を送る中で、少し立ち止まったときに記憶に残る場所がつくれたらいいな、と思います」

「駅舎ホテル INN MY LIFE」はホテルではあるが、そこからまちを味わい楽しんでもらう場所でもある。無人駅にあるこの小さな宿から、いろいろなストーリーが生まれていくのだろうと感じた。

■取材協力
駅舎ホテル INN MY LIFE https://www.innmylife.com/home

写真左上)バス・トイレなどは駅舎ホテルといいながら広々としている</br>写真上中)簡易キッチンを備えたダイニング。希望があれば朝食を届けてもらえる</br>写真右上)INN MY LIFEの朝食。どれも地元の新鮮で上質なもの</br>写真左下)天竜浜名湖鉄道二俣本町駅のホーム 写真右下)天竜浜名湖鉄道の車窓から見える景色写真左上)バス・トイレなどは駅舎ホテルといいながら広々としている
写真上中)簡易キッチンを備えたダイニング。希望があれば朝食を届けてもらえる
写真右上)INN MY LIFEの朝食。どれも地元の新鮮で上質なもの
写真左下)天竜浜名湖鉄道二俣本町駅のホーム 写真右下)天竜浜名湖鉄道の車窓から見える景色

2019年 07月28日 11時00分