バラエティ豊かな人種と文化は、歴史に起因

リオデジャネイロのコルコバードの丘には巨大なキリスト像がそびえ立っているリオデジャネイロのコルコバードの丘には巨大なキリスト像がそびえ立っている

2016年にリオ五輪が開催されたブラジル。
その歴史は決して短くはなく、紀元前1万1000年前には人々が暮らし始めている。その後1万2500年ほどの歴史は記録がないため詳細はわからないが、西暦1500年にポルトガル人のペードロ・アルヴァレス・カブラルの到来後はポルトガルの植民地に、そして1580年にはオランダの侵攻を受けて一部がオランダ領となる。

大規模なサトウキビプランテーションが作られると、先住民の多くが奴隷として働かされたが、労働力が足りなくなり、アフリカから奴隷が連行されてくる。そして17世紀後半に、サンパウロ出身のバンディランテス率いる探検隊によりミナスジェイラスで金鉱山が発見されたのをはじめとし、ダイアモンド鉱山の発掘が進むと、30万人以上とも言われるポルトガル人が、奴隷を連れてブラジルへ移住したという。
1809年、フランスの侵攻から避難したポルトガル王室がブラジル王国を作ったが、1822年9月7日にペドロ1世が独立決起を呼びかけ、1年半以上にわたる独立戦争の末、ポルトガルから独立。ペドロ1世の「独立か死か」という言葉はその地名から「イピランガの叫び」と呼ばれ、ブラジル国歌冒頭にもイピランガの名が登場する。また、9月7日は独立記念日に指定されている。
そして19~20世紀になると、ブラジル政府は労働力確保のため世界各地からの移民を受け入れるようになった。

この結果、現在のブラジルに居住する人種は、先住民をはじめ、ゴールドラッシュ時にやってきたポルトガル人、アフリカから奴隷として連れてこられた人々、そして19世紀以降に移民してきた世界各地からの移民の子孫と、バラエティ豊かな様相を呈するのだ。そしてまた、さまざまな文化も一緒に持ち込まれ、新しく生み出されている。たとえばブラジル料理の代表格ともいえるフェジョアーダは、黒人が豚肉の廃棄部分と豆を煮込んで作ったのが始まりだとされている。サンバやボサノバも彼らが生み出したものだ。

実は縁があるブラジルと日本との関係

日本にとってブラジルは地球の裏側で、季節は反対、リオデジャネイロやブラジリアの気候はサバナ気候だから、日本人の感覚にすれば暖かく、雨期は突然の雨に悩まされるかもしれない。
しかし、日本とブラジルには少なからぬ縁がある。まずブラジルの先住民族がアジアから航海を経てブラジルに到着していること。自然人類学では、日本の縄文人と東南アジアの人々にも類似点が多く指摘されており、遠く離れた国ながら、先住民には血縁があり、似たような文化を持っていたかもしれない。
また19世紀以降、日本からも13万人前後の人々が移住しており、現在では160万人の日系ブラジル人がいる。日本人移民100周年にあたる2008年には、日本ブラジル交流年として、日本とブラジルでさまざまなイベントが開催されたのも、ニュースなどでご存知の方がおられるだろう。日本人にとってブラジルは、決して「遠い国」ではないのだ。

日本にはない出費も?ブラジルの住まい事情

ブラジル サンパウロの街並みブラジル サンパウロの街並み

国内総生産で見ても、ブラジルはここ数年ずっと10位以内にランキングされる経済大国だ。物価も安くはなく、経済的な意味では、決して住みやすい国とは言えない。ブラジルの国土は広いから、大都市に住むのでなければ土地や家賃は安いが、特に五輪が開催されるリオデジャネイロの家賃は高騰しており、ワンルームマンションでも1500R$(1R$は約30円)以上が相場だ。生鮮食品は安く買えるが、加工食品や外食は日本より高くつく場合がある。光熱費や衣服代は日本とほぼ同じだから、留学や転勤などで数年住む程度なら、違和感なく生活できるだろう。

ただし、日本では必要のない出費もある。たとえば、ブラジルではメイドを雇う家庭が多いのだが、給料のほかにメイド用の部屋が必要となる。また高級住宅地では、住宅侵入強盗対策は必須で、都市部のアパートには必ず警備員がいる。国土の広いブラジルで、一戸建てではなくアパート住まいが多いのは、セキュリティ上の安心感からなのだ。
それでも日本では考えられないほど多くの犯罪が発生しており、警備員がいても、宅配業者や郵便局員を装って侵入する手口が多いようだ。また、公立の病院は無料だが、待ち時間が長く設備や衛生面の質が低いため、病気や怪我の際は私立の医療施設に行く必要があり、費用が高いので保険に加入する人が多い。

また、リオデジャネイロは特に治安が悪く、ファベーラと呼ばれるスラム街では犯罪組織同士、あるいは治安当局との間で、毎日のように銃撃戦が起きている。流れ弾で一般国民が犠牲になる事件も起きているから、ファベーラ周辺には近寄らない方が無難だろう。
拳銃で脅して金品や車を奪う強盗のほか、ATMまで拉致し、お金を引き出させて奪う「短時間誘拐」、「電撃誘拐」と呼ばれる強盗も多発しているから、夜間や人気の少ない道は避けなければならない。ブラジルで暮らすには、緊張感が必要なのだ。

明るくタフなブラジル人の気質

引っ込み思案な日本人がブラジルで暮らし始めると、最初はいろいろと戸惑うという。まずブラジル人は時間を守る意識が薄いので、几帳面な人はイライラさせられる。また自己主張がはっきりした人が多く、気持ちを察する文化がない。その代わり、「こんなことを言ったら気を悪くされないかな」と心配する必要もないから、進んで意見を言った方が良いのだ。

また、ブラジルといえばリオのカーニバルが有名だが、お祭りが好きな国民性で、独立記念日やカーニバルの日は、仕事を忘れてお祭りに参加する。それでも祭りが終われば疲れた様子も見せず仕事に復帰するというから、体力があるのだろう。
カーニバルは、日本語では「謝肉祭」と呼ばれ、イエス・キリストが復活するまでの46日間にあたる「四旬節」直前に行われるものだ。四旬節の間は祝宴が自粛され、食事に節制を求められるので、その前にお祭り騒ぎをしようというわけだ。ヴェネツィアの仮面舞踏会もカーニバルの一つとしてよく知られているだろう。
ブラジルのカーニバルは、ポルトガル人がもたらしたものだが、この日は黒人奴隷たちもお祭りへの参加が許されたため、顔を小麦粉で白くしたり、ボロシャツを着たりして、大騒ぎをした。これは、重労働に耐える奴隷たちのストレス解消のためもあり、リオのカーニバルにサンバがつきものなのは、この音楽が黒人奴隷により生み出された背景もあるだろう。

国民の気質も文化も違うが、日本人には浅からぬ縁のあるブラジルのお国事情。このように、住まいや暮らしを切り口に世界を見てみるのも面白いのではないのだろうか。

2016年 07月09日 11時00分