“ガルパンの聖地”として全国から巡礼者が集結

アニメに登場した大洗マリンタワー。展望台下には”ガルパン喫茶”があり、ファンの憩いの場となっているアニメに登場した大洗マリンタワー。展望台下には”ガルパン喫茶”があり、ファンの憩いの場となっている

太平洋に面した茨城県大洗町は、県下有数の漁港と海水浴場を抱える海の町である。
その大洗町に、週末ともなると、地図やスマホを手にした人々が押し寄せるという。彼らは、大洗町を舞台にした人気アニメ『ガールズ&パンツァー』(略称『ガルパン』©GPFP)のファン。いわゆるアニメ聖地巡礼を楽しむ人々である。

近年、アニメの世界では、特定の町を舞台とする“ご当地アニメ”が増えている。架空の町を想像して背景を作り込むよりも、実在の町をデジカメで撮って模写したほうが、作品にリアリティを与えられるためだ。そんな中、作品に登場する風景を探しに、“ロケ地”を訪れるファンが急増中。自分が愛してやまない作品のワンシーンに描かれた場所を見つけ出し、その世界に浸りたい――そんな思いに駆り立てられて、彼らは“聖地”を訪れるのだという。

インターネットサイト「~都道府県別~アニメ聖地ランキング」によれば、現在登録されている“聖地”の数は約3000件。その中でも突出した人気を誇っているのが、“ガルパンの聖地”大洗町だ。
大洗町では商工会の有志が中心となり、アニメの企画段階から制作サイドと密接に連携。ガルパンとコラボした企画を次々に打ち出し、ファンを商店街に呼び込むことに成功した。
その結果、商店街とファンとの間に絆が生まれ、リピーターが急増。なかには、“大洗愛”が高じて移住してきたファンも少なくないという。

ガルパン・ファンを町ぐるみでもてなすことで、地域の活性化に成功した大洗町。
そこに至るまでには、どんな経緯があったのか。

震災直後に持ち込まれた、”ご当地アニメ”の企画

大洗まいわい市場の代表取締役・常盤良彦氏。ガルパンと連携した大洗のまちおこしのキーマンだ大洗まいわい市場の代表取締役・常盤良彦氏。ガルパンと連携した大洗のまちおこしのキーマンだ

『ガールズ&パンツァー』とは、大和撫子の嗜みとして”戦車道”を学ぶ女子高生たちが、全国優勝を目指して奮闘する姿を描いたスポ根アニメである。戦車道はルールに則って行われるれっきとした武道で、人を傷つけることはないという設定だ。大洗女子学園という架空の高校が舞台となっており、作中では大洗の町並みが驚くほどリアルに再現されている。

制作元のバンダイビジュアルから、「大洗を舞台にしたアニメを作りたい」という話が町に持ち込まれたのは、東日本大震災後の2011年秋のこと。いくつかの候補地の中から大洗町が選ばれたのは、フェリーターミナルや由緒ある神社、商店街、マリンタワーや水族館などの観光施設がコンパクトにまとまった立地のよさが見込まれてのことだった。

当時、大洗町は津波被害に見舞われ、原発事故による風評被害にも苦しんでいた。年間60万人を数えた海水浴客も、震災後は14万人に激減。町や商工会は、あの手この手で復興イベントや観光PRに取り組んでいた。
そんなところに降って湧いたのが、突然のアニメ制作話である。バンダイビジュアルの杉山潔プロデューサーから協力を求められ、全体の取りまとめ役として白羽の矢が立ったのが、「大洗まいわい市場」代表の常盤良彦氏だった。

「当時は震災後の復興作業で忙しく、正直言って、このアニメを使って町で何かやろうという思いはなかった。杉山さんにそう言うと、『そういう気持ちでいていただいたほうがありがたい』と言うので、『それなら、ぜひお手伝いしたい』と言ったんです。それがきっかけで意気投合し、秘密を共有する仲間も増えていった。そうこうするうち、『失敗してもいいから何かやりたい』という気持ちが沸々と湧いてきたんです」(常盤氏)

アニメ放映中の2012年、「大洗あんこう祭」にファンが殺到

鹿島臨海鉄道・大洗鹿島線のガルパン・ラッピングトレイン。あんこう祭当日はファン2000名が大洗駅に押し寄せ、駅の歴史始まって以来初の入場制限がかけられた鹿島臨海鉄道・大洗鹿島線のガルパン・ラッピングトレイン。あんこう祭当日はファン2000名が大洗駅に押し寄せ、駅の歴史始まって以来初の入場制限がかけられた

大洗町でのロケハンと並行して、アニメの制作は順調に進み、放映開始日は2012年10月と決まった。だが、あいにく大洗町で『ガルパン』の視聴が可能なのは、BS11の深夜枠か、ネット配信のみ。たとえ放映が始まっても、地元ではほとんど認知されないであろうことは目に見えていた。

そこで、常盤氏らが目をつけたのが、11月の「大洗あんこう祭」だ。この機に乗じてガルパン絡みの企画を打ち出せば、ファンに大洗に来てもらえる可能性もあり、地元の人にもガルパンのことを知ってもらえるのではないか――。
こうして、水面下でさまざまな企画が動き出した。茨城交通や鹿島臨海鉄道の協力を得て、常盤氏らが個人的に依頼したボランティアや有志が、列車やバスを手作りでラッピング。ガルパンの声優陣を招いてのトークショー開催も決まった。合わせて、ごく少数ではあったが、ガルパンとコラボしたご当地商品の開発も進め、あんこう祭で一気にお披露目することとなった。

バンダイビジュアルが運営する「ガルパン公式サイト」が、あんこう祭のお知らせをリリースしたのは、本番約1週間前のことだ。とはいえ、アニメに大洗の町が登場するのは、第3話と第4話の各数分間のみ。どれだけ反響があるかは未知数だったが、ニュースはSNSで瞬く間に拡散し、当日は前年の2倍に当たる6万人が会場に押し寄せる“異常事態”となった。
この日を境に、大洗町は“ガルパンの聖地”として、大いに名を馳せることとなる。

キャラクターの等身大パネルでファンを商店街に誘導

それからというもの、週末・平日を問わず、大洗の町はガルパン・ファンで賑わうようになった。だが、彼らはアニメに登場した場所を巡るだけで、商店街の各店舗までは足を運んでくれない。そこで、常盤さんらは「コソコソ作戦本部」を立ち上げ、ファンを商店街に誘導するための作戦を練り始めた。
手始めに、大洗の主要な観光スポットを網羅した手作りのスタンプラリーを実施。すると、ファンは町を回遊し、商店街の中を歩き回るようになった。スタンプが置かれた大洗磯前神社には、ファンが奉納した“痛絵馬(いたえま)”があふれ、ガルパン総本宮ともいうべき異観を呈することとなったのである。

次なる一手として、作戦本部は、ガルパンに登場するキャラクター54名の等身大パネルの制作に取りかかる。この等身大パネルを商店街に設置すれば、ファンは好きなキャラクターのパネルを探したり、等身大パネルの全点踏破を目指したりしながら、商店街で買い物や食事を楽しんでくれるのではないか――。

とはいえ、店主のほとんどはガルパンを知らない。せっかくファンが店に来てくれても、全くコミュニケーションが成立しないようでは、じきに飽きられてしまう。そこで、作戦本部は一計を案じ、パネルの裏側に簡単な解説を付けた。それには、キャラクターの名前や学校名、乗っている戦車名などの情報が書かれている。ガルパンを知らない店主に、ファンと会話するきっかけをつかんでもらうための作戦だった。

「等身大パネルをきっかけに、ファンと店主の間で会話が生まれれば、外国旅行で片言の英語が通じた時のような喜びが生まれるのではないか。そう考え、パネル設置担当者から店主の方たちに、こう呼びかけたんです。『パネルの写真を撮っているファンがいたら、お店の方から声をかけてあげてください。ファンの方に大洗のことを教えてあげて、代わりに、ファンの方からガルパンのことを教えてもらってください』と」(常盤氏)

大洗磯前神社にある、通称”痛絵馬”。全国から集まったガルパン・ファンが奉納したものだ大洗磯前神社にある、通称”痛絵馬”。全国から集まったガルパン・ファンが奉納したものだ

ファンと店主の心の交流がリピーターを生んだ

2013年3月のイベント「海楽(かいらく)フェスタ」に合わせて、作戦本部は等身大パネルを商店街に設置。続いて、「商店街のおじちゃん、おばちゃんの顔を知ってもらおうと」店主パネルの制作にも着手した。

この目論見は、見事に当たった。
「ガルパンさんかい?」
「あ、はい」
「来月、(武部)沙織ちゃんの誕生日イベントがあるよ」
「マジすか。絶対来ます!」
等身大パネルをきっかけに会話が弾み、ファンと店主の間に絆が生まれた。「あのおじちゃん(おばちゃん)に会いたい」と毎週のように大洗町を訪れ、店の常連客になる人も増えた。

「震災後は商店街にほとんど人が来なくなり、大洗はすっかり疲弊していました。そんな時、町に来てくれたのがガルパン・ファンだったんです。商店街の人たちはファンと会話する喜びを知り、お茶や試供品を出してファンをもてなすようになった。すると、ファンも土産を持って何回も店を訪れるようになった。そんな好循環の現象が生まれていったんです。今では、“ガルパン”という共通言語を通じて、皆が交流を楽しんでいる。いい潤滑剤になってくれていると思いますね」(常盤氏)

イベント開催、スタンプラリー、パネル設置――いずれも観光客誘致の定番ツールだが、その先に心のふれあいがなければ、観光客の足はじきに遠のいてしまう。それを理解し、商店街の人々が持つコミュニケーション力を最大限に活かした点に、大洗のまちづくりの卓抜さがあった。
本稿の続編では、大洗のまちづくりが成功したポイントや、移住者の動向についてご紹介したい。

肴屋本店の店頭に置かれたキャラクター等身大パネルと店主パネル(右)。肴屋本店はアニメ第4話で戦車に突入され、一躍ガルパンの名所となった肴屋本店の店頭に置かれたキャラクター等身大パネルと店主パネル(右)。肴屋本店はアニメ第4話で戦車に突入され、一躍ガルパンの名所となった

2016年 09月11日 11時00分