廃線の危機を乗り越え、52年ぶりに新駅を開業

少子化と都市への人口集中が進む中、廃線に追い込まれるローカル鉄道が跡を絶たない。
そんな中にあって、廃線の危機から奇跡的な復活を果たし、52年ぶりに新駅を開業。路線の延伸計画も持ち上がるなど、ローカル線としては異例の好調ぶりを見せている鉄道がある。
茨城県ひたちなか市の勝田駅-阿字ヶ浦駅間を結ぶ「ひたちなか海浜鉄道湊線」だ。

湊線が開業したのは大正2(1913)年。日立製作所の企業城下町・勝田や那珂湊漁港、海水浴場で有名な阿字ヶ浦などを結び、海産物や海水浴客を運ぶ路線としてにぎわった。だが、クルマ社会の到来とともに輸送量が激減。1984年には貨物の取り扱いを全線で停止し、2000年代に入ると、乗客数も70万人とピーク時の3分の1以下にまで落ち込んだ。

2005年、運営会社の茨城交通は、湊線を廃線にすることを決定。翌06年、ひたちなか市は、存続に向けて支援を行う方針を明らかにする。これが湊線復活に向けての号砲となり、官民挙げての支援と存続運動が本格化。2008年、ひたちなか市と茨城交通の共同出資による第3セクター方式で、ひたちなか海浜鉄道が開業した。
その後の躍進はめざましい。開業後の5年間で年間乗客数は約10万人増え、2013年には10年ぶりに年間乗客数80万人台を突破。2015年には99万人まで回復し、単年度黒字化の見通しも見えてきた。

田園風景の中を走るひたちなか海浜鉄道湊線。撮影/船越知弘田園風景の中を走るひたちなか海浜鉄道湊線。撮影/船越知弘

キーワードは「市民協働」。公募社長の下で湊線の再建を目指す

ひたちなか海浜鉄道株式会社 取締役社長・吉田千秋氏ひたちなか海浜鉄道株式会社 取締役社長・吉田千秋氏

それだけではない。冒頭にも述べたように、2014年には新駅「高田の鉄橋」駅が開業。阿字ヶ浦駅の先まで路線を延長する計画まで持ち上がっているというから、その勢いは尋常ではない。地域や行政の支援を受けなからも、青息吐息のローカル鉄道が多い中にあって、ひたちなか海浜鉄道湊線は今もなお成長し続ける、伸びざかりの路線なのである。その秘密とは、一体何なのか。

湊線再生の立役者となったのが、公募で社長に就任した吉田千秋氏である。
当初、茨城交通から路線を引き継ぎ、第3セクター方式で新会社を設立することだけは決まったものの、その舵取りを行うトップの選任は難航した。「プロの鉄道会社がやってダメだったものを、アマチュアがやってうまくいくはずがない」と、社長の引き受け手がなかなか現れなかったのである。

そこで社長を公募したところ、52倍の激戦を勝ち抜いて選ばれたのが、吉田氏だった。吉田氏は富山地方鉄道や加越能鉄道、第三セクターの万葉線で鉄道の運営に携わり、万葉線では5年間で年間乗客数を98万人から115万人まで増やした実績を持つ。その経歴もさることながら、周囲との和を重んじる吉田氏の人柄も決め手となった。

「社長選考にあたって、私が最も高い評価をいただいたのが『協調力』でした。鉄道会社と市役所、市民とをつなぐ、市民協働の担い手としての役割を期待されての選任だと思います」と、吉田氏は語る。

地域の足として利便性を高め、イベント列車で観光客を誘致

すっかり夏の風物詩となった「湊線ビア列車」。車両1両を貸切り、車窓の風景を眺めながらビールを酌み交わすすっかり夏の風物詩となった「湊線ビア列車」。車両1両を貸切り、車窓の風景を眺めながらビールを酌み交わす

社長就任後、吉田氏は矢継ぎ早に施策を打ち出した。
まず、通学定期券の年間割引率を大幅にアップ。「120日分の往復運賃を払えば1年間乗り放題」という年間定期券を発売したところ、沿線の高校生の利用が一気に増えた。
また、公共の足としての利便性を高めるべく、ダイヤ改正を実施。JRとの接続を改善し、勝田駅発の最終列車の時刻を1時間半以上延長したことも、利用者の増加につながった。
 
一方で、観光客を誘致するためイベント列車を導入。開業の翌年には、キリンビールとのタイアップによる「湊線ビア列車・一番搾り号」の運行が始まった。これを皮切りに、地元の蔵元や商工組合、ホテルなどと提携して、「日本酒列車」や「納豆列車」、「ヌーボー(ワイン)列車」などを次々に投入。車両を利用した婚活イベントや結婚式なども行われ、湊線は風変わりな地域の交流の場として認知されるようになっていく。

こうした施策には、吉田氏の富山時代の経験が色濃く反映されている。
「とくに収入増に直結したのが、年間定期券と『ビア列車』などのイベント列車です。それから、富山でイベントでの集客ノウハウを学んだことも大きかったですね。今までと違うことをしたり、市民の応援団やファンと一緒に何かをすると、お客さんは集まってくれる。鉄道を再生するには、地域の皆さんの協力が不可欠なのです」(吉田氏)

相乗効果をもたらした、人気観光地とのタイアップ

国営ひたち海浜公園。5月のネモフィラのシーズンには、「みはらしの丘」が瑠璃色に染め上げられる国営ひたち海浜公園。5月のネモフィラのシーズンには、「みはらしの丘」が瑠璃色に染め上げられる

湊線の再生にあたっては、沿線に県内屈指の人気観光スポットが点在する地の利も幸いした。
その1つが、太平洋岸に広がる350haの『国営ひたち海浜公園』だ。ここは5月のネモフィラと10月のコキアが特に有名で、今では年間200万人が押し寄せる一大観光スポットとなっている。

また、漁港がある那珂湊駅には、年間150万人が訪れる『那珂湊おさかな市場』がある。ここは近年のグルメブームもあって、週末ともなればマイカーが殺到し、2km 進むのに3時間を要するほどの混雑ぶりだ。加えて、那珂湊に隣接する大洗町には巨大水族館『アクアワールド・大洗』があり、こちらも年間110万人を集める人気観光地となっている。

「湊線の沿線には、合わせて500万人近くが訪れる観光地がある。これに目を付けない手はないということで、開業2年目からゴールデンウィークに、阿字ヶ浦駅と海浜公園を結ぶシャトルバスの運行を始めました。『鉄道で海浜公園に行きませんか。沿線には観光地もいろいろありますよ』とPRしたところ、これがすごく受けまして。ここ数年は連休のお客さんが右肩上がり。しかも、その3割が那珂湊駅で下車しておさかな市場にいらっしゃるという、大変ありがたいことになっています」(吉田氏)

全長14.3kmというコンパクトな路線ながら、沿線に巨大な集客力を誇る観光地が複数存在したことは、ローカル鉄道としては稀に見る幸運であったといえる。その潜在力をうまく活かして観光客を呼び込めたことが、湊線の再生に向けて強力な追い風となったことはいうまでもない。

サブカルチャー人気に目を付け、若い世代にアピール

ひたちなか海浜鉄道は、観光振興の一環として、漫画やアニメとのタイアップにも力を入れている。
2014年10月、人気のカードゲームでTVアニメにもなった『デュエル・マスターズ(通称デュエマ)』とのタイアップ企画をスタート。車両にキャラクターをラッピングし、車内で1日中ゲームが楽しめる『デュエマ列車』の運行を始めた。

実は、ひたちなか海浜鉄道がサブカルチャー人気に目をつけたのは、これが初めてではない。
同年6月、同社は茨城交通や鹿島臨海鉄道との3社合同で、TVアニメ『ガールズ&パンツァー(通称ガルパン)』にちなんだ、「世界一楽しい片道きっぷ」を発売している。
このタイアップ企画は、那珂湊に隣接する大洗町がガルパンの舞台として注目され、空前の観光ブームに沸いていることに触発されたもの。アニメの登場人物のうち4人が「ひたちなか市出身」であることに目を付け、「4人のふるさとを巡ってみよう」とファンに呼びかけたものだ。
これをきっかけに、湊線とバスを乗り継いで大洗駅に向かう人が急増。筆者が那珂湊駅を訪れた時も、リュックを背負った若者たちの一団が、大洗行きのバスに吸い込まれていった。
鉄道に乗ってもらうためなら、何にでも便乗しようという商魂のたくましさ――それが、ひたちなか海浜鉄道に活気を与えているように感じられた。

こうした数々の施策が功を奏し、湊線は順調に乗客数を伸ばしていった。その理由は、「地元のお客さんと観光のお客さん、両方をバランスよく増やすことを心がけた」点にある、と吉田氏は語る。
とはいえ、巨額の赤字を経営努力だけで埋めるのは容易ではない。地域の草の根の応援と行政の手厚い支援なくしては、再生は事実上不可能であったのも事実である。

鉄道の再生にあたって地域はどのような役割を果たし、鉄道は地域の活性化にどのような波及効果をもたらしたのか。次回は、その点をさらに深く掘り下げてみたい。

小中学生に人気の「勝太駅発!熱血デュエマ列車!!」。運行当日のみ、主人公「切札勝太」の名前にちなんで、勝田駅が「勝太駅」に変わる小中学生に人気の「勝太駅発!熱血デュエマ列車!!」。運行当日のみ、主人公「切札勝太」の名前にちなんで、勝田駅が「勝太駅」に変わる

2016年 07月07日 11時05分