シニアのための住まいを若者が仲介

裏庭の井戸の脇で。右が田中氏、左が山本氏。農業のあれこれを不思議そうに質問する山本氏裏庭の井戸の脇で。右が田中氏、左が山本氏。農業のあれこれを不思議そうに質問する山本氏

年を取ると家を借りにくくなるというのがこれまでの一般論だった。実際、日本賃貸住宅管理協会が2015年3月に全国約14万人の大家を対象に実施したアンケートでは高齢者に部屋を貸すことに拒否感があると答えた人が6割にも上ったという。

しかし、高齢者が増える世の中である。その状況を放置したままでは住宅困窮者が増え続けることになる。そこで国は2006年度から高齢者を含む転居困難者が入居できる物件を民間から募って「あんしん賃貸支援事業」を開始。2011年度からは事業を都道府県に移し、行政と不動産事業者による居住支援協議会の設置が進められている。また、全国賃貸住宅経営者協会連合会や見守り大家さんヘルプライン(愛知共同住宅協会)など、高齢者の入居を支援する団体も登場し始めている。状況は変わりつつあるのだ。

そんな中、高齢者向きを謳い、広い共用部を持つ物件、シニアハウス「むすびの家」が登場した。しかも、その物件を仲介するのは自身は26歳とまだ若いにも関わらず、65歳以上の人を対象にする不動産会社、R65不動産である。どちらも今の社会の中では珍しいもの同士。だったら、一度に紹介しようとR65不動産の山本遼氏と一緒にむすびの家を訪ねることに。場所は千葉県山武市。住所だけ聞くと遠い場所のように思うが、東京駅から出ている長距離バスを利用すれば、座って寝ているうちに1時間20分ほどで最寄りのバス停に到着する。そこからは歩いて3分。バスにはトイレも設置されており、料金は大人1,550円(ICカード利用だと1,300円)。毎日通勤するわけでないなら、意外に思えるほど楽にアクセスできる場所である。

一人残されたらどうするかを考えたら、シニアハウスになった

手前に駐車場、スロープを登ったところに入口があり、中庭と共用部、廊下を挟んで2棟が建つ手前に駐車場、スロープを登ったところに入口があり、中庭と共用部、廊下を挟んで2棟が建つ

むすびの家がオープンしたのは2016年11月。大手建設会社に勤務、定年退職後は農業や木工などの趣味三昧の暮らしを送っていた田中義章氏がむすびの家を始めたのは妻の発案だったという。

「当時、千葉市内の農村エリアに住んでいたのですが、妻が懇意にしている知人2人の親御さんが孤独死、また、妻に先立たれた知人が孤独死、一週間後に見つかるということがありました。この方は一人になられて以降、気がかりだったのですが、ちょうど我が家に引き取った父の死、妻の叔母の成年後見、もう一人引き取った叔母の世話などで気配りができませんでした。そうした出来事をきっかけに子どものいない自分たち2人の老後について真剣に考え始めました」。

一方の死後、一人残されたらどうするか。「最後まで自分らしくアクティブに生きていたいから、絶対に老人ホームには入りたくない。といっても、最後は一人で生きて行けなくなる。その時に周りに迷惑を掛けず、でも、自分の意思で身の始末ができるようにしておくためにはどうすれば良いか。思いついたのが、一人暮らしの高齢者が在宅で寄り集まって暮らすという住宅です。高齢者同士だから身体を使って助け合うのは無理としても、日常生活を支えあったり、精神的に励ましあったりはできる。幸い、親族からの遺産などもあり、借金せずに開業できることが分かったので踏み切りました」。

場所選びに当たっては千葉県内で茂原、大網、千葉市内など20~30カ所を見学、最終的には古くからの城下町として歴史があり、近くに商業施設なども揃っている山武市成東を選んだ。背後には竹林のある山が迫っており、筍も取れる。以前から趣味で手掛けていた農作業を今後は住民と一緒にやろうと近くに畑も借りた。裏庭には餅つきの道具などを収納、味噌作りをするなどのために小屋も建てた。

高齢者が元気に働く姿がかっこいい!

そのむすびの家の仲介を担当しているのは、田中夫妻より50歳(!)近く若い山本遼氏。愛媛大学を卒業後、地元の不動産会社に就職、入社2年目に東京支店開設のために上京し、4年目に退社。その後、2015年5月に65歳以上のシニアを対象にしたR65不動産サイトをオープンして業界内では話題になっている。一般には貸したがらない高齢者を対象にするなんて!という驚きからである。そのきっかけとなったのは入社3年目の春に担当した80歳の女性だったという。

「ご相談を受けた時には当社ですでに5社目。断られ続けた後で相談にいらっしゃったのですが、部屋探しは本当に大変でした。1ヶ月近く、他の不動産会社や大家さんに電話をかけまくってなんとか見つけることができたのですが、その時に思いました。高齢だからというだけの理由で自分らしい生き方ができない、好きな場所に住めない、それは嫌だなと。自分が高齢になった時にそうであったら困るから、今から高齢者に部屋を貸すことが当たり前の社会にしていきたい。それでR65不動産を思いつきました」。

高齢者の元気な姿をカッコいいと感じるという山本氏に大きな影響を与えたのは薬剤師をやっている祖母だという。「僕のおばあちゃんは自営で薬局をやっていて、立って仕事をしています。風邪薬ひとつ売るにもお客さんと向かいあってきちんと話をする。背筋をぴんと伸ばした立ち姿がすごくカッコいい。母は福祉施設で仕事をしているんですが、あんな姿勢のいい高齢者はめったにいないとよく言っています」。

大学4年時に東日本大震災のボランティアとして何度も尋ねた陸前高田で自身も被災者でありながら、地域のために、次世代のために何ができるかを考えて働く人たちの姿を見たことも大きかったという。「目の前のことだけでなく、未来を考えて働く、そういう姿が素敵だなと思いました」。

共用部にある和室で田中夫妻と山本氏。どの住戸も南向きで明るく気持ちが良い共用部にある和室で田中夫妻と山本氏。どの住戸も南向きで明るく気持ちが良い

全戸南向きの住戸に広い共用部が魅力

では、実際の物件を見て行こう。建物は2階建ての2棟からなり、その間に広い共用のリビングルーム、和室、浴室、トイレがある。リビングにはキッチンがあるのはもちろん、大きな薪ストーブ、ピアノなども置かれており、一画には書棚も。なにより、印象的だったのは置かれている家具の多くが田中氏の手作りであること。壁には友人たちの作品や収蔵品という絵画がセンスよく飾られており、丁寧に作られた空間であることがよく分かる。堀こたつのある、8畳の和室では宿泊もできるという。

住戸はすべて南向きで1人用の24.7m2~30.5m2のワンルーム8戸、2人用の50m2の1LDK4戸があり、全12戸。賃料は4万5,000円~6万円。共益費が1人あたり2万円だ。高齢者に配慮したバリアフリー仕様になっていることはもちろん、どの住戸にも大型の収納がある。現在は田中氏と20年来の付き合いがあるという妻を亡くした男性、柏から移り住んできたご夫婦と田中氏の3戸が入居している。

田中夫妻も含め、この土地での暮らしは始まったばかりだが、入居者が揃って市役所の朝市に行ったり、地元の囲碁クラブ、グランドゴルフに誘われて参加したりと、それぞれに地元に馴染みつつあるそうで「歴史のある町だから、寺社も多く、散歩が楽しい。そこで知り合いができて神社境内の掃除に行っている人もいます」。

2棟の建物の間、裏庭などあちこちに野菜、花が植えられており、野菜は田中氏の担当。以前の住まいでは50~60種類の野菜に味噌作りなどを40年にもわたってやっていたそうで、庭の一画にあった桶には自家製の漬物も。花は入居者の女性の担当で、いろいろ植えたり、手入れをしたりと自主的に行ってくれているそうだ。

左上から時計回りに共用のリビング、裏庭の小屋、居室のリビング、共用部の浴室。これから入居者を迎える部屋のすべてにスリッパが用意されているなど、田中氏のもてなしの心が印象的だった左上から時計回りに共用のリビング、裏庭の小屋、居室のリビング、共用部の浴室。これから入居者を迎える部屋のすべてにスリッパが用意されているなど、田中氏のもてなしの心が印象的だった

『ここで死にたい』があってもいい

自家製の野菜、裏庭の筍など、心のこもった昼食を御馳走になった。最後に庭からつんだ菜の花が飾られ、彩りも美しかった自家製の野菜、裏庭の筍など、心のこもった昼食を御馳走になった。最後に庭からつんだ菜の花が飾られ、彩りも美しかった

ひとつ、気になるのはこの先のこと。現在は全員健康だが、いつ、何があるかは分からない。そうした日に備え、むすびの家では往診してくれるクリニック、看護や介護ステーションなどと提携している。「そもそも、この土地自体を地元の老人ホームから紹介してもらったこともあり、介護、医療との連携は最初に考えました。妻は以前ヘルパー2級をとってもおり、『ここで死にたい』と望まれるならそれも良いと思います。もちろん、医者に反対されるなどの場合は難しいかもしれませんが、この建物なら共用部にベッドを移動して見守ることもできますから。今後は葬儀、片づけなどのサービスも少しずつ整備していく考えです」。

もうひとつの問題は高齢者は情報弱者であることが多く、発信しても情報が伝わらない、動きが遅いという点。これは山本氏も同じことを感じており、「意外に高齢者可の物件は集まってきているのですが、部屋を探している人が自分で弊社サイトにたどり着くことはほとんどなく、住宅に困って相談した自治体や士業の方々から連絡を受けるケースが大半です。また、若い人と違ってそれまでと全く違う場所に住むことは大きなストレスになることが多いので、場所のマッチングが難しいとも感じています」。

むすびの家も複数の週刊誌、テレビとマスコミで紹介されたこともあり、問合せはあるものの、実際に見学に至るケースは少ないという。実際に足を運んでみると近くて便利、トイレの心配のない移動なのだが、知らない土地には抵抗感があるのだろう。だが、それでは損をする。年をとっても自立して暮らし続けたい人にとっては検討する価値のある住まいだろう。

ちなみに今回の取材では裏庭で採れた筍のご飯を御馳走になり、自家製の味噌をお土産に頂いた。山本氏は『ちゃんとご飯を食べなさいよ』と筍ご飯を持たされており、そのやり取りはまるで孫と祖父母。世の中では世代間で社会保障の負担やらなにやらでいがみ合う図式があるが、それよりもこうして協力しあうことこそがこれからの世の中を良くしていくのだろうと思う。

むすびの家
http://musubinoie.com/

R65不動産
http://r65.info/

2016年 05月16日 11時05分