京都への観光一極集中が進む中、素通りされる滋賀県の悩み

国を挙げてのインバウンド観光推進により、2018年には訪日観光客の数が3000万人を突破した。その一方で、一部の人気観光地では、「観光公害」ともいうべき歪みが広がっている。
年間800万人超の訪日客が殺到する京都では、ゴミのポイ捨て、満員で乗れない路線バス、舞妓に対するパパラッチ行為など、さまざまな問題が噴出。昨年の紅葉シーズンには、国内外から「インスタ映え」を狙った観光客が殺到し、京都はまさに「パンク状態」となった。

だが、京都駅から電車に10分も揺られれば、そこには、瑠璃色の湖水をたたえた別天地が広がっている。琵琶湖の南西に位置する、滋賀県大津市である。
滋賀県は古くは近江国と呼ばれ、飛鳥時代には近江大津宮が置かれた王都でもあった。古来、琵琶湖の水運は日本経済の中枢を支える大動脈であり、大津はいくつもの街道と湖上交通が交差する要衝の地であった。
こうした歴史の厚みを反映して、市内には石山寺や西教寺、日吉大社など、古社名刹も多い。天台寺門宗総本山の園城寺(おんじょうじ)、通称「三井寺(みいでら)」の執事長・福家(ふけ)俊彦さんは、こう語る。
「比叡山延暦寺も、今ではすっかり“京都のもの”みたいになっていますが、実際の所在地は大津です。同じ古都でも、平地に整然とつくられた京都とは違って、大津は琵琶湖の景観に恵まれ、自然との関わりも深い。ここは、京都や奈良にはない、独自の歴史や文化が残っている場所なのです」。

とはいうものの、キャラ立ちした諸府県がひしめく関西にあって、滋賀県の存在感が希薄であることは否めない。東海道新幹線も、今では下りの便の大半が、東京から滋賀を素通りして京都・新大阪へと直行してしまう。滋賀が「通過県」といわれるゆえんである。
近年の調査によれば、滋賀県を訪れる観光客の7割は“日帰り客”。その多くが近隣府県からの来訪者であり、遠方からの観光客はけっして多くはないという(『「健康しが」ツーリズムビジョン2020』)。
「たとえ大津に宿泊しても、朝起きたらすぐに京都に行かれる方が多い。滋賀にも見所は多いのに、県内に滞在して、ゆっくり時間を使ってくれる方は少ないのが実情です」と、福家さんは嘆く。

長等山(ながらさん)園城寺、通称・三井寺の国宝・金堂長等山(ながらさん)園城寺、通称・三井寺の国宝・金堂

もっと三井寺のことを知ってもらいたい――観光客誘致の受け皿として高級宿坊をオープン

『和空三井寺』外観。境内の僧坊「妙厳院」をリノベーションしたもの。宿泊は1日1組限定。間取りは3LDK+仏間。カップルや家族での利用が多い『和空三井寺』外観。境内の僧坊「妙厳院」をリノベーションしたもの。宿泊は1日1組限定。間取りは3LDK+仏間。カップルや家族での利用が多い

滋賀県の観光認知度の低さは、神社仏閣にとっても死活問題となりつつある。少子化や信仰形態の変化によって、寺社を経済的に支えていた檀家や氏子が激減する中、観光に活路を見出そうとする神社仏閣が少なくないためだ。
創建以来1300年余の歴史を持つ、園城寺三井寺もその1つ。この寺は、全国的な知名度こそ延暦寺には及ばないが、比叡山と双璧をなす天台系の本山寺院であり、きわめてダイナミックな歴史を持つ寺院である。

三井寺は7世紀に天智・弘文・天武3帝の勅願所として建立され、貞観元(859)年に比叡山の天台座主・智証大師円珍によって再興された。だが、円珍の没後、円珍の弟子たちと慈覚大師円仁の弟子たちとの間で抗争が激化。正暦4(993)年、円珍派は比叡山を下りて三井寺に入った。
その後も、度重なる争乱と焼き討ちで、三井寺は何度も灰燼に帰したが、そのつど不死鳥のように甦った。昭和21(1946)年には天台寺門宗の総本山として再出発。その伝統と格式は、国宝10件・重文42件という国指定文化財の充実ぶりからもうかがえる。

だが、「不死鳥の寺」といえども、時代の波に抗うことはできない。歴史ある寺を後世に伝えていくためには、新たな財源の確保がなんとしても必要だった。
だが、いかんせん、ブランド力という点では京都の寺院に遠く及ばない。そこで、三井寺はある妙手に打って出る。2018年8月、境内の僧坊を再生して、1棟貸しの高級宿坊『和空三井寺』をオープンさせたのである。

なぜ、同寺は宿坊の開設に踏み切ったのか。それは、「もっと三井寺のことを知ってもらいたいから」と、福家さんは言う。
「三井寺は南北2km以上にわたって35万km2の境内地を持ち、今も30坊近い僧坊が現存しています。ところが、せっかくお参りに来られても、滞在時間はせいぜい1~2時間。これでは、三井寺の歴史や伝統に十分ふれてもらうことはできない。三井寺のことをよく知っていただくためには、境内に泊まって、ゆっくり過ごしていただくのが一番いい――そう考えていた矢先、たまたま総門近くの僧坊に空きが出た。折も折、和空さん(株式会社和空プロジェクト)が宿坊創生事業を始められたという話を聞き、『宿坊の運営をやってもらえるなら』という条件で、建物を提供することになったのです」。

古格とモダンデザインが融合。1棟貸しの宿坊で過ごす極上の時間

『和空三井寺』とは、どのような宿坊なのか。
総門から境内に入って少し歩くと、「妙厳院」という表札を掲げた平屋の建物が見えてくる。これが『和空三井寺』。400年の歴史を持つ僧坊をリノベーションした、1棟貸しの宿坊である。
建物の広さは約176.16m2。キッチン、ダイニング、リビングの他に、居間・寝室兼用の2間続きの16畳の和室とサブの寝室がある。庭に面した縁側の廊下を伝って西側に回り込むと、不動明王像が安置された仏間があった。三井寺の霊性の象徴ともいえる、『和空三井寺』の心臓部だ。

やはり僧坊を再生利用した京都・仁和寺の高級宿坊が、「できるだけ昔の面影を残す」ことを目指していたのに対して(※1)、『和空三井寺』では古民家の味わいを活かしつつも、現代的なデザインが施されている。インテリアデザインを担当したのは、東京の『HOTEL CLASKA』や『ザ・神宮前レジデンス』などを手掛けた鄭秀和さん。オリジナルの家具や照明器具にも職人の手仕事が活かされ、古格とモダンが絶妙にマッチした、居心地のよい空間に仕上がっている。

(※1)「素泊まり1泊100万円の衝撃。開業から1年余を経た、仁和寺の高級宿坊を見に行く」https://www.homes.co.jp/cont/press/reform/reform_00874/

宿泊料金は「1泊2食・体験付きで2名30万円から」(1棟貸しフルパッケージプラン・最大4名まで)と、けっして安くはないが、子供の就職・独立や金婚式・銀婚式など、人生の節目を記念するイベントとして利用する人も多いという。
上記プランを利用すれば、近江懐石の老舗『清元』の総料理長が自ら宿坊まで出張し、特別メニューの夕食を提供。また、滞在中は、バトラー(執事)が宿泊客の要望にきめ細かく対応してくれる。

これだけでも十分に贅沢だが、さらにVIP気分を高めてくれるのが、『和空三井寺』のゲストだけが味わえるプレミアム文化体験だ。宿坊の利用者は、一般には許されていない国宝や非公開エリアの特別拝観、豪華な襖絵がある国宝の客殿での坐禅などを楽しむことができる。また、西国札所の観音堂で特別ご祈祷を受けたり、背後の山に分け入って、三井寺に伝わる修験道の体験修行をしたりと、他ではなかなか味わえない”文化体験”をすることも可能だ。
もちろん、夕刻の閉門から翌朝の開門までは、境内は貸し切り状態。観音堂がある高台から、琵琶湖や比良山地の雄大な風景を望むもよし、境内に咲き乱れる四季折々の花を心ゆくまで眺めるもよし。
静寂の中で疲れた心身を癒し、明日を生きる力を取り戻す――それは、「不死鳥の寺」三井寺の真髄にふれるひとときでもある。

(上左)縁側から庭園を望む寝室。(上右)寝室の続きにある和室の居間。床の間の掛け軸は安土桃山時代の作。(下左)歴史の厚みを感じさせる仏間。厨子の中には、三井寺が所蔵する大日大聖不動明王が安置されている。(下右)リビングルーム。テレビやエアコンなどの家電製品は壁面に収納。水回りはフルリフォームされているが、間取りは一切変えていない(上左)縁側から庭園を望む寝室。(上右)寝室の続きにある和室の居間。床の間の掛け軸は安土桃山時代の作。(下左)歴史の厚みを感じさせる仏間。厨子の中には、三井寺が所蔵する大日大聖不動明王が安置されている。(下右)リビングルーム。テレビやエアコンなどの家電製品は壁面に収納。水回りはフルリフォームされているが、間取りは一切変えていない

老朽化した建物をリノベーションし、「稼げる僧坊」に再生

「顕・密・修験の三道兼学」を旨とする、園城寺(三井寺)の執事長・福家俊彦さん。三井寺についての著書多数「顕・密・修験の三道兼学」を旨とする、園城寺(三井寺)の執事長・福家俊彦さん。三井寺についての著書多数

ところで、三井寺が宿坊開設に踏み切った背景には、古刹が共有する深刻な悩みがあった。それは、「伽藍を維持する費用をどう捻出するか」という問題である。
現在、三井寺の境内にある建物の総数は約300棟。1棟ずつ50年に1度修繕するとしても、毎年6棟の修繕が発生することになる。

「当寺の予算でかなりの比重を占めているのが、伽藍や文化財を維持するための費用です。三井寺が文化財維持のために支出する費用は、年間5000~6000万円。国宝・重文なら修復費用の助成が受けられますが、僧坊は補助金の対象にはならないので、お寺が100%自力で守っていかざるをえない。このため改修費が追いつかず、明治時代には55以上あった僧坊が、 今では30未満にまで減っているのが現実です」(福家さん)

このままでは、老朽化した僧坊が次々に廃墟になってしまう。そうなっては、三井寺の歴史と伝統を守り抜くことはできない――。危機感を抱いた三井寺は、新たな維持管理の手法を模索。一般の人も利用できる僧坊をできるだけ増やし、その事業収益を建物の修繕費用に当てることで、「伽藍を使いながら維持していく」方針を打ち出した。
手始めに、僧坊の1つを改修し、2015年にカフェ「ながら茶房 本寿院」を開業。寺院ならではの佇まいを楽しみながら、信楽焼の器で地場産の茶やスイーツが味わえるとあって、参拝者からの評判も上々だ。

「今後も僧坊などを活用して、参拝者が境内でゆっくり過ごせるような場所を増やしてしていきたい。茶房や宿坊を利用された方の口コミが広がれば、プラスのサイクルが生まれるのではないか。それが観光客の呼び込みに直結するかどうかはわかりませんが、少なくとも第一歩にはなると思うのです」と、福家さんは期待を込める。

「パンクする京都」のすぐ隣にある別天地。滋賀の魅力を世界に発信

とはいうものの、ここへ来て、潮目は少しずつ変わりつつある。
理由の1つは、冒頭でもふれたように、京都観光への一極集中が限界を迎えつつあることだ。すでに、京都では日本人宿泊者数は漸減傾向にあり、京都の混雑ぶりに恐れをなした「日本人の京都離れ」が進んでいるという指摘もある(※2)。観光客を1人でも多く呼び込みたい滋賀県にとっては、千載一遇のチャンス到来といえる。

(※2)中井治郎『パンクする京都~オーバーツーリズムと戦う観光都市』星海社新書

もう1つは、滋賀県のインバウンド誘致にも、ようやく明るい兆しが見えてきたことだ。
「平成30年滋賀県観光入込客統計調査結果」によれば、2019年の外国人延観光入込客数は60万976人と過去最高を記録。琵琶湖に大鳥居を浮かべた白髭神社も、新たな「インスタ映え」スポットとして訪日客の注目を集めている。また、先日のラグビーワールドカップで、ウェールズ代表が大津での休日を満喫している姿が、SNSで世界中に発信されたことは記憶に新しい。

つまるところ、滋賀の古刹の魅力とは何か――それは、「自然の中に神仏が鎮まっている、という独特の空間感覚」と、福家さんは言う。
「まずは大津に来てもらわないことには、話は始まらない。そのためにも、京都のすぐ隣に魅力的な場所があることを、多くの方に知っていただき、大津まで足を運んでいただきたい。三井寺に来ていただくのは、それからです」。
滋賀観光全体の底上げなくして、滋賀の寺社の繁栄はない。そのためにも、個々の寺社が独自に動くのではなく、「点」を「面」に広げながら、ワンチームで大津ブランドを築き上げていくことが肝心、と思いを語る。

令和元年版の観光白書では、今後が政府が推進していく体験型宿泊コンテンツの1つとして、「寺泊」が採り上げられた。東京五輪で世界中から訪日客が集まる中、「由緒ある寺院の宿坊に泊まる」というエキゾチックな文化体験は、彼らにとって魅惑的なコンテンツとなるだろう。
「水の浄土」と謳われた琵琶湖と湖西の名刹群――その魅力を世界が発見する日も、そう遠くはないかもしれない。

「パンクする京都」のすぐ隣にある別天地。滋賀の魅力を世界に発信

2020年 02月06日 11時05分