2018年12月に開業した神田明神文化交流館『EDOCCO』

天平2(730)年に創建された江戸総鎮守・神田明神(正式名・神田神社)。”江戸総鎮守”として徳川幕府や江戸庶民の崇敬を集め、神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内など、首都東京108ヵ町の氏神として地域を守ってきた。
5月中旬に行われる神田明神の祭礼「神田祭」は、山王祭、三社祭と並ぶ江戸三大祭の1つ。平安中期に朝廷支配に異を唱えて関東で挙兵し、壮絶な最後を遂げた平将門公を、祭神の1柱としてまつっていることでも有名だ。
近年は、『ラブライブ!』や『こち亀(こちら葛飾区亀有公園前派出所)』など人気アニメとのコラボでも知られ、そのユニークな取組みで世間の耳目を集めている。その神田明神が、総工費45億円を投じて、境内に新たな施設を建設した。2018年12月15日に開業した、神田明神文化交流館「EDOCCO」である。

これは、2029年に創建1300年を迎える同神社の奉祝記念事業の第1弾。東京五輪で外国人参拝者の激増が予想される中、「神田明神を日本の伝統文化の発信基地として育てていきたい」(大鳥居信史宮司)との思いから計画されたものだ。この文化交流館を建設した理由について、清水祥彦権宮司はこう語る。

「神社は常に変化しています。常若(とこわか)(※1)の文化を背景とし、伝統を守りながらも進化していくのが神社のあるべき姿です。また、神社は祝祭空間でもあり、神田明神は秋葉原の氏神様として、常に新しい文化を取り込み続けてきました。
しかし、今、神社は危機に直面しています。このまま少子高齢化が進めば、『25年後には神社の40%が失われる』というデータもある。新しい時代に向けて生き残るために、神社は何をすべきなのか。伊勢神宮様や明治神宮様ではできないことに、神田明神は取り組んでいきたいと思います」

※1:古くなったものをつくり変えて、常に若々しく永遠の命を保つという考え方。

神田明神文化交流館『EDOCCO』。乃村工藝社が企画・プロデュースと内装、鹿島建設が建築設計・施工を担当(©川澄・小林研二写真事務所)神田明神文化交流館『EDOCCO』。乃村工藝社が企画・プロデュースと内装、鹿島建設が建築設計・施工を担当(©川澄・小林研二写真事務所)

コンセプトは「伝統×革新」。新規顧客開拓の発想で参拝者を呼び込む

統括プロデューサーの坂爪研一氏。「東京スカイツリー®・東京ソラマチ®」を手掛け、「SKY CIRCUSサンシャイン60展望台」では電通と共同で企画・プロデュースを担当した統括プロデューサーの坂爪研一氏。「東京スカイツリー®・東京ソラマチ®」を手掛け、「SKY CIRCUSサンシャイン60展望台」では電通と共同で企画・プロデュースを担当した

神田明神がEDOCCOを建設したきっかけは、4年前に遡る。
創建1300年を間近に控えた同神社では、かねてから記念事業の企画に頭を悩ませていた。そこに飛び込んできたのが、東京五輪開催決定の一報だった。2020年の五輪イヤーが到来すれば、東京は、世界中から押し寄せる数千万人の訪日客で溢れ返ることになる。その瞬間を、神田明神はどのように迎えるべきなのか――模索が続いた。

同神社の一行が、埼玉県内の東北自動車道・羽生パーキングエリア(PA)『鬼平江戸処』を訪れたのは、そんなある日のことである。羽生PAは2013年、池波正太郎の代表作『鬼平犯科帳』をコンセプトにリニューアルオープン。江戸の町並みを細部に至るまでリアルに再現し、毎年500万人が訪れる人気施設へと成長を遂げていた。
羽生で江戸のにぎわいをつくれるのなら、江戸の中心である神田で、江戸のにぎわいがつくれないはずはない――そんな思いを深めた一行は、羽生PAのリニューアルを担当した乃村工藝社の坂爪研一氏に協力を要請。坂爪氏を統括プロデューサーに迎え、神田明神の境内再開発プロジェクトがスタートした。

とはいえ、プロジェクトは構想段階で早くもつまずいた。坂爪氏はこう振り返る。
「当初、考えたのは“商売繁昌の館”というコンセプトでした。商業の世界には“集中と選択”という言葉がある。この考え方をベースに、神田明神の強みである商売繁昌のご利益を前面に打ち出そうと考えたのです。ところが、この提案は、氏子総代会の方々から却下されてしまいました。『神田明神には大己貴命(だいこく様)、少彦名命(えびす様)、平将門命(まさかど様)という3柱の神様がおられる。商売繁昌を司るえびす様だけに焦点を当てるのはいかがなものか』ということで、承認を得られなかったのです」(坂爪氏)

そこで、坂爪氏は企画の見直しに着手。あらためて神田明神の特性を分析した結果、「伝統と革新」というコンセプトにたどり着いた。その上で、少子高齢化の影響を最小限にとどめるため、神社にマーケティングの手法を導入。半年がかりで新たな施設の構想を固めていった。

「我々は“新規顧客開拓”の発想を持ち込み、①今まで神社に興味がなかった層、②訪日外国人観光客を呼び込むことによって、次の時代の礎をつくっていこうと考えました。イベントと日本文化体験によって集客を図り、新たな文化が生まれる装置として文化交流館を活用していこう――EDOCCOは、そんな発想から生まれたのです」(坂爪氏)

ガラス越しに伝統的な神社空間と現代アートが響き合う

EDOCCOは地下1階・地上4階の鉄骨鉄筋コンクリート造。1階フロアには神札授与所やショップ、カフェがあり、神社の社殿を彷彿とさせる内装が施されている。天井の高さを活かして、木格子の屋根を組み上げ、「権現造(ごんげんづくり)」のイメージを再現。平将門とゆかりの深い多摩地方産の木材も活用し、木の香りが漂う心地よい空間となっている。

2階・3階には神田明神ホールがあり、内装は「木々の揺らぎや重なりを表現し、鎮守の森に囲まれてお祭りが展開するようなイメージ」(鹿島建設・丸山琢氏)を表現したもの。ホール後方の可動間仕切りを開けると、吹き抜けのホワイエがあり、ガラス越しに境内を一望することができる。
また、地下1階のスタジオは日本文化の体験スペースとなっており、日本の精神文化や伝統芸能が楽しめるプログラムを提供。和楽器の演奏から着付け、利き酒、書道・茶道や盆栽に至るまで、日本文化を体感できる企画やワークショップを充実させていくという。

建築と現代アートが融合していることも、EDOCCOの特徴の1つだ。
4階の貴賓室に掛けられた絵画作品「光の森」は、仏レジオン・ドヌール勲章の受勲者でもある松井守男氏が、「鎮守の森」をテーマに描いたもの。また、建物の東南角には、松井氏と金工作家・宮田亮平氏とのコラボによるオブジェ、二の宮・少彦名命「えびす様」と「blue・bleu・ブルー」が置かれ、ホワイエには着物デザイナー・斉藤上太郎氏が手掛けた全長20mの「神田大明神祭礼絵図/西陣織」が掛けられている。

こうしたアートの力を最大限に引き出しているのが、ガラスの採光面を大きくとったデザインだ。
今回、建築設計を担当した鹿島建設は、「建物自体が主張するのではなく、透明なガラス越しに窓の中のアートが境内に浸み出してくるような」(丸山氏)環境作りを目指したという。
黄昏時には、ライトアップされた館内のアートが浮かび上がり、神田祭のざわめきが境内を満たしていく。ガラス越しに響き合う、神社の風景と現代アート。それは、「伝統と革新」の融合を追求する過程でクリエイターたちが生み出した、一つの答えといえるかもしれない。

館内を彩る現代アートの数々。(上)松井守男「光の森」(下左)宮田亮平「えびす様」、松井守男「blue・bleu・ブルー」(下右)斉藤上太郎「神田大明神祭礼絵図/西陣織」(©ナカサ&パートナーズ河野政人)館内を彩る現代アートの数々。(上)松井守男「光の森」(下左)宮田亮平「えびす様」、松井守男「blue・bleu・ブルー」(下右)斉藤上太郎「神田大明神祭礼絵図/西陣織」(©ナカサ&パートナーズ河野政人)

日本文化体験で、東京が世界に羽ばたくための切り札に

だが、EDOCCOが単なる「神社併設の文化会館」だと考えるなら、それは神田明神の深謀遠慮を見誤ることになる。神田明神はこの施設を作ることで、東京の未来図に向けて新しい磁場をつくり出した、といえなくもないのである。

それを象徴するのが、神田明神の「DMO東京丸の内」への参加である。
DMO東京丸の内とは、都心型MICE(※2)の誘致を目的として結成された組織で、メンバーには、大手町・丸の内・有楽町地区でコンベンション施設やホールなどを営む大手企業や一流ホテルが名を連ねている。神田明神は、神社界初のメンバーとして、DMO東京丸の内への登録を実現。世界に開かれた日本文化の発信基地として、大きな一歩を踏み出した。坂爪氏は語る。

「今、丸の内は国際会議の誘致に力を入れており、国際都市として世界に羽ばたこうとしています。とはいえ、オフィスやホテル、町並みを新品にするだけでは、シンガポールや香港、ソウルなどの競合に勝つことはできません。競合がひしめく中で、唯一、東京が差別化できるものがあるとすれば、それは『日本文化』です。国際会議で来日した外国人が、『近くで日本文化を体験したい』と思ったとき、その受け皿としての役割を神田明神が果たすことができれば、それは大きな差別化要因となる。神田明神は日本文化体験の場を提供することにより、東京が世界との競合に勝つための一翼を担おうとしているのです」

EDOCCO開業を機に、境内を本格的なユニークベニュー(※3)として活用する環境も整った。
「東京五輪の開催期間中に、歴史と伝統ある境内でレセプションを開き、外国人のお客様をお迎えしたいという話も入り始めています。全員一丸となって、それをどう乗り切るかが今後の課題ですね」(坂爪氏)

※2:Meeting, Incentive, Conference(Convention), Exhibitionの略で、大きな集客効果が期待できるビジネスイベントの総称。
※3:歴史的建造物や文化的施設などを会議やレセプションに使用し、特別な感覚や地域特性を演出すること。

EDOCCOで日本文化を体験。(上)琴や鼓、三味線の演奏 (下左)神田明神EDOCCO CAFE-MASU MASU-特製「益々繁昌御膳」 
(下右)着物のレンタルや着付けのサービスもあるEDOCCOで日本文化を体験。(上)琴や鼓、三味線の演奏 (下左)神田明神EDOCCO CAFE-MASU MASU-特製「益々繁昌御膳」  (下右)着物のレンタルや着付けのサービスもある

現代の人たちの願いを叶える。それが神社としての役目

もちろん、神田明神が力を入れているのは、訪日観光客の受け入れだけではない。EDOCCO開設を機に、アニメを核とした秋葉原地区との連携も、一層進めていく考えだ。
例えば、2階のホールや地下1階のスタジオでは、定期的にアイドルのライブやイベント、メイドカフェも開催。そこに透けて見えるのは、「伝統文化もサブカルチャーも日本文化の一側面」と言い切る、神田明神のぶれない姿勢である。「伝統と革新」という、ともすればお題目になりがちな言葉が、見事に内実をともなっている。そこに、アキバの氏神・神田明神の真骨頂がある。

少子高齢化にともない地域コミュニティが衰退し、日本人の宗教意識が大きく変わる中、全国各地の神社は参拝者減少という深刻な危機に直面している。そんな中、参拝者の減少を食い止めるための起爆剤として、アニメとのコラボに力を入れている神社は少なくない。
だが、神田明神の氏子区域は、大手町や丸の内、神田、秋葉原など、首都東京を代表する一等地。少子高齢化の影響は免れないとしても、日本で最も豊かな氏子区域に支えられた神田明神が、なぜ、サブカルチャーや若者文化にこれほど肩入れするのか。神道学研究者で権禰宜の岸川雅範氏は、その理由についてこう解説する。

「神社には“伝統的で不変のもの”というイメージがありますが、お参りに来られるのは現代の人です。ということは、神社とは伝統文化を担う存在であると同時に、現代文化そのものでもある。さらにいえば、神社とは江戸名所図会に描かれた観光地であり、楽しみや喜びをつくり出す場所でもあるんですね。
伝統とは革新の繰り返しであり、新しい文化が採り入れられることによって、100年後にはそれが伝統になっていく。神田明神がIT情報安全守護のお守りをお出ししているのも、現代の人たちの願いを叶える神社としての役目があるからです。アニメとのコラボに積極的なのも、それが現代の文化だから。神様は現代の人のためにいる。神社は今も生きている、ということを伝えたいですね」

恵まれた環境にある神社だからこそ、サブカルチャーにも純粋に「文化」として向き合うことができる――そう考えれば、破天荒にも思える神田明神の数々の試みが、江戸総鎮守の横綱相撲に見えてくるから不思議である。
首都東京という地の利を生かし、神社界のトップランナーとして疾走する神田明神。その「伝統と革新」を体現するEDOCCOは、東京の磁場をどのように変え、宗教界全体にどのようなインパクトをもたらしていくのか。今後の展開に注目したい。

人気アニメとコラボした絵馬人気アニメとコラボした絵馬

2019年 02月05日 11時05分