宿場町として栄えた伝統の復権を目指す大津。町家活用の宿が相次いで誕生

かつて旧東海道屈指の宿場町として栄えた滋賀県大津市。中心部には江戸時代以来の「大津町家」が約1500棟も残っている(大津市調べ)。しかし、高度成長期以降、町からにぎわいは失われ、商店街にはシャッターが目立つようになった。
そこで大津市が今、官民挙げて取り組む活性化のビジョンが、2018年4月に発表された「大津宿場町構想」だ。新しい「まちづくり」ではなく、町の歴史に根ざした「まちもどし」を目指している。

町家の住人による改修については、以前の記事【築130年柴山商店から始まった“大津百町”景観再生。町家7棟を改修した商店街ホテルも開業】にも書いた。大津ではさらに、宿場町の面目を復活する“町家の宿”が誕生している。第1号は2017年4月に開業した「粋世(いなせ)」。昭和8年(1933年)に建設された米穀商の建物を、当時と同じ材料を使って改修した。2017年11月には、国の登録有形文化財になっている。

そして2018年6月、商店街に散らばる7棟の町家を一気に改修し、まとめてひとつのホテルとした、全国初の“商店街ホテル”がグランドオープンした。事業主は滋賀県竜王町に本拠を置く「木の家専門店 谷口工務店」。代表の谷口弘和さんは「数ある古民家の宿の中でも、日本一のクオリティに仕上がったと思っています」と胸を張る。設計・造園に当代の一流を招き、熟練の大工技術を駆使。北欧の家具と照明で彩った。

「商店街HOTEL 講 大津百町」。改修設計は無有建築工房、造園は荻野寿也景観設計/(左上)アーケード商店街の中心部にある「丸屋」/(右上)「丸屋」内観。吹き抜けの階段が広がりを感じさせる/(左下)「丸屋」のインテリア。家具はフィン・ユールの「ベーカーソファ」と「アイテーブル」/(右下)「近江屋」の前で、谷口工務店代表の谷口弘和さんと大津町家研究家の柴山直子さん(右下以外の写真提供:木の家専門店 谷口工務店)「商店街HOTEL 講 大津百町」。改修設計は無有建築工房、造園は荻野寿也景観設計/(左上)アーケード商店街の中心部にある「丸屋」/(右上)「丸屋」内観。吹き抜けの階段が広がりを感じさせる/(左下)「丸屋」のインテリア。家具はフィン・ユールの「ベーカーソファ」と「アイテーブル」/(右下)「近江屋」の前で、谷口工務店代表の谷口弘和さんと大津町家研究家の柴山直子さん(右下以外の写真提供:木の家専門店 谷口工務店)

人口1.2万人の竜王町から県庁所在地へ。進出の拠点に築90年の町家をリノベ

もともと大工として大手ハウスメーカーの住宅をつくっていた谷口さん。営業・設計・施工が分業化され、つくり手がお客さんと接する機会が少ないことに疑問を感じ、2001年に独立・起業した。目指すは“日本一の工務店”だ。

谷口工務店がユニークなのは、現在約90人いる従業員の半数近くが大工ということ。当たり前に思うかもしれないが、建設業界では職人は外注するのが一般的だ。約40人もの大工を、それも終身雇用の正社員として抱える工務店は珍しい。しかも、毎年全国の大学から新卒採用しているという。谷口さんが大津町家改修に乗り出した動機のひとつには、若い社員大工に伝統の木造技術を学ばせたいという思いがあった。

竜王町で基盤を固めた谷口さんが、県庁所在地進出を狙って大津の町を訪れたのは、2015年のこと。「駅前に人通りは少ないし、商店街も元気がなくて淋しかった」と振り返る。「大津はJRで京都から2駅、京阪電車で京都の中心部にも直結している便利な場所。繁栄してしかるべきなのに、どうしてさびれているんだろう? そのことに、かえって興味をひかれました。調べてみれば、町の歴史もおもしろい。それで、大津のまちなかに拠点を持とうと決めたんです」

商店街に空き物件はいくらでもありそうだったが、初めのうちは「よそ者に貸す物件はない」と門前払いを食らった。それでも谷口さんはくじけずに何度も大津に足を運び、町の集会所を訪ねるなどして徐々に人脈を築いていったそうだ。そこへ、駅前の和菓子屋が廃業するという噂が舞い込んだ。

和菓子屋が入居していた建物は、もとは旅人向けの木賃宿だったといい、築後約90年を経ていた。奥行きが深く中庭を持つ伝統的な町家の形式は、増改築によって覆い隠され、雨漏りなどによる傷みもひどかった。谷口工務店はこれを自腹で改修する約束で、持ち主と10年間の定期借家契約を結ぶ。設計を建築家・竹原義二さん率いる無有建築工房に依頼し、半年がかりでリノベーション。2016年6月に、事務所兼ショールーム「大津百町スタジオ」としてオープンした。「大津百町(おおつひゃくちょう)」とは、最盛期の大津に町割りが100あったことによる通称だ。

大津百町スタジオ。「商店街HOTEL 講 大津百町」と同じく、設計は無有建築工房、造園は荻野寿也景観設計/(左上)改修前、建物を引き継ぎ。左はもとの和菓子店主、右は谷口さん/(右上)改修後の道路側外観/(左下)内観。「貫」と呼ばれる伝統的な横材でつくった耐震壁を追加して、視覚的な広がりを確保しながら補強した/(右下)スタジオの改修工事に合わせ、谷口工務店の大工が商店街の一斉清掃を行った(写真提供:木の家専門店 谷口工務店)大津百町スタジオ。「商店街HOTEL 講 大津百町」と同じく、設計は無有建築工房、造園は荻野寿也景観設計/(左上)改修前、建物を引き継ぎ。左はもとの和菓子店主、右は谷口さん/(右上)改修後の道路側外観/(左下)内観。「貫」と呼ばれる伝統的な横材でつくった耐震壁を追加して、視覚的な広がりを確保しながら補強した/(右下)スタジオの改修工事に合わせ、谷口工務店の大工が商店街の一斉清掃を行った(写真提供:木の家専門店 谷口工務店)

商店街の町家を宿に改修し、大津の魅力を発信するリアルメディアに

大津に深くかかわるようになった谷口さんに、“商店街ホテル”のアイデアを提案したのは、雑誌「自遊人」編集長の岩佐十良さんだ。会社としての「自遊人」は新潟県南魚沼市で人気宿泊施設「里山十帖」を経営しており、宿やレストランの「リアルメディア化」を推進している。「宿は、衣・食・住に加え遊びまで、ライフスタイルのすべてを提案できる、またとないメディアです」と岩佐さんは言う。

この提案は、谷口さんのビジョンにもマッチした。谷口工務店が大津で仕事をしていくうえで、今さら住宅展示場にモデルハウスを建てても、さほど大きな反響が得られるとは思えない。それよりも、商店街に点在する空き家を宿に改修すれば、技術を見せる場をつくりながら収益も見込める。町の美観に寄与し、宿泊客を呼び込むことで地域に貢献できれば、やがては谷口工務店の評判にもつながるはずだ。

「われわれが目指すのは、昔ながらの“棟梁”像の復活です。かつて町の棟梁は、地域の大事な冠婚葬祭などの折に、陰になり日向になり力になってくれる、頼りになる親方でした。大津に谷口工務店が来てくれてよかった、と言ってもらえる存在になりたい」(谷口さん)

ただし、町家の1棟や2棟ではホテルの経営が成り立たないし、商店街ににぎわいを生む効果も薄い。「大津百町スタジオ」でも物件探しに苦労した谷口さんだが、そのおかげで何軒か協力してくれそうな町家の心当たりができた。「大津百町スタジオ」を開業したことで、地元で長く町家再生に尽力してきた建築士で大津町家研究家の柴山直子さんとも知己を得ていた。柴山さんのネットワークも手伝って、アーケード商店街に3棟、その近くに1棟、旧東海道に3棟確保できる見通しが立った。

(左上)アーケード商店街の元天ぷら屋を改修した「鈴屋」/(右上)旧東海道に面した「茶屋」。ホテル形式の客室5室がある/(左下)明治の長屋を改修した一棟貸しの「鍵屋」。旧東海道から少し入った風情のある路地に建つ/(右下)かつては花街だった住宅街にある一軒家「糀屋」(写真提供:左下は自遊人、ほか3点は木の家専門店 谷口工務店)(左上)アーケード商店街の元天ぷら屋を改修した「鈴屋」/(右上)旧東海道に面した「茶屋」。ホテル形式の客室5室がある/(左下)明治の長屋を改修した一棟貸しの「鍵屋」。旧東海道から少し入った風情のある路地に建つ/(右下)かつては花街だった住宅街にある一軒家「糀屋」(写真提供:左下は自遊人、ほか3点は木の家専門店 谷口工務店)

改修には県外から助っ人大工も。開業前の大茶会で滋賀の伝統文化をアピール

改修する町家には、江戸末期の呉服屋など商家もあれば、大正・昭和期の長屋もあった。いずれも空き家だった期間が長いため、程度の差はあれ、かなり傷んでいたという。中には、建物全体が傾いているものすらあったそうだ。壁を剥がしてみたら中の柱が腐っていた、といった事態の繰り返しで、工事はたびたび軌道修正を迫られた。

工務店として、改修に妥協は許されない。内外装・空間づくり・造園といった目に見える部分はもちろん、耐震性を確保し、断熱性・遮音性にも徹底的にこだわった。

着工は2017年7月。改修費用に国の助成金を利用するため、期限通りに完成させなければならない。大工の手が足りず、最後は富山や新潟、愛知など他県の工務店に応援を頼んだという。入れ替わり立ち替わり、総勢約50人の大工が県外から駆けつけてくれ、なんとか年度末に間に合わせた。

工事を進める傍らで、谷口さんが企んだのはお披露目の方法だ。ホテルが目指す地域貢献のありかたを広く知ってもらいたい。そこで、プレオープンを控えた4月20日に、盛大なお茶会を開くことにした。お茶会なら、完成した空間を味わってもらうことはもちろん、ホテルのおもてなし精神も伝えられる。茶室のしつらえや道具に滋賀県各地の工芸品を使い、地元の銘菓を供することで、地域文化の紹介にもつながる。

ホテルは、北欧、特にデンマークの家具と照明をふんだんに使っていることから、正客にはデンマーク大使を招待した。滋賀県知事、大津市長にも列座を請い、関連財界の要人を招いて、招待客は合計108人を数えた。もともと表千家で研鑽を積んでいた谷口さんをはじめ、谷口工務店の社員全員が京都の「下鴨茶寮」で本格的な茶事研修を受け、総出でお迎えしたそうだ。翌日に開催した一般向けのホテル見学会には、約1000人が詰めかけた。

ホテルのオープニングセレモニーとして行われた茶事の様子(画像提供:木の家専門店 谷口工務店)ホテルのオープニングセレモニーとして行われた茶事の様子(画像提供:木の家専門店 谷口工務店)

町全体で旅人をもてなす商店街ホテル。地域と足並み揃えて発展を目指す

ホテルの名前は、運営を担う自遊人が付けた。「商店街HOTEL 講 大津百町」。「講(こう)」とは、かつて日本にあった地域の助け合い組織の呼び名だ。商店街に泊まって、まちなかで食べて飲んで、買い物を楽しんでもらう。周囲には昔懐かしい銭湯もあるから、住人になった気分で旅の汗を流すのもいい。

ホテルでは毎日、付近の商店の協力を得て、「商店街ツアー」を開催している。地酒の利き酒、漬物や川魚の惣菜など、これまで地元の人しか知らなかった、大津ならではの味を試食しながらのまちあるきだ。これまでに、商店街でおよそ15万円もの買い物をした宿泊客もいたという。

加えて、自遊人は「ステイファンディング」という新しい試みを始めた。1泊1人あたり150円をプールし、商店街連盟に寄付する仕組みだ。150円は温泉地の入湯税に相当する金額。これを、まちおこしの財源にしてもらう。その狙いについて自遊人の岩佐さんは次のように語る。「日本中どこでも、民間のまちおこし団体は財源に困っている。私自身も新潟で経験しています。ステイファンディングを大津で定着させて、ゆくゆくは全国に広がっていくことを願っています」。

町家の再生活用、商店街のにぎわいづくり、そして地域とともに発展を目指すホテル経営。「商店街HOTEL 講 大津百町」の未来に期待したい。

木の家専門店 谷口工務店 https://taniguchi-koumuten.jp/
商店街HOTEL 講 大津百町 http://hotel-koo.com/

「商店街HOTEL 講 大津百町」のインテリア。アルネ・ヤコブセンの「エッグチェア」やルイス・ポールセンの照明器具など、北欧の名作が使われている(写真提供:上2点は木の家専門店 谷口工務店、下2点は自遊人)「商店街HOTEL 講 大津百町」のインテリア。アルネ・ヤコブセンの「エッグチェア」やルイス・ポールセンの照明器具など、北欧の名作が使われている(写真提供:上2点は木の家専門店 谷口工務店、下2点は自遊人)

2018年 12月04日 11時05分