羊、森、水の富の豊かさに惹かれて

インパクトを手にするレイモンドさん(上)と手作りの羊毛断熱材を掲げる荒谷さん(下)インパクトを手にするレイモンドさん(上)と手作りの羊毛断熱材を掲げる荒谷さん(下)

厳しい寒さや人口減少の進む北海道北部にあって、特産の白樺樹液を生かしたブルワリーや小さなリノベーションホテルが登場するなど、注目を集める美深 (びふか)町。その中心部から20km以上奥の、深い森に囲まれた場所に、真冬は氷点下30度も珍しくない仁宇布(にうぷ)集落がある。ここで、地域で資源を循環させて豊かな暮らしを実践する「研究会」が立ち上がった。羊毛から断熱材を手作りして古い住宅を改修したり、町内の木材でエネルギーをつくったりと、楽しげな実験が静かに繰り広げられている。

仁宇布は約25世帯ほどの集落で、地元の人から「ニップ」と親しみを込めて呼ばれている。唯一ある小中学校は町教育委員会による山村留学の拠点で、遠方の都市部から親元を離れた子どもたちも暮らす。2020年春にスタートした「ニップ暮らしの研究会」は、4男の山村留学きっかけに老朽化した住宅を借りて住む米国出身のエップ・レイモンドさん、妻の札幌市出身の荒谷明子さんと、近くで羊毛工房「粗清草堂」を構える逸見暁史さん、吏佳さん夫婦の計4人が中心となって活動している。

レイモンドさんと荒谷さんは、新千歳空港に近い長沼町で1995年から、「無償の自然の富を生かす」を旗印にした農場「メノビレッジ」を経営。産地で消費するため地元住民に直接届けるなど、地域で支え合う「再生農業」(CSA、地域支援型農業)を展開し、地域内で食べ物や経済を循環させる独自性と先進性で広く知られている。夫妻は農場の繁閑をみながら、車で片道4時間をかけて行き来している。

メノビレッジで自ら羊を飼い、将来は羊飼いになりたいと言う4男と暮らすレイモンドさん。「羊が飼われていて、羊毛をいっぱい使うことができる。水がきれいで、羊毛を洗える。森があるので、木材が手に入る。近くの農家から加工機を借りて、製材もできる。長沼とは違う自然があり、また長く暮らしている人もいるのが仁宇布の魅力です」と言う。

共通の関心は、「無償の富」の生かし方

羊毛工房「粗清草堂」を主宰する羊毛作家の吏佳さんは洗い、染め、毛を整えるまでの工程をすべて手作業で行っている。自然と溶け込むような暮らしを求め、2004年に移住。町内の羊農家から手に入れた身近な未利用の羊毛や、自ら敷地内で飼う羊の毛を中心に使い、ハンドメイドの服や靴、雑貨を手がけている。

かねて、飼育から加工までの資源循環に興味を持っていた吏佳さん。「仁宇布の羊農家さんに、『わざわざ羊毛を買うのはもったいない。いくらでもあるよ』と言われて美深に来ました。食用の羊の健康管理のために刈られる毛はほとんどが捨てられ、余っています。ここに循環の可能性を感じました」と振り返る。農家宅だった住宅兼工房を改修する際、町内で余った羊毛を断熱材として活用した経験もある。

かねてメノビレッジの有機栽培の小麦粉を取り寄せていた逸見さん夫妻は、再生農業にも関心を寄せ、羊毛を断熱材に活用できるというアイデアを知ったレイモンドさん夫妻と、暮らしのあり方について話し合うようになった。「自然の富を生かして、環境負荷をかけずに暮らせるか。共通の関心は、日々の暮らしをどう豊かにするかです」と吏佳さん。

4人はお互いの強みを持ち寄り、補い合う関係になった。

「粗清草堂」で羊毛作品に囲まれる逸見さん夫妻「粗清草堂」で羊毛作品に囲まれる逸見さん夫妻

知恵を巡らせ、地域の力で山村住宅を改修

レイモンドさんが借りる住宅は親子向けの木造平屋(66.6m2)で、築54年。老朽化のため解体が検討されていた。2020年度がこの住宅で迎える初の冬になるが、屋内も厳しい寒さになると予想されていた。レイモンドさんによると窓はシングル(1重)で、本州仕様と同じように基礎に通気口があり、冷気が侵入。「熱がたくさん逃げて、湿気対策、結露対策も大きな課題でした。換気にはいいんですけどね」と笑う。そこで、教育委員会の理解を得て、町内の羊毛を断熱材にすることを柱に、手を入れることにした。

断熱の工法や熱循環の理論は、荒谷さんの父である北海道大学名誉教授の荒谷登さんによる研究「断熱を利用した自然エネルギーの活用」をベースにした。荒谷登さんは寒冷地住宅での断熱や熱循環の専門家として知られ、レイモンドさん夫妻は、羊毛という自然の恵みを生かし、灯油代が半額になることを目指した。

羊毛は120頭分、500kgほどを確保。ワークショップ形式で延べ100人以上の手を借りて、毛に付着したごみを取り、川で洗い、シート状にのばす作業を繰り返した。20cmの厚さに仕上げ、外壁を壊し、外断熱として入っていた古いグラスウールに重ねる形で入れていった。羊毛を断熱材に使ったものの虫が発生した逸見さん夫妻の経験から、ホウ酸を注入した。

基礎部分の通気口は75mmの既成品の断熱材を張ってふさぎ、モルタルで塗って仕上げた。結露につながらないよう、10度を下回らないよう床下に温度計を設置、ストーブの給気筒を床下につなげて管理した。

新調した窓はあえて小さいものをセレクトし、熱が逃げることを防いだ。もともとグラスウールの入っていなかった物置部分は、断熱材を追加するためにコンパネと垂木を使って外壁を10cm外側に広げた。

断熱材の外側には、住宅横に建てたビニルハウスで町内の木材を丸太状態からカットして自作した板を張った。サイディング(外壁材)は木に比べて水に強いため、もともとあったものの一部を取り外し、雪と接する建物下部に移すなど、できるだけ廃棄物が出ない工夫を重ねた。

外壁に入れ込まれる羊毛の断熱材(左上)、羊毛のごみを取り除くワークショップ参加者(右上)、地元の丸太から製材された板張り(左下)、工事が進む住宅(右下)
外壁に入れ込まれる羊毛の断熱材(左上)、羊毛のごみを取り除くワークショップ参加者(右上)、地元の丸太から製材された板張り(左下)、工事が進む住宅(右下)

町内の木材チップも循環の立役者。思い描く暮らしとは

チップを積み上げて作られるチップボイラー(上)、通路にチップをまいて微生物の分解を進める畑(下)チップを積み上げて作られるチップボイラー(上)、通路にチップをまいて微生物の分解を進める畑(下)

仁宇布という地名の由来は、「木があるもの」を指すアイヌ語にある。循環のツールとして羊毛に可能性を見いだした4人だが、もう一つの立役者として目をつけたのが、町内でチップ化されている豊富な木材だ。

逸見さんの工房の裏手ではウッドチップボイラーを製作。円筒状に組んだケージに沿ってチップを詰め、水を通すホースを巻き、水をかけながら数人で踏み固め、積み上げていく。10立法メートルのチップを使い、発酵によって2週間で50度まで上昇、最高では60度に達した。取材で訪れた11月4日は、一面が雪化粧で外気温は2度だったが、ボイラーは50度に保たれていた。

すぐそばでは、チップで土の分解を進める畑づくりに挑戦。通路にチップをまき、野菜を植える場所には堆肥をのせて、種まきと水やりをした。カボチャや大豆、スイカなどが順調に育ち、草取りの時、根っこから抜けるようになるなど、変化が感じられたという。吏佳さんは「微生物が人間の代わりに耕してくれるんだと感じられるようになりました」と手応えを感じ取る。ボイラーで使ったチップを畑でも使えるため、ここでも循環させることができる。「燃やしておしまい、じゃないのがいい」と吏佳さん。暁史さんは「羊毛もチップも、土地のものを使うことができる。貯蔵庫をつくるための雪も多いので、何かできれば面白いですね」と想像を膨らませる。

レイモンドさんは「なにかを作るためにそこにあるものを壊したとき、多くは産業廃棄物になってしまう。でも羊毛は堆肥になるし、木材なら薪になります。海外では牧草で断熱材をつくっている地域もあります。これからはどこでも、あるものを使って、面白い生活ができます」と提案する。共感しているのは、日本独特の「MOTTAINAI」という言葉や考え方。「もしこの地域でエネルギーがつくれたら、地域からお金が出ていかず、もっと自由になる。そのためには自然の恵みと人の恵み、両方が要りますね」と言う。

たとえ効率が悪くても、時間がかかっても。60人ほどの集落で、自然と人の力を借りて、仁宇布ならではの豊かな暮らしを思い描く。4人のまなざしは、ワクワクに満ちていた。

2020年 11月27日 11時05分