「不動産の多様分散」とは?

歴史的建造物に指定されている重厚な外観歴史的建造物に指定されている重厚な外観

多くの観光客でにぎわう華やかなメイン通りから離れた北海道小樽市の住宅街に、カフェとゲストハウス、レンタルスペースの機能をもつ「(旧)岡川薬局」がある。小樽市の歴史的建造物にも指定されている、もともと薬局だった建物がリノベーションで再生されたものだ。オーナーは、地元にUターンした建築家の福島慶介さん。歴史的・デザイン的に貴重な空間という点を生かし、時間・場所を細分化して切り売りする、「不動産の多様分散稼働」という独自の実験的な手法で運営している。

旧岡川薬局は1930(昭和5)年建築で、木造のモルタル塗り2階建て。基礎工事に1年をかけた重厚な造りで、赤いトタンの屋根は二重勾配の「マンサード屋根」や、屋根の途中から突き出た「ドーマ窓」があり、威風堂々とした和洋折衷のデザインが特徴だ。小樽市によると、昭和初期の代表的な商店建築とされている。

福島さんの実家は工務店を営み、旧岡川薬局はすぐ裏手にある。幼少のころから、重厚な建物の存在感が記憶に染み付いていた。学生時代は東京で建築を学び、建築やデザインに絡めた社会課題の解決の提案をしていたが、家業の今後も考え、可能性のあふれる地元・小樽で経験を生かそうと帰郷した。そこから旧岡川薬局の運営に至るには、2つの偶然があった。

解体現場で芽生えた、原風景への思い

地元に戻ってすぐ、実家の工務店が、旧岡川薬局の所有者から取り壊しの相談を受けていることを知った。福島さんは取得や解体費用の高さから二の足を踏んでいたが、同じころ、旧岡川薬局と同じ年に建てられた近所の建物が解体されたのが決断のきっかけになった。「解体現場をずっと見ていて、ショベルカーが臓物を引きずり出すかのように見えました。この辺りの古い建物は自分にとっての原風景なのに、なくなると思い出せなくなってしまう。残す価値のあるものは残し、原風景を守りたいなと思いました」と振り返る。

学生時代に横浜市で宿泊業を手伝った経験があり、地域への好影響や経済的な効果があると感じていたため、福島さんは宿泊を軸に利活用しようと2009年に取得。リノベーションを経て2010年4月にオープンさせた。

建物の正面には、かつてガラスの建具ドアがあったが、「夜は暗いエリアなのでディスプレイのように明かりをともしたい」という思いから、リノベーションで全面ガラス張りに変更し、出入り口を右手にずらした。その後、宿泊者の利便性を考えて夜間も使える専用出入り口を設けて電子錠で管理するなど、改良を加えた。かつての調剤室はキッチンに転用し、キッチン横をゲストハウス入り口とした。和室があった2階にはゲストハウスの和洋4部屋があり、1階には共有のラウンジスペースや、ゲストハウス奥には小樽のアイコンとも言える石蔵もある。石蔵は以前の所有者がガラス天井に改修しており、歴史を感じさせる堅牢さと、光が差し込む開放感を同時に楽しめる。

調剤室周辺(左上)がリノベーションでカフェに生まれ変わった(左下)。岡川薬局の建造当初の外観(右上)とリノベーション直前の外観調剤室周辺(左上)がリノベーションでカフェに生まれ変わった(左下)。岡川薬局の建造当初の外観(右上)とリノベーション直前の外観

宿泊、カフェ、レンタルスペースで歴史的建造物を切り売り

運用面で特徴的なのは、建物の奥まった部分を活用したゲストハウスのみならず、外から店舗を見渡せるカフェも営業し、ゲストハウス部分のラウンジスペースや各部屋はすべてレンタルスペースとして時間貸しができるようにしている点だ。

福島さんは学生時代に横浜市で宿泊事業を手伝ったこともあり、もともと宿泊には思い入れがあった。「古い建物はすべてを思い通りに改修できず、浴室は大きくできないので、銭湯に出かけていってほしい。食事はカフェ利用も嬉しいですが、近くのお店を紹介します。宿泊の利点は、カフェやレンタルスペースに比べて、より滞在の尺が長いこと。周辺散策をほとんどせずに宿泊施設の中だけで完結するのはどうなのかなと感じていて、地域に出かけて散策をしたり、その地域特有の文化の薫りがするような宿泊施設に滞在するのが、本質的だと考えています」。そして、地域との関わりや交流を持つ中間領域として、カフェの展開に至った。

福島さんがかねて意識しているのが、「空間を切り売りする」という考え方。1つの建物全体を1つの使い道に限定するのではなく、細分化することで多様な利用形態やプレイヤーを生み出すイメージだ。

多様分散稼働のヒントは、東京で過ごした学生時代にあった。新しい時代のあり方を提案する2007年にあったコンペに応募。将来的には東京でさえ人口が減ることから、「空室が増えて歯抜けの空間ができる。そうすると従来の2年更新の不動産契約などが追いつかない時代がやってくるはず」と予想した。さらに、「モノが身の回りにあふれ、自分を満たしてくれるものが多くなった。空間であっても、2年ではなく1日や数時間で貸すサービスがないと、供給できないまま塩漬けになるものが多くなるだろう」と今後の不動産活用の見通しを立てた。建物単位ではなくて部屋単位で、時間も細分化して、フレキシブルに売り出していく発想が芽生えたという。そのときの経験から着想し、岡川薬局の多様な活用に至った。

時間貸しで利用できる石蔵を改修したスペース(左)とゲストハウス洋室(右上)、イベントの様子(右下)時間貸しで利用できる石蔵を改修したスペース(左)とゲストハウス洋室(右上)、イベントの様子(右下)

実験を積み重ねる理科室のように

「多様分散」は経済的なメリットがあることに加え、建物の持つ力を地域や人材に生かす上でも有効だ。旧岡川薬局の建物はもともと断熱材が入っておらず暖房費がかさみ、高経年のためメンテナンス費用にも目を配る必要がある。福島さんは「維持費が高額になってしまうので、ちょっとでも収入を増やし、いろいろな人が関われるようにしていく。そのことで、古い建物がコミュニティの象徴になれるだろうと考えました」と言う。

運営会社はデザイン会社でもあり、スタッフは旧岡川薬局の運営とデザイン業務を兼務している。カフェ業務が立て込んでいる時は、オフィススペースでデザイン業務をしているスタッフがサポートに入ることで、人件費の無駄を減らしている。またカフェでは外部による出店を受け入れる仕組みがあり、これまで多くの出店者が独自の店舗運営を展開することで運営効率化につなげている。

カフェの厨房はかつての調剤室で、建物の随所に薬局時代の名残がある。ビーカーや試験管型の容器を使い、理科の実験のような演出もしている。「いろんなものを調合する薬局だったので、ここは実験の場所です。大きな案件をきちっと道筋立ててやらずとも、コストを抑えてその都度スピーディーにフィードバックしながら実験を積み重ねることができる時代です。ここでの実験でうまくいったビジネススキームを別のところで役立てたり、似た事例が生まれたりして、憧れる存在になりたいですね」と展望を語る。

順調にいけば2020年にも、実家の工務店に歴史的建造物をもう1棟取得してもらい、地元の日常を伝える宿泊施設として活用するという。福島さんの実験は続く。

不動産の多様分散稼働の可能性を話す福島さん(左)。砂糖が入っているのは試験管型の容器(右上)で、薬局の名残も随所で感じられる(右下)不動産の多様分散稼働の可能性を話す福島さん(左)。砂糖が入っているのは試験管型の容器(右上)で、薬局の名残も随所で感じられる(右下)

2019年 12月21日 11時00分