坂本龍一をゲストディレクターとして開催された
「札幌国際芸術祭2014~都市と自然」

“暮らしかた冒険家”の二人、池田秀紀さんと伊藤菜衣子さん“暮らしかた冒険家”の二人、池田秀紀さんと伊藤菜衣子さん

7月19日から9月28日まで行われた、札幌初の国際的なアートフェスティバル「札幌国際芸術祭2014」。世界的なアーティストである坂本龍一氏をゲストディレクターとして迎えて開催されたこのフェスティバルは、21世紀の自然、都市のあり方、経済、暮らしを模索し、都市と自然との共生のあり方を問うたものである。
これからの都市と自然の共生のあり方をテーマとしたこの国際芸術祭、市内各所で展覧会やパフォーマンスなど、世界で活躍する現代アーティストたちが参加し、様々なプログラムが展開された。

芸術祭らしく、現代アートの展示などのエキシビションやアーティストのパフォーマンス・ライブなども行われたが、興味深いのは、参加・実践型のプロジェクトを芸術祭のプログラムとして加えたことである。都市空間のサウンドコンペティションや札幌市資料館リノベーションアイデアコンペティションなどがプロジェクトとして展開される中、暮らしかたの模索として、"暮らしかた冒険家~hey, sapporo"が参加した。

“暮らしかた冒険家”の二人、池田秀紀さんと伊藤菜衣子さんの「ないものねだりからあるものみっけ」をキーワードとする暮らしのあり方、“実際に札幌の一軒家に暮らし、来る人が参加しながら暮らしかたを体験する”というのがそのプロジェクトの内容。
二人の「暮らしかた発信」の試みを取材してきた。

暮らしかた冒険家の第三章「hey ,sapporo」へ

熊本の築100年前後の町屋にひとつひとつ手を入れていく様子。(写真は、ベルリンから来た友人と西粟倉の檜材を貼っているところ)熊本の築100年前後の町屋にひとつひとつ手を入れていく様子。(写真は、ベルリンから来た友人と西粟倉の檜材を貼っているところ)

「私たちの暮らしはいつだって不安だったのかもしれない。だから進化してきたのかもしれない。いまある社会の問題と向き合って、私たちがこれからどんな暮らしかたが幸せなのか?を模索していきます。」という宣言をした二人が“暮らしかた冒険家”と名乗ったのは、今回の札幌国際芸術祭からではない。
写真家の菜衣子さんとWeb製作の仕事をしていた秀紀さん、二人が出会ったのが渋谷区富ヶ谷のアパートだった。「築30年の2階建て木造の古いアパートでした」というその部屋を、大家さんの了解を得て、棚を造ったり、ペンキを塗ったりと手を入れて住んでいた菜衣子さん。「ペンキの塗り方も知らなかった(笑)養生シートってなあに?という感じです。」という秀紀さんを助けているうちに意気投合して、結婚。Web制作、写真家である二人は「通信ができて、机とパソコンさえあればどこでも仕事はできる」(秀紀さん)こともあり、新婚時代から自分たちのこれからの暮らし方や住む土地を模索していた。

そんな二人の転機となったのが、2011年3月11日の東日本大震災における原発事故だった。「何もなくなる怖さ」を体験し、"ゆるぎない暮らしかた"を深く考えるきっかけとなったのだ。反原発デモにも参加したが、「まずは自分たちで何もないところからやってみる」ことを選んだ。

たどり着いたのが城下町熊本の築100年前後の町屋。20年近くも人が住んでいない部材や家財が放置し放題だった空き家を地道にDIYしながら借りて住んだ。「片づけても片づけても果てしなく終わらないような…そんな作業でした。これってもうすでに"冒険だね"と(笑)」菜衣子さんは笑う。そんな中、噂を聞きつけてだんだん人が集まってきた。あまりに大変な様子を見て自然に手伝ってくれる人が増えていったという。「じゃあ、壁塗りをワークショップにしよう」と漆喰塗り体験を開催したりした。自然と人が集まり、家と暮らしかたが開かれていく…野菜をもらったり、仕事を手伝ったり、建材をもらったり、と"お金"を介さないでも一部の暮らしかたが回るようになった。そんな生活を二人は「高品質低空飛行生活」と呼んでいる。

そんな"冒険"をした3年あまりの熊本暮らしだったが、今回の札幌国際芸術祭参加のため、次の住まいを札幌で探した。暮らしかた冒険家の富ヶ谷・熊本からの第三章「hey, sapporo」だ。

持続可能な暮らしは、「ないものねだりから、あるものみっけ」の中に

札幌市西区にあるこの家は、実は、菜衣子さんが9歳まで暮らしていたという築28年の木造住宅札幌市西区にあるこの家は、実は、菜衣子さんが9歳まで暮らしていたという築28年の木造住宅

「ないものねだりから、あるものみっけの暮らしかたと、なくなりそうなものを想像して、暮らしを見直す冒険。たとえば人類史上初の急激な人口減少のなか、電気や水のインフラは維持できるのだろうか。食べ物は運ばれてくるのだろうか。なにかある前に考えておく。冒険しておく。暮らしかた冒険家は15年後の暮らしかたを模索しています。」その理念と方法がゲストディレクターの坂本龍一氏の共感を得て、芸術祭のプログラムのひとつとして取り上げられることになった。
札幌での冒険の舞台は、菜衣子さんが9歳まで暮らした築28年の木造の家である。

彼らがプロジェクトで行おうとしているのは
1)DIYによるエコ改修
2)オフグリッドの暮らし
3)交換経済の実験
の3つの試み。断熱や薪による暖房・自家発電など、できるだけ供給されるエネルギーを使わずに暮らす仕組みをつくっていく。
今回の「札幌国際芸術祭2014」では、プロジェクト参加者は「交換したいもの(こと)」を提示し、あるもの・できることを提示してDIYなどに参加するという仕組み。みんなで大胆に壁紙をはがしたり、漆喰を塗ったり、薪を割ったりするのである。お金で交換するのではなく、モノを交換する・ワザを交換する、ことの暮らしを体験する。

「オルタナティヴな暮らしの豊かな具体例をつくってみたいと思っているんです。でも、暮らしのビジョンが明確にあって、それに向かって進んでいくというよりは、嫌いなものをそぎ落としていくということなのかもしれない。この家でも"いやなものを捨てる、剥がす"作業をしている、という感じです。」と秀紀さんは言う。

そこにあるものを活かしていく、「知恵と、とんちを利かせて」暮らす豊かさ

製品化されない、羊の毛をほぐして洗う。羊の毛は、家の断熱材となる製品化されない、羊の毛をほぐして洗う。羊の毛は、家の断熱材となる

このプロジェクトを通じて、"暮らしかた冒険家"は参加した人たちにどんなメッセージを伝えたいかを質問した。

「一見、"価値がない"と思われているものにこそ、見方を変えてのチャンスがある…私たちは素人だから発想を柔軟にして、見方をかえることもできるんです。知恵ととんちを利かせて賢く暮らすことができることを伝えたい。例えば、外で洗っている羊毛は本来は製品にならずに捨てられるもの…。でも実は、羊毛は最高級の断熱材なんです。」と菜衣子さん。

「住まいや暮らしかたは、結局は主観的なものだと思います。僕たちはこの暮らしを押し付けるつもりはないし、様々な暮らしがあると思う。ただひとつ、もっと客観的な観点というか…これから少子化・高齢化、エネルギー問題など必ず直面する本当の真実に、自分たちの暮らしは正直に向き合っているか、を問うていきたい。」と秀紀さんは語る。

熊本の古民家は最初は誰も見向きもしなかった。それでも、彼らが手を入れたその後は"住んでみたい"という人が増えたという。でも、それはすでにそのプロセスを経ていない者にとっては違う意味をもつ。二人はそのプロセスこそがスキルとなっているから、手を入れ、住みやすくなった愛着のある古民家を離れて、(いろいろ悩んだりしたものの)新しい暮らしへのチャレンジができるのだ。

「熊本の築100年の古民家に暮らす…というのはキャッチーだったのかもしれません。でも、これから増えていくのは今自分たちが手を入れている築30年前後の空き家だと思います。そういった“まだ十分に住める”家に手を入れて快適に暮らせるように活用するのも知恵のひとつ。どんなところでも、どんな家でも自由に変えていいんです。そういった実感をもってほしい。」と二人は話してくれた。

「住まいはもっと自由だ!」を実践する人々

ひとつひとつ丁寧にキッチンの扉や床を貼っていく。「この家の借主が決まったら、相談しながら部屋に一緒に手を入れていきたい。楽しみです。」という祐季さんひとつひとつ丁寧にキッチンの扉や床を貼っていく。「この家の借主が決まったら、相談しながら部屋に一緒に手を入れていきたい。楽しみです。」という祐季さん

最後に“暮らしかた冒険家”を訪ねて出会った「住まいの自由」を自らの手で行っている人を紹介したい。札幌で、実家が保有している築25年のアパートの空き室を自らDIYでリノベーションしている吉崎祐季さんだ。
祐季さんが部屋の本格的なDIYをはじめたのは、なんと今回が初めて。まだ作業中の部屋は、様々自由な発想があふれている。例えば、写真のキッチンの扉はベニヤの板にビンテージっぽく様々な色にペンキを塗り貼り合わせてつくったもの。部屋の一部の壁をブルーに塗ったり、出窓のカウンター部分にもパステルのタイルを貼ったり、押し入れ部分だけピンクにしたりと、まるでガールズムービーに出てくる部屋のようだ。彼女曰く、「日本人は住まいに興味がなさすぎる。もっと自由でいいのに…と思っていました。」
彼女が、暮らしかた冒険家の二人と出会ったのは、この「札幌国際芸術祭2014」がはじまってから。「いままで、部屋のDIYについて、たくさんの本やインターネットで調べたり、業者の人に直接聞いたり、苦心して進めていました。結構、孤独な作業でした。でも、ようやく相談できる人ができた。」と祐季さんは笑う。

菜衣子さん、祐季さんともに「何故、DIYを?」ときっかけを尋ねると、同じような経験が元になっていた。
菜衣子さんは、高校生の時にミシガン州にホームステイをした。そのときのホストシスターが父親に「誕生日のプレゼントは部屋の壁」とお願いをし、父親が彼女のために壁をワインレッドに塗ったのである。祐季さんも同様に海外での滞在経験でスペインで一面ピンクの部屋を見たり、カナダで家にガンガン手を入れる様を見た。どちらも「住まいはもっと自由だ」という実感を伴う経験をしていたのである。そう思う人たちは、これから自然派生的に増えていくだろうと思う。

今回取材で訪れて感じたことは、「エコ」「環境配慮」「DIY」の暮らしといっても、"こうあらねば"という頑張りや無理をしてのこだわりではなかったという発見。"暮らしかた冒険家"も祐季さんも、実に自然に「暮らし・未来を見つめて、住まいを考えていたらこうなった」という感じであった。

ないものねだりからあるものみっけの暮らし…それは知恵を絞り、とんちを使って、家が主役でなく、人が主役の暮らしであった。そして、その主役である人が暮らしに必要なあらゆることに自ら丁寧に関わってこそ、実感のある暮らしが出来上がり、そして住まいがある、という実に論脈の通ったものであった。

「丁寧に暮らす」ことが「豊かな住まい」につながる…自ら発信をしつづけ、冒険をし続ける"暮らしかた冒険家"とその周りの動きに今後も注目していきたい。

取材協力:「暮らしかた冒険家」 http://heysapporo.meoto.co/

2014年 10月30日 11時02分