アーバンデザインの一角としての駅舎設計

近畿大学の久隆浩教授(総合社会学部環境系専攻)近畿大学の久隆浩教授(総合社会学部環境系専攻)

2014年、堺市は、南海電鉄南海線の「浜寺公園」駅(築110年)と「諏訪ノ森」駅(築98年)の旧駅舎と、高架化するそれぞれの新しい駅舎、駅前交通広場などのデザインコンペティションを実施した。

コンペを実施する前に堺市は、市民を含めたワークショップや勉強会、有識者をまじえた懇話会を行った上で、古い駅舎の保存・活用を選択した。コンペでは、駅舎を中心に高架部分が周りの景色とうまく調和する案が求められた。

選考委員の一人である近畿大学の久隆浩教授(総合社会学部環境系専攻)は、「旧駅舎や新駅舎、広場を一体とする中で、新しい駅舎だけが目立つのではなく、都市空間として全体をどう考えるか、アーバンデザインが問われました」と話す。

浜寺公園駅の旧駅舎は、新しい駅舎の1階、エントランス部分に組み込む形で残すことになった。旧駅舎の中央部分は利用者が往来する通路となるが、両側部分は駅への来場者が集い、憩う場とする。現在の駅舎のプラットフォームの屋根を活用した庇などの設置も検討されている。夜間には旧駅舎をライトアップするなど、かなり旧駅舎を主張するデザインだ。

一方、諏訪ノ森駅は、浜寺公園駅と同様、次世代へ文化的価値が継承できるような保存的活用を目指すことでは一致しているが、旧駅舎は新駅舎から離し、駅前広場の東側の一角に配置する。旧駅舎にはステンドグラスがはめ込まれていたが、高架になった新駅舎の壁面には、ステンドグラスを彷彿とさせる意匠を使うなど、元々のデザインを大切にしている。

旧駅舎の保存・活用には民間の力を活用

曳家の工事を控え、現在は塀に囲まれている浜寺公園駅だが、辰野金吾設計の駅舎と聞いて見学に来る人も曳家の工事を控え、現在は塀に囲まれている浜寺公園駅だが、辰野金吾設計の駅舎と聞いて見学に来る人も

堺市は、「駅は人が集まる場所なので、地域の人を中心に情報発信や交流の拠点としてほしい」と話す。もともと浜寺公園駅で交流や展示、ミニイベントなどを実施してきたことをふまえ、浜寺公園駅、諏訪ノ森駅とも、旧駅舎の活用については民間活力を利用し、情報発信拠点、地域の交流スペースとして活用する方針が決まった。

といっても高架化が完成する10年後まで何もしないのはもったいない。浜寺公園駅の旧駅舎は2016年1月28日、いったんこの駅舎での利用をやめ、隣接する仮の駅舎での営業を始めた。旧駅舎は近いうちに曳家(ひきや*)という工事で、建物を持ち上げて動かし、南西に30mほど移動することが決まっている。そこで、文化財調査をしたり、一定の補強工事も行なわれる。
来年3月から、この曳家された旧駅舎で試験的な活用が始まる。現在、地域のまちづくり協議会や駅舎保存を考えるNPOが旧駅舎活用の内容を考えているところ。試験活用は数年にわたって行われる。

(*)曳家:建築物を解体せずにそのまま水平移動させて、他の場所に移す方法。

地域の課題であっても、地域住民の合意形成は難しい 

古い建物やなじみのある建物が壊されると聞いて、「壊さないでほしい」「今のまま残してほしい」と声があがる。撤去や建て替えの計画を知ってから初めて「そんなに価値のある建築だったのか」と気づく。「そういえば長年親しんできた」と懐かしんだり惜しんだりする感情がおきる。

撤去や建て替えではなく保存・活用の道を選ぶ上で、何もかもを事業者や自治体に任せるのではなく、まちの主体の一人である住民の参画を狙うのが浜寺公園駅と諏訪ノ森駅の事例だ。長期間、旧駅舎を活用する費用まで負担できない自治体の事情もある。
一言で地域住民といっても千差万別だ。同じ最寄り駅を使っていても、まちや駅に対する意識は違うし、価値のある建築物だからといって、残してほしいという思う人もいれば、全く無関心な人もいる。どれほど愛着があるか、人それぞれ。

だからこそ、何らかの形で住民が顔を合わせ、事業者や自治体とともに話し合うステップが必要だ。これは、駅舎を核にした「まちづくり」の事例ともいえる。
前出の久教授はこれまで、いろいろなまちづくりに関する勉強会や講演会でアドバイスを行い、住民のまちづくりへの参画を支えている研究者だ。浜寺公園と諏訪ノ森の二つの旧駅舎の保存・活用でも提言したり、コンペの選考委員の一人してかかわった。
「まずは住民が議論して、いろいろな人の意見をフランクに出すことが大切です。その時には、一部の声に引きづられないように、みなが話し合って納得した上で、保存活用という結論に向かうのがいい。ただし、地域住民の合意形成はそんなに簡単なことではありません」と久教授は言う。

旧駅舎と高架化される新駅舎が融合するプランの浜寺公園駅。株式会社アプル総合計画事務所がコンペの最優秀賞を獲得旧駅舎と高架化される新駅舎が融合するプランの浜寺公園駅。株式会社アプル総合計画事務所がコンペの最優秀賞を獲得

時間をかけ、腹を割って話し合うことの大切さ

例えば、目の前で大きな事故や甚大な被害が起き、緊急に解決を迫られるときは、地域の共通課題として人は結束しやすい。だが、このまちを将来どうするかとか、目の前にある古い建築物をどう保存・活用するのかなど、スパンの長い課題には着地点も見えにくいし、方法論も五里霧中となりやすい。
「腹を割って、数回議論をしていくと、割と皆の意見も落ち着いて、接点を見いだしやすくなります」と久教授は話す。まちについて話しあう時には、“未来をどうするか”から始めず、“過去はどうだったか”“現在はどうなのか”と、ゆったり時間のある時に話していくと、比較的うまくいきやすいとも指摘する。
ともに住んでいるまちの過去をあぶり出し、歴史を咀嚼し、ここの地域の特徴は何なのか、目の前の建築物はどんな意味があるのか、それを含めてどんなまちにしたいのか、時間をかけて話し合ううちにお互いの気心がしれ、本音をいいやすくなる。

浜寺公園駅と諏訪ノ森駅の旧駅舎保存活用が比較的スムーズに進んだのは、2つのコツがあったという。
「堺市は浜寺公園駅舎を『東京駅のお兄さん』と呼びました。辰野金吾が設計した東京駅より前にできた価値のある建物だと、上手な広報活動をしたのです。そして、議論の場に地域住民、鉄道会社、連続立体推進課の職員、私のような第三者の専門家に加え、“高架化事業の担当者ではないけれど地域をよく知る区役所の職員”を入れたこと。そのおかげで、事態が紛糾したり、誰かが怒りだしたりするような事態にはなりませんでした」と言う。

新しい駅前広場の一角に旧駅舎を移設して活用する諏訪ノ森駅のプランは、株式会社ジェイアール東日本建築設計事務所がコンペで最優秀賞を獲得新しい駅前広場の一角に旧駅舎を移設して活用する諏訪ノ森駅のプランは、株式会社ジェイアール東日本建築設計事務所がコンペで最優秀賞を獲得

良質なコミュニティの形成と将来を見据えた継承

市民主体のまちづくりを目指す上では、どんなコミュニティが醸成されているのかが問われる。
昔から住み続けてきた人と住み替えてきた人、地域で過ごす時間の長い人と夜にだけ帰ってくる人とでは、まちに対する温度差がある。また、地域のコミュニティが強いリーダーシップ型か、話し合いながら進めていくフラット型か、個性も特徴もばらばらだ。できれば普段から仲の良い良質なコミュニティを築き、オープンに地域の課題を共有し、周囲を巻き込んでいけるなら、時間のかかる地域の課題にも立ち向かいやすい。

隣り合う浜寺公園駅と諏訪ノ森駅の住民たちは、駅の保存・活用という同じ課題にあたっているが、コミュニティは別々だ。
両駅の高架化は20年にも及ぶ長期事業であり、民間活用が本格化するのは10年後。今までコミュニティを支えてきた人もいずれ高齢化し、旧駅舎活用が始まる10年後には入れ替わっているかもしれない。10年後を見据えるならば、将来を担う世代を巻き込む必要もある。
長くかかるプロジェクトに対しては、まちの担い手も上手なバトンタッチが問われる。多世代につながるネットワーク型のコミュニティを形成し、ハードだけではなくソフトも含めてどう運営するかを考えることがこれからの鍵となる。

歴史的に価値がある建築物だといって、全てを残すのが無理なこともある。保存と活用のバランスをどう考えるか、地域の歴史や文化をどう継承するか、地域の担い手はどう動いたらいいのか、どんな地域の調整役を加えればいいのか…。浜寺公園駅と諏訪ノ森駅の駅舎は、そんなまちづくりのあり方のヒントをくれる。

現役として活躍する築98年の南海電鉄「諏訪ノ森」駅西駅舎。屋根や破風、中の待合室は、セセッションの影響を受けたデザインとなっている現役として活躍する築98年の南海電鉄「諏訪ノ森」駅西駅舎。屋根や破風、中の待合室は、セセッションの影響を受けたデザインとなっている

2017年 06月20日 11時05分