主役は石レンガの壁

石レンガの壁が目を引く建物と、星野さん(左)と鶴さん(右)石レンガの壁が目を引く建物と、星野さん(左)と鶴さん(右)

札幌から特急列車で3時間弱の北海道美深町。町中心部から離れた静かな地に、「草原の中の書斎」をコンセプトにしたリノベーションホテル「青い星通信社」がある。詳細な資料が残っていない築60年以上の廃屋2棟を再生したもので、そのアイコンかつ主役は、やや青みがかった灰色の珍しいレンガの石壁だという。

重厚感のある木製ドアを開けて一歩中に入ると、外壁と同じようなレンガの石壁に目を奪われる。屋内廊下でつながった隣棟にある、あえて不揃いなゾーニングにした3つの客室でも、ところどころでこのレンガが存在を主張する。歴史的建造物でよく目にする赤レンガとは違った、静謐で落ち着いた風合いが新鮮だ。

宿を営むのは星野智之さんとパートナーの鶴史子さん。星野さんによると、この建材はどこで作られたか、どんな名称なのか正確に分かっていない。薪ストーブを施工した煙突会社の社員から「これは『青レンガ』ですよ。もともとは青みがかって、次第に灰色になって締まって強くなるんです」と聞いたり、建築関係者に「軽量化のために石炭の燃えがらを骨材にした建材ではないか」と教わったり。この建材について諸説寄せられていて、まだはっきりしていないという。

2棟と出合って見いだした、新築にない価値

現在は客室となっている棟の、リノベーション前の様子。地区の集会所として使われていた現在は客室となっている棟の、リノベーション前の様子。地区の集会所として使われていた

星野さんは雑誌の編集者として東京を拠点に実績を積み、後に独立。現在のホテルと同じ名前の「青い星通信社」を立ち上げた。2004年に雑誌の企画で美深町を取材したことが縁で何度か訪れるようになり、地元の知り合いを増やしていった。

星野さんは国内外の宿泊施設や飲食店の取材を通して、宿を経営することへの思いを膨らませていたが、この2棟に出合うまで、実際にどのような建物で始めたいのか、イメージが浮かばなかったという。特に、宿の印象を決める外壁にはこだわりたかったが、しっくりくる物件がないままだった。

美深町をプライベートで訪問した2016年、地元の知人から紹介を受けたこの2棟に対面した星野さんは、微妙に青みがかった灰色の外壁の素材感に引き込まれた。国道から橋を渡らないと辿り着けない立地、草原にポツンと立つ佇まい、近くの線路を1両編成のディーゼル列車が走るロケーション。そんな周囲の環境も相まって、「北海道の雪の中、何十年と生き残ってきた。そんな建物での暮らしがあった」と想像を巡らせると、なんとも感慨深くなった。

地元の人たちの話を星野さんが聞いたところによると、もともとは近くの山中にあった通信塔に携わる警察関係者の住居で、1世帯ずつの計2棟あった。現在パブリックスペース(ライブラリー兼食堂)になっている北側の1棟は屋根の大部分が落ち、床も抜けている廃屋状態。今は客室となった南側のもう1棟は地区の集会所として使われていて、リノベーション前の建物内にはテーブルや椅子も残っていた。

星野さんは物件を探すに当たって、当初は新築も選択肢から排除していなかったが、「新築だと小ぎれいな宿にはなるけれど、時間の経過とともにだんだん色あせてくる。個人の資金でできるのは大型の建物ではなく普通の一軒家レベルになるし、観光客が喜んで足を運んでくれる施設ができるだろうか?」と頭を悩ませていた。だがこの2棟に出合ったことで、「これ以上、古びようがない。都市部の人には新しい発見ができる」と新築とは違う価値を見いだした。

建築家と〝発掘〟した石レンガの内壁

星野さんと鶴さんは2017年に美深町へ移住し、開業に向けた準備を始めた。仕事を通じて知り合った建築設計事務所「みかんぐみ」の共同主宰で断熱に詳しい竹内昌義さん(東北芸術工科大学教授)に相談し、みかんぐみで勤務経験のある札幌市の建築家・「三木佐藤アーキ」の佐藤圭さんを紹介され、スムーズに実測調査に駒を進めた。

佐藤さんと星野さんが建物内部に入った際、現在では露出させているレンガの内壁はモルタルで塗られていたため見えておらず、佐藤さんが屋根裏に登ってむき出しになっているレンガを見つけたことで、内部にも石壁が張り巡らされていると判明。星野さんはクロアチアでの取材でほれ込んだホテルが、古い石壁を生かしていたことが印象に残っており、インテリアのイメージとして佐藤さんにリクエスト。この建物のアイデンティティはレンガの石壁にあると捉え、前面に押し出すことにした。

2棟を詳細に調べたところ、外壁は500mm、内壁は250mmもの厚みがあり、外からも内からも独特の存在感を放っていた。傷みや欠損も散見されたが、それが激しくない限りリノベーションでの左官工事は避け、もともとの風合いを最大限残した。内壁のモルタルを剥がす作業は難作業となって工務店側の工事が進まず、はつり会社に依頼し直すなど、試行錯誤しながら進めた。「草原の書斎」というコンセプトらしく充実した蔵書は売りの一つだったが、本棚のスペースを縮小してまで、石壁を主役にしてその質感を見せることを優先させた。

7ヶ月のリノベーション工事をへて、ホテルは2019年6月にオープン。星野さんは「レンガは一個一個、手積みだったはず。今これをやろうとしても、とてもできない。これだけでも、この建物の価値がありますね」と満足そうだ。

壁を見せることにこだわったライブラリー壁を見せることにこだわったライブラリー

分厚い構造壁だからこそクリアできた課題

この厚みのある構造壁は、デザインと機能面で3点の大きな貢献をすることになった。

まず古い建物のリノベーションでネックになる、耐震性。現行の建築基準法に照らして問題がないか調べるため構造計算を実施したが、開口部を大きくしない限り問題なく宿泊施設として使えると分かった。構造壁の堅牢さが寄与したという。

2点目は、開放的な空間づくりだ。内側にも石壁が入り込んでいる構造のため、柱という柱がなく、エントランスから入ってすぐのパブリックスペースは広々とした間取りが可能になった。星野さんは「構造壁によって屋根の加重を支えているんです」と説明する。

3点目は断熱性。高性能な断熱材は屋根(天井)部分にグラスウール系を400mm、壁に樹脂製を80mm、床にはグラスウール150mmを導入し、熱を逃がしにくいドイツ製の換気システムも併用したが、500mmもの厚い外壁がベースとなって大きな役割を果たした。冬の最低気温がマイナス30度近くなる美深町だが、パブリックスペースは薪ストーブ1台のみ、客室は3部屋とも電気式のパネルヒーターのみで、宿泊客から「暖かい」と好評という。

「分厚い外壁と、現代の断熱技術。古いものを土台にしながら、この2つが組み合わさったからこそできた、冬でも快適な『書斎』になりました。雪に耐えて60年以上残ってきたというストーリーがあり、そんな北海道での暮らしを体験してもらえれば」と星野さんは自信をのぞかせる。

石壁という素材にスポットを当て、その魅力を最大限に引き出すように現代の技術とノウハウを駆使したことが、廃屋を巡る新しい物語を紡ぐことにつながった。

柱がないことで開放的となった共有スペース(左上)、2棟をつなぎ外壁を活用した屋内廊下(右)、壁の雰囲気を残した客室(左下)柱がないことで開放的となった共有スペース(左上)、2棟をつなぎ外壁を活用した屋内廊下(右)、壁の雰囲気を残した客室(左下)

2020年 03月26日 11時05分