御朱印ブームは新しいもの、そもそも御朱印とは何なのか ?

弘法大師と中心に大きく墨書された高野山東京別院の御朱印。事前に御朱印帳を準備し、書いていただいた。他に誰もいなかったため所要時間は10分ほどだったが、混んでいる場合は長時間並ぶこともある弘法大師と中心に大きく墨書された高野山東京別院の御朱印。事前に御朱印帳を準備し、書いていただいた。他に誰もいなかったため所要時間は10分ほどだったが、混んでいる場合は長時間並ぶこともある

神社仏閣を巡り御朱印を集める「集印巡り」がはやりだして久しい。最近では疫病退散を願うグッズとして、アマビエの御朱印を通販してくれる寺社も登場、ニュースになった。

しかしブームが過熱するにつれ、レアな御朱印が高額で売買されて物議をかもしたり、御朱印を求める人で長蛇の列ができてトラブルになったりなど、殺伐とした話題も聞くようになっている。

御朱印は神社仏閣が発行するもので、手書きの墨書も多いため、お札のようにも見えるし、お守りや破魔矢のような宗教的なイメージもある。どちらかというと神聖な存在に感じられる御朱印に、このような騒ぎが起きること自体、奇妙に感じる人もいるのではないだろうか。

そもそも御朱印とは何なのだろうか。参拝をした際に何らかの証しを頂く風習は、はるか昔から存在するが、現在のようなブームになったのは、ここ7~8年のことだろうか。このブームがいつ頃に始まったのかについては、テレビで特集が組まれてからとする説や、伊勢神宮と出雲大社の遷宮が重なった時期からという説などがあり、定かではない。

そこで今回は、そもそも御朱印とは何なのか、御朱印のルーツや歴史について考察してみよう。そしてそれらを踏まえた上で、御朱印を頂くにあたって守りたいマナーや手順についてご紹介しようと思う。

御朱印は証明書であり領収書?御朱印に書かれている奉拝・奉納の意味

まずは、御朱印は元々どんな目的で発行されるに至ったのか、そのルーツについて考察してみよう。

現在の御朱印を見ると、必ずと言っていいほど、右肩部分に「奉拝」もしくは「奉納」という文字が書かれている。奉拝はお参りをすること、奉納は経文や踊り、楽曲、供物などを捧げることである。つまり、御朱印とはお参りの証明書であり、供物などを捧げた領収書である。

その起源は、「六十六部廻国聖(ろくじゅうろくぶかいこくひじり)」と呼ばれる者たちが、全国66か国の霊場を巡り、経文を納めた証しとして受け取った「納経請取状」であるといわれている。

六十六部廻国聖は巡礼に従事する職能集団、つまりプロの巡礼者たちで、その始まりは定かではない。太平記に「北条時政の前世は法華経66部を全国に奉納した箱根法師でその善根によりこの世に生を受けた」と書かれているところから、鎌倉時代以前には既に六十六部廻国の風習があったことが窺える。

江戸時代の中期に起きた廻国信仰の大ブームの際には、かなりの数の巡礼者たちが日本中を巡っていたようだ。また当時は商売として、願主の代わりに全国66か所に経文を納めに廻国する者も数多く存在した。

自分の信仰のために行くのであれば、奉拝や納経の証拠など不要で、自分と神仏のみが修行の成果を知ればよい。しかし他人に雇われて行くのであれば、行った証拠が必要になる。彼らには依頼主に対して仕事の完遂を報告する義務があったため、経文を納めた受取証をもらい、仕事を終えてきたことを証明したのである。

鎌倉時代末期に一遍を開祖として始まった時宗の総本山。江戸幕府の意向により、諸国を巡って寄付を求める勧進聖と呼ばれる者たちを時宗に統括させた鎌倉時代末期に一遍を開祖として始まった時宗の総本山。江戸幕府の意向により、諸国を巡って寄付を求める勧進聖と呼ばれる者たちを時宗に統括させた

世界中に見られる巡礼の歴史、巡礼の拡大が生んだメリット・デメリット

このような巡礼の歴史は世界各国に存在する。キリスト教国、イスラム諸国、仏教やヒンドゥー教を信仰する国々にも聖地巡礼の習慣や信仰が存在する。

巡礼を記した最も古い記録は、紀元前5世紀頃に書かれた古代ギリシャの歴史家ヘロドトスの記述であろう。彼は黒海、エジプト、バビロンを旅し、さまざまなことを記録に残した。その中で古代エジプトには神殿への巡礼が存在していたと記されている。

日本で最も古い巡礼は、奈良時代に起こった南都七大寺巡礼である。東大寺、興福寺、元興寺、大安寺、薬師寺、西大寺、法隆寺へ、貴族たちがこぞって礼拝したとされている。平安時代になると、巡礼地は京都清水寺、六波羅密寺、六角堂など七観音寺参詣をはじめ、住吉大社や高野山、熊野といった遠隔地へと徐々に広がりを見せていった。

貴族たちの巡礼が拡大した背景には、寺社側の財政事情が大きく関わっていた。平安初期までは寺社は国家の庇護下にあり、財政的にも安定していたのだが、全国の荘園が有力貴族によって統合されるに至り、寺社の財政基盤が危うくなった。そこで、新たな権力者との関係強化を図るために、巡礼という形で庇護者の勧誘を行ったのである。

巡礼の拡大は街の活性化を生んだ。都から巡礼地までの街道や宿坊が整備され、街づくりが進み、人の往来が増えたことで、経済活動を大幅に押し上げる結果にもなった。しかしメリットだけではなく、デメリットもあった。

江戸幕府の公式記録である寛明日記、寛永元年(1624)~明暦3年(1657)までの記録によると、伊勢神宮への抜け参りブームで日に数千人規模の旅人が箱根の関所を通過したとある。通常は日に数十人程度であったそうなので、どれだけ混雑したか想像に難くない。

それらの人が一斉に伊勢神宮に行くのであるから、巡礼者と地域住民の習慣や風俗の違いから起こる軋轢や悪感情、犯罪の増加、ゴミによる環境的な影響などが少なくなかったようだ。

これは現代社会においても同じ構図がある。観光地の恒久的課題は、得られる経済的・社会的効果と、支払うべき文化的・環境的損失の折り合いをどうつけるかということにある。御朱印ブームも然りであろう。

古代エジプト第18王朝、第5代ファラオのハトシェプスト女王の葬祭殿。テーベの都に残されている神殿群の1つ。ヘロドトスがエジプトに旅した際にもこれを見たことだろう古代エジプト第18王朝、第5代ファラオのハトシェプスト女王の葬祭殿。テーベの都に残されている神殿群の1つ。ヘロドトスがエジプトに旅した際にもこれを見たことだろう

なぜ御朱印を集めるのか?寺社側の御朱印ブームへの対応はさまざま

御朱印をお願いする場所は、このように看板が出ている場合もある。御朱印を頂けるかは、事前に確認をしておくことが重要である御朱印をお願いする場所は、このように看板が出ている場合もある。御朱印を頂けるかは、事前に確認をしておくことが重要である

では改めて「御朱印ブーム」を整理してみる。朱印巡りは自らの足で「御朱印帳に記帳してもらう」ために「神社仏閣を巡る」のが基本路線だが、忙しくてなかなか行けない、期間限定の御朱印でタイミングが合わない、距離的に遠いなどの理由により、ネット通販などで購入するケースもあるようだ。

御朱印を集める理由は、もちろん願掛けや宗教的な意味合いを求める人もいるだろうが、多くは旅行の思い出として、収集するため、珍しい御朱印をコレクションするため、単に楽しいから趣味として、はたまた転売目的としてなど、御朱印そのものを入手することを目的としている。

人はもともとコレクションへの欲求が生まれやすい。達成感を感じたい、人とは違うものが欲しい、ここまでやったからやめられないといったような、多くの人が持ち合わせている心理がコレクション欲を掻き立てる。絵画などの美術品や食器類、小さなものなら菓子のおまけ、カード、筆者は幼少の頃にメンコと切手を集めていた。世界中で人気になったモンスターをコレクションするゲームも、レアなモンスターが出現する場所には大勢の人が殺到し、トラブルも起きた。

御朱印集めとよく似たものに、スタンプラリーがある。スタンプを帳面に押して集めるといったイベントは、1970年の大阪国際博覧会で初めて行われたそうだ。各パビリオンで独自のスタンプを作り、それを見学した記念にパンフレットに押して持ち帰ることが行われ大人気となった。

1971年には、国鉄(現JR)がディスカバージャパンキャンペーンを行い、鉄道旅行の人気化を狙って、各駅にオリジナルスタンプを設置、公式スタンプ帳に集めて楽しむことを始めた。

御朱印も各寺社のオリジナルであり、今どき珍しい墨書であり、旅の思い出にもなるなど、コレクション欲を刺激する要素であふれている。スタンプラリーは集客のために仕掛ける営業戦略であるが、御朱印はどうだろうか。実際のところ、御朱印の中にも人気化することを目的にして、きれいな花柄入りや可愛いキャラクター付きの御朱印を新たに作った神社仏閣もある。そう考えると、御朱印ブームは観光名所や駅に設置してあるオリジナルスタンプの代わりに、神社仏閣の御朱印をコレクションするスタンプラリーの寺社版のようにも見える。

しかし注意しなければならないのが、寺社によって御朱印ブームの捉え方が大きく異なる点である。御朱印だけが目当ての人たちが長蛇の列をなし、通常業務にも支障をきたしかねない、宗教的な意味が損なわれる、などの理由で御朱印に対応しない寺社もある。つまり寺社側の立場や体制はさまざまで、御朱印が持つ意味も寺社によってまちまちということである。

御朱印を頂くマナー、宗教施設であることを忘れずに行動する

御朱印のルーツを踏まえた上で、御朱印を頂く際の手順とマナーについてご紹介しよう。まずはどこに頂きに行くかであるが、御朱印を扱っているのは神社と寺院、稀にキリスト教会でも出すところがある。

令和元年の文科省宗教統計によると、全国で神社数80,908社、寺院数75,634寺が存在するが、すべての神社仏閣で御朱印を出しているわけではない。また以前は出していたが、最近のブームで断るところもあるので、事前にホームページなどで確認をしたほうがいいだろう。

神社仏閣に到着したら、忘れてはならないのが、そこが宗教施設ということである。その宗教の慣習に倣って拝礼し、畏敬の念を示し、真摯に首を垂れる必要がある。御朱印を求め寺社を詣でるという行為が、その寺社が置かれた立場や環境を著しく侵すものであってはならないだろう。

その後、社務所や寺務所などに御朱印を頂きたい旨を申し出る。手書き御朱印の場合、多少の時間がかかるが黙って静かに待つ。御朱印の文字が気に入らないからといって書き直しを要求してはいけない。

御朱印の料金は300円から500円程度が目安だ。限定品の場合は1,000円以上のものもあるが、今どきこんな少額で、印判に毛筆手書きしてもらえるのはなぜか、その意味をよく考え、感謝の気持ちを相手に伝えるようにすることが重要だ。そしてそれがこのブームを気持ちよく楽しむコツでもあろう。

ちなみにネットオークション等での売買相場は概ね2,500円〜10,000円位のようだ。過去の報道では27万円で販売された実績もあるというから驚きだ。

どうせ収集するならコレクションに意味を持たせるのも楽しいものだ。花の御朱印だけ集めた御朱印帳や、期間限定御朱印や希少価値があるものだけを集めた御朱印帳を作るのも面白い。他にも希少性を求めるなら、天草のカトリック崎津教会はキリスト教の御朱印という珍しさで人気がある。

御朱印集めは何にしても信仰に対する畏敬の念と、相手の労力に対するねぎらいの気持ちとを忘れずに楽しんで頂ければと思う。世の中が落ち着いたら、平らかな世界であることを祈念するために、また経済活動の一助として、御朱印集めを始めるのもよいかもしれない。

珍しいキリスト教協会の御朱印がある熊本県天草市にある﨑津教会。崎津集落は潜伏キリシタンの里として有名である。長崎と天草の潜伏キリシタン関連施設は世界遺産にも登録されている珍しいキリスト教協会の御朱印がある熊本県天草市にある﨑津教会。崎津集落は潜伏キリシタンの里として有名である。長崎と天草の潜伏キリシタン関連施設は世界遺産にも登録されている

2020年 06月21日 11時00分