愛知県の知られざるストーリーを発掘・紹介する「ブラアイチ」とは?

春分の日の2018年3月21日、名古屋市のささしまライブ21地区にある中川運河乗船口に、朝早くから多くの人が詰めかけていた。小さな子どもを持つ家族連れ、中高年の男女のグループなど、顔ぶれはさまざま。いずれも同日行われる「ブラアイチ」のイベントを心待ちにしていた参加者たちだ。

「ブラアイチ」とは、愛知県が主催し、名古屋地理学会、土木学会中部支部の協力の下、愛知県内の知られざるストーリーを発掘・紹介する取り組みのことだ。

地名や河川の名称には、地形など地域の特徴が由来になっているものが多い。まちの成り立ちには、その地域の地形や川、道、港などが整備されてきた歴史が深く関わっている。そこで、県民から募集した情報に専門家の知見を取り入れ、地域の魅力を再発見できるまち歩きコースやストーリーをまとめ、イベントとして実施していこうと2017年10月から動き始めたのが「ブラアイチ」だ。

第1弾となるまち歩きイベントは、昨年12月24日、「ブラアイチin岡崎~天下人ブランド!岡崎の城下町はどうつくられた?~」と題して開催された。徳川家康が生まれ、「五万石でも船が着く」と謳われ、国内屈指の規模を誇った岡崎城。その謎に迫るウォーキング形式のイベントで、多くの参加者が集まった。これを受け、3月20・21日の2日間にわたり実施されたのが、第2弾となる「ブラアイチ 中川運河・名古屋港~ものづくりを支えた運河と港を船で渡る~」である。

(左上)屋形船に乗り込む参加者たち (右上)船内では中川運河の歴史について解説 </br>(左下)名古屋市指定有形文化財の松重閘門 (右下)カラフルなクルーズ船とすれ違う(左上)屋形船に乗り込む参加者たち (右上)船内では中川運河の歴史について解説 
(左下)名古屋市指定有形文化財の松重閘門 (右下)カラフルなクルーズ船とすれ違う

屋形船に揺られながら中川運河を南下。最大の見せ場である中川口通船門へ

午前9時、乗船場に集まった参加者たちは、案内役のスタッフに促されて屋形船「御座船義丸」に乗船。イベントの募集人員は定員30名の予定だったが、多数の申込みがあったことから、乗船できる上限の35名まで参加者数を増やした。普段は貸切の宴会などで利用されるという豪華な造りの船内は、満員の参加者たちで埋め尽くされた。

ささしまライブ乗船口を離れた船は、中川運河を南下し、名古屋港ガーデンふ頭へと進んでいく。中川運河とは、ささしまライブ24地区の前身である旧国鉄笹島貨物駅と、海運の要衝である名古屋港を結ぶ水路のこと。船舶による貨物輸送での利用を目的に、昭和7(1932)年に全面開通した。昭和39(1964)年には1日に200隻ほどが通航していたが、貨物の輸送が船からトラックへと移行するにつれて徐々に減少。今では1日に2~3隻ほどになっている。

船内では、NPO法人・伊勢湾フォーラムの柳田哲雄氏による、中川運河の歴史についての解説が繰り広げられた。名古屋市指定有形文化財とされている松重閘門を眺めたり、ささしまライブ24と金城ふ頭を結ぶカラフルなクルーズ船を見たりしながら、1時間あまりで中川運河の最大の見どころである中川口通船門へと到着した。

(左上)パナマ運河と同じ仕組みの中川口通船門 (左下)名古屋港ガーデンふ頭では巨大な船舶が間近に </br>(右)中川口通船門に入ると徐々に水位が上昇していく(左上)パナマ運河と同じ仕組みの中川口通船門 (左下)名古屋港ガーデンふ頭では巨大な船舶が間近に 
(右)中川口通船門に入ると徐々に水位が上昇していく

名古屋海洋博物館で港の歴史を学んだ後は、堀川を北上して熱田の湊へ

中川運河は、名古屋港よりも水位が低く一定に保たれているため、そのままでは船の通航はできない。そこで作られたのが中川口通船門である。通船門は、水門で仕切られた閘室内の水位を上下に調整させ、船の通航を可能にしたものだ。これは、パナマ運河と同じ仕組みで、日本の運河に現存する数少ない施設のひとつ。中川口通船門に入り、徐々に水位が上がっていくのを体験し、まもなく船は名古屋港ガーデンふ頭に到着した。

ガーデンふ頭で船を降りた一行は、名古屋ポートビルの3・4階にある名古屋海洋博物館へ。同館は、「日本一の国際貿易港・名古屋港」をテーマに、港の役割や人々の暮らしとの関わりなどを分かりやすく紹介した施設だ。開館30周年を記念し、平成27年3月にリニューアルを遂げた館内には、パノラマ模型や実物の展示、港の臨場感を味わえるシミュレータなどがある。この日は、学芸員と一緒に館内を巡回。今と昔の名古屋港の解説に、参加者たちも熱心に耳を傾けていた。

その後、再び屋形船に乗船した一行は、堀川を北上して熱田の湊へ。この地区は、かつて宮宿と桑名宿とを結んだ東海道唯一の水路「七里の渡」の船着き場があったことで有名である。下船後、七里の渡跡が残る公園で説明を受けた後は、東海道があったことを示す道標などを見学。そして最終目的地である熱田神宮へと辿り着き、解散となった。

(左上)港の発展を支えた浚渫船のグラブバケットの実物大模型を展示 (左下)日本一の規模を誇る名古屋港のパノラマ模型 </br>(右)博物館を見学後はかつての港の面影を残した史跡を訪ねて散策(左上)港の発展を支えた浚渫船のグラブバケットの実物大模型を展示 (左下)日本一の規模を誇る名古屋港のパノラマ模型 
(右)博物館を見学後はかつての港の面影を残した史跡を訪ねて散策

観光の促進だけでなく、まちづくり・防災意識の啓発がテーマ

(左上)七里の渡公園ではボランティアガイドが熱田の歴史を紹介 (右上)東海道と美濃路または佐屋路の分岐点を示す道標(下)かつての東海道の現在の様子(左上)七里の渡公園ではボランティアガイドが熱田の歴史を紹介 (右上)東海道と美濃路または佐屋路の分岐点を示す道標(下)かつての東海道の現在の様子

参加者たちは、あいにくの悪天候にも関わらず、最後まで学芸員やボランティアガイドの解説に熱心に耳を傾け、一様に満足そうな表情を浮かべて帰路についた。普段見ることができない中川運河や堀川の眺めに、船内から夢中で写真を撮る人も。歴史好きと思われる中高年の一行からも「それは知らなかった」「なるほど。勉強になった」といった声が聞かれ、新たな発見の連続に終始楽しげな様子だった。

愛知県内の知られざる魅力を発見する同イベントは、一見すると単なる観光ツアーのように見える。だが、本来の目的はそれだけではない。「ブラアイチ」には、県内の観光の促進のほかにも、まちの成り立ちを知ることによる「まちづくり」意識の啓発と、過去の災害や地形を知ることによる「防災」意識の啓発、という2つの狙いがある。

「すでに2回のイベントを行いましたが、どちらも数多くの方にご参加いただき、まちの歴史や知られざるストーリーへの関心の高さを改めて実感しました。これからも観光の促進に加え、まちの成り立ちを理解し、防災への意識を高めていただくためにも、同様の企画を行っていければと考えています」と愛知県建設部河川課の牧 昌志氏は話す。

次回以降は、県内の各市町村と連携しながら、さらに魅力あふれるイベントを順次実施していく予定の「ブラアイチ」。参加者からの評判も上々で、これを機に自分たちのまちへの関心を高め、「まちづくり」や「防災」への意識が醸成されていけばと関係者は期待を寄せている。

2018年 05月15日 11時05分