繁華街に佇む、昭和初期の瀟洒なビルを保存・再生

名古屋市中区錦1丁目、納屋橋の北東角に建つ旧加藤商会ビル名古屋市中区錦1丁目、納屋橋の北東角に建つ旧加藤商会ビル

名古屋市の中心市街地を南北に貫くように流れる堀川。その川沿いに国の登録有形文化財に登録されたビルが佇んでいる。納屋橋の北東角に建つ「旧加藤商会ビル」だ。

この建物は、名古屋に本社を置き、輸入貿易などの事業を手掛けてきた加藤商会の本社として建築されたものだ。大正5年、レンガ造りの社屋として建てられ、昭和6年頃、旧社屋の外装をほぼ踏襲する形で、現在の鉄筋コンクリート造りのビルが完成した。昭和10年には、加藤商会の創業者でビルの所有者でもある加藤勝太郎氏が、シャム国(現・タイ国)の名誉領事に任命されたのを受け、昭和20年頃まで同国の領事館が置かれたことでも知られている。

昭和40年代には、ミツカングループの資産管理会社「中埜産業株式会社」に売却。そして平成12年、同社から名古屋市へ寄附され、翌平成13年4月には国の登録有形文化財に登録された。これを受け、名古屋市が平成15年度から保存にむけた建物の修復・改修工事を開始し、平成17年1月にレストランとギャラリーがオープンしている。

オープンから10年以上が経過した同ビルは、隣接する堀川の文化や歴史を伝える役割とともに、水質浄化を進める堀川再生のシンボル的な存在を担っている。

堀川の再生に向けた情報発信の拠点として機能

地下1階にあり、堀川に関する情報などを発信する市民開放施設「堀川ギャラリー」地下1階にあり、堀川に関する情報などを発信する市民開放施設「堀川ギャラリー」

旧加藤商会ビルは、テラコッタ(柱頭飾り)、外壁のレンガ調タイル、レリーフ模様など、大正から昭和初期にかけての近代建築の様式が色濃く反映されているのが特徴だ。地上3階、地下1階の鉄筋コンクリート造りで、延床面積は約320m2。平成15~16年度にかけて行われた修復・改修工事では、外装については、登録有形文化財であることを考慮し、極力建設当初から使われている材料を保存・活用。その一方で、内装については、できる限り現状を保存しつつ、現行の法規制の適用を受けることや、空調・衛生設備を新たに設置する必要があることなどを鑑み、既存の建物に調和した現代仕様で改修が進められた。

現在、旧加藤商会ビルは、広小路に面した1階から3階を、店舗スペースとして活用している。建物の維持管理を行うことを前提に、公益財団法人まちづくり公社が名古屋市からスペースを借り受け、飲食店などのテナントを公募。選考の結果、かつてタイ領事館が置かれた経緯を踏まえ、タイ料理レストランに決定し、営業を続けている。

堀川に面した地下1階については、市民開放施設として「堀川ギャラリー」を設置。堀川関連の市民団体の交流の場として使われているほか、堀川沿いに整備された遊歩道や隣接する広場を一体的に活用してイベントが催されるなど、名古屋市が進めている堀川を軸としたまちづくりの情報発信拠点としての役割を担っている。

江戸時代に開削され、名古屋の経済・文化の礎を築いた堀川

ビルのすぐ隣には、各種イベントなどに活用できる広場が整備されているビルのすぐ隣には、各種イベントなどに活用できる広場が整備されている

旧加藤商会ビルをはじめ、その流域にさまざまな歴史・文化的資源が点在する堀川は、慶長15年(1610年)の名古屋城築城と時を同じくして開削されて以降、木材、穀物、海産物などを運ぶ物流の大動脈として名古屋市の発展を支えてきた。しかし、名古屋が産業都市へと成長した昭和30年代後半~40年代前半には、物流の中心は陸送へと変わり、その役割は終わりを告げることになる。

また、高度成長期を迎える頃になると、生活排水などによって徐々に水質が悪化。ゴミの不法投棄などが追い打ちを掛け、昭和41年(1966年)頃には、堀川の水質汚濁はピークを迎えることとなった。堀川に係わる名古屋市緑政土木局の担当者は「子どもの頃の堀川と言えば、輸入された材木が川面に浮かび、悪臭が漂っているというイメージでした」と当時を振り返る。

そんな中、名古屋市では昭和63年、堀川が大雨に耐えられる安全な川づくりと河川を活かしたまちづくりを同時に行う「マイタウンマイリバー整備河川」の第1号に指定されたのを受け、本格的な再生に着手。そして、平成22年10月には、「堀川圏域河川整備計画」が策定され、下流域から順次治水整備を進めている。

「名古屋の歴史や文化を辿ってみると、堀川はこの地域にとって、とても大きな資産であることが分かります。名古屋市の都心部を流れる主要な河川として、人々に足を運んでいただけるような整備を進めていこうと、かなり以前から方針が打ち出され、整備が進んできています。今では、悪臭を感じることも減り、かつてのイメージはだいぶ変わってきているはずです」(緑政土木局担当者)

変わりゆく街の中で、変わらぬ存在感を放ち続ける旧加藤商会ビル

水質改善が進み、流域の整備も進行する堀川。納屋橋周辺では、2017年9月に新施設が誕生予定水質改善が進み、流域の整備も進行する堀川。納屋橋周辺では、2017年9月に新施設が誕生予定

水質が徐々に改善され、護岸の整備も着実に進んできている堀川。納屋橋周辺にもオープンカフェが姿を見せ、定期イベントなどが開催されている。市民団体を中心に、堀川沿いの空間を有効活用し、まちのにぎわいを作ろうという動きも活発化してきている。「東京や大阪の都市部を流れる河川と比べて幅員が狭いのがネックですが、ぜひ今後も名古屋版の水辺のまちづくりを進めていきたいと考えています」(緑政土木局担当者)

名古屋市内に住んでいるにも関わらず、堀川の存在を知らないという人は、実はかなり多いという。とりわけ名古屋市東部の住民にとっては馴染みが薄く、名古屋の生活や文化を支えてきた歴史についても、深く理解している人は少数派だ。「水質だけでなく、景観を含めて楽しい水辺を創出することでまずは興味を持ってもらい、そこから歴史を含めてより深く堀川に関心を持ってもらえるような機運を醸成できれば」と担当者は今後について語る。

運河として整備された堀川は、潮の干満によって名古屋港から海水が流れ込んでくるため、水質の改善は一筋縄ではいかないのが実情だ。また、地下鉄国際センター駅と丸の内駅、名古屋駅と伏見駅の中間に位置するなど、交通アクセスも決して良いとはいえない。それでも、旧加藤商会ビルをはじめ、数多くの歴史・文化的資源が点在しており、その魅力をうまく発信できれば、名古屋市の観光の起爆剤としても大きな可能性を秘めているといえそうだ。

2017年9月末には、旧加藤商会ビルの南に、商業店舗やオフィスなどで構成された新施設「テラッセ納屋橋」がオープンする。建物の外観デザインには、オレンジを基調にした旧加藤商会ビルの色合いも取り入れられ、歴史の風情漂う街との調和も図られているという。かつての街の姿を今に伝える旧加藤商会ビルと堀川。そして、新たな街のシンボルとして誕生する「テラッセ納屋橋」。そのコントラストがどんなまちの賑わいを生み出すのか。納屋橋周辺のこれからに注目したい。

2017年 09月15日 11時05分